「話とはなんだ」

陽子は景麒の立つ部屋に現れるなり、すぐに声をかけた。
席に着く陽子に、景麒はいつもと変わらぬ感情の読めぬ声で言った。

「即位の際には元号を改めなければなりません。早急にお決め下さい」

「赤楽だ」

キッパリすっぱり悩む暇もなく陽子は答えた。

「……」

「なんだ、不満でもあるのか」

「すでにお決めになっていたのでしたら、構いません」

「と言いつつその渋い顔は何なんだ。言いたいことがあるならはっきり言ってくれ」

「……いえ」

それでも顔を曇らせている景麒に、陽子はじっと瞳を合わせる。
(景麒の表情の変化が分かったのは、今の陽子だからこそだ)

「……」
「……」

「……」
「……」

「……」
「……。お決めになられた理由を、聞いてもよろしいですか」

陽子の視線に耐えかねた景麒が小さな声で言った。
主上に見つめられて視線を反らすわけにもいかず、そしてその視線の強さは今まで相対したどの人間よりも強力だ。
景麒に太刀打ち出来るはずもなかった。

「ああ、それか。官が私の字を『赤子』としただろう。そこから一字、そして楽俊から一字取ったんだ」

「……」

「ん? 今度は何だ?」

「……いえ」

なぜ、あの青年にそうまでも心を寄せられているのですか。

そう言いたいが言えるはずのない景麒はむっつりと黙した。
陽子はそんな半身の姿を見て、不思議そうに瞳を瞬かせた。
景麒の表情を読むことは世界一上手い人間だと自負しているが、初期状態の景麒相手では些か不調のようだ。
ちなみに景麒の表情を読む世界一の生き物は、もちろん女怪の芥瑚だ。

「景麒、『赤子』というのは蓬莱では赤ん坊という意味なんだ」

突然語り出した陽子に、景麒はそっと視線を向けた。

「だからあまり良い名とは思えないのだがな。しかし王として赤児のような私にとって、これ以上相応しい名もない」

と思っていた。

最期の一語だけは内心に押しとどめ、陽子は言葉を続ける。
景麒は真摯な瞳で陽子を見つめていた。

「そして、私が道を踏み外そうとしていた時、救いの手を差し伸べてくれたのが楽俊だ。
彼が居なければ、私がこの場に立つことなどなかったのだろう」

陽子は微笑みながら景麒に語りかける。
優しい柔らかい笑みは、気丈な面ばかりが目に付く陽子には珍しく、女性的で母のように慈愛に満ちていた。

「これは戒めだよ、景麒。『赤楽』が年を取っても己を見失わぬようにな……」





そしてその名は誰よりも長く生きた



赤児のようだったあの時。
今は赤児から脱することが出来たのだろうか?
私自身は長き時を経てこの地の理を知り、政の何たるかを知り、人心の変異を感じることが出来るようになった。

しかし、それは己一人の話。

国を支えるのは王一人ではなく、多くの人間の尽力があってのことだ。
そう考えると、今も赤児であることに何の変わりもないだろう。

私の王朝は生まれたばかりの、赤児だ。






陽子式を書いていたせいか、物足りなく感じます。
ああ、早く金波宮から飛び出して思いっきり暴れる陽子が書きたい……(笑)
というか、この時点で景麒と陽子は上手くいっているのでしょうか?謎





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