「こんなに正寝は必要ないな」

目の前に点在する建物を見て、陽子はポツリと呟いた。

「なりません」

しかしその呟きに対して、無情にもバッサリと切りつけるような声がかけられた。
陽子の背後に立つ景麒の声だ。
しかし陽子は怯んだ様子もなく(むしろ楽しそうな表情だ)、景麒に向き直ってさらに言った。

「しかし、私の身体は一つしかない。今は寝る場所なんてこんなにたくさん必要ない」

「何をおっしゃいますか」

「ここに人を連れてくるわけにもいかないからな。内装の物を少し金策にあてること位はできるんじゃないか?」

「……はぁ。太師」

景麒は諦めたように溜息を吐き、視線を少し離れた場所に立つ3人に向けた。
そこには気品を漂わせ暖かな眼差しを持つ3人の男女が立っていた。
中でも太師と呼ばれた妙齢の美しい姿の女性が一礼し、陽子と景麒の傍に寄ってきた。
そして陽子に礼をしながら話し始めた。

「主上、恐れながらこれらは全て、主上のために天よりくだされたお住まいにございます」

「ならば私の自由にしていいだろう」

「はい。その通りにございますが、主上。国には意味が必要なのです。そのようなことを仰られますと、威信に関わります」

「威信で、人が救えるのか?」

陽子は変わらず笑顔を浮かべているが、ふっと瞳に深い知性と慈愛の光を輝かせた。
その目を見た太師は一瞬目を見開いて驚きの表情を洩らしたが、すぐに柔和な笑顔を浮かべ改めて陽子を見つめた。
しかしその表情には先ほどまであった諭すような雰囲気は薄れている。

「寝所で示さねばならぬ威信など、今は必要ない。そんなものは国に余裕がある時にすればいいことだ。
 今は一刻も早く国を建て直し、民に自由を掴ませたいんだ」

その言葉を聞いて、そばで聞いていた景麒も少し離れた場所に居た男性2人も一瞬驚きに包まれた。
しかし直接聞いていた太師は陽子の言葉を聞いてうっすらと笑みを深めている。

「それにどうせ私にその力がなければ、威信もただの浪費になるんだろう?」

それではもったいないからな

「さて、次はどこを案内してくれるんだ、景麒?」

「……はい」

楽しそうに陽子は言うと、次の場所へ行こうとその場の者たちを促した。
すでに、少しだけ漏れ出していた絶大なる王気をすっぱりと消している。
その薄く滲み出した王気にもかかわらず、陽子はこの場の者たちを圧倒していた。





私の心こそが王としての証



主上の姿こそ威厳に満ち、人々の信望を集める威信の顕在化した姿なのかもしれない

目の前で陽子の言葉を聞いていた太師は思った。
新王のはずなのにたまに王として深い経験を積んだような言葉を陽子はこぼす。
その時の姿を見て薄々陽子の奥深さを感じていた太師は、敬愛の眼差しで陽子の後姿を見ていた。
教え諭すなど畏れ多い、むしろ自身が持つ知識と経験の先に主上の姿はあるのだと確信しながら。






偉そうにすることも王の努め、でもそれ以上に民を救いたいと陽子は願い続けそう。





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