陽子と景麒が通りかかると、その場を掃除していた女官は驚いたように箒を捨て急いで伏礼をした。
「ご苦労様」
「え?」
陽子は女官の前に立ち止まり、声をかけた。
するとその女官は伏礼をしたまま、驚いたように顔を少し上げた。
陽子はそのまま傍の階段を上っていってしまったが、隣で見ていた景麒は不満そうな表情で陽子を見て後を着いて行った。
「主上!」
「女官に対して親しい態度をとるのはおやめ下さい。侮られます」
部屋に戻り、腰掛けている陽子に景麒はそう言葉をかけた。
仁王立ちに立ち威圧するような言葉で、まるで説教のようだ。
しかし景麒は何かに気づくと、陽子に近付き机を叩きながらまた言った。
「おやめ下さい」
何かを書き付けていた陽子は景麒に目を向ける。
「何を書き付けておられるのです」
「今日知ったことを書き留めているだけだ」
景麒は前かがみだった体勢を戻し溜息を吐いた。
「そのような姿を見ると、官が不安になります」
「官が不安になろうともしなければならないことがあるとは思わないのか?」
「なにを……」
「知ったこと、気づいたこと、学んだこと……それらを書き留めるのは決して悪いことではないはずだ。
そもそも勉学とは『書く』ことで精進するものではないのか。私は何事においても己を過信するつもりはない。
だから気になることは書きとめて記録する必要があると思っている」
陽子は慈愛に満ちた暖かい瞳で、しかし睨むように景麒を見つめた。
景麒は不審そうな顔をしながらも、語られる最中に言葉を挟むことはなかった。
そこらへんは麒麟としての立場を崩すつもりはないらしい。
「お前は私に何を求め、何を根拠に否定を繰り返す?」
「私は一刻も早く、主上に王らしさを身につけてほしいと望んでいるだけです」
「そう私は『王』だ。その自覚以上に王として必要なことはあるのか」
陽子は笑みを零して景麒を見つめたが、景麒の不満そうな顔が崩れることはなかった。
「しかし、王として威厳あるお姿であられることも必要なことです」
「そうだな。だが、私は私らしい『王』であらねばなるまい。悪いが景麒の求める『王』の姿と違っていようとも、これが私の『王』としての姿なんだ」
ハッとしたように景麒は陽子を見つめた。
自分が陽子に対して己の理想のみを突きつけていたのではないか、と思ったからだ。
陽子はなおも変わらず笑顔を浮かべたまま景麒を見つめている。
「私は、お前が選んだ。これが今、国と民と天が求める『王』ではないのか?」
新王陛下は言い含めることも大得意です
「私は……」
「景麒、お前が私のために王として正しい姿を語ってくれていたことは分かる。ありがとう」
「主上……」
それでも私らしさを捨てるつもりはない
こっそり書き付けをするのではなく、堂々としていれば見栄えは良いはず?
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