雁国の王師は玄英宮を出発し、金坡宮に向かって飛んでいた。
その先頭には延王と陽子の姿があった。
出発から随分と時間が経ち、この場はすでに慶国の上空である。

「これが、慶……」

あまりに酷い慶の様子に、陽子は悲しみに彩られた表情で地上を見ている。
自国のこんなに荒廃した状況は、それこそ以前の登極当初にしか見られなかった。
陽子が長く玉座にいたおかげで(記憶の中の)慶はどの国よりも豊かで発展していた。

まさか、また慶のこんな姿を見ることになるなんて……

民がどれほど苦しんでいるのか考えると胸が張り裂けそうなほどの悲しみを感じた。
そして、それを放って置いている腐敗した官吏たちには、抑えきれぬ怒りを。

「征州城です!」

不意に兵の一人が叫んだ。
陽子が地上から目を離して顔を上げると、前方に山影が見えた。
そしてそこから飛んでくる数多くの兵の姿も。
陽子が水禺刀を握り締めると、隣に延王が寄ってきて叫んだ。

「戦力は当てにしない。ここで景王を失っては目も当てられぬ。陽子は景麒を目指せ!」

そう意って弓を構えたまま前方に飛んでいった。
しかし、このまま雁の兵と慶の兵を争わせるわけにはいかない。

「待ってください、延王!!」

そう叫び陽子は延王の前に出た。
延王が驚いた視線を向けてくるが、反論を抑えるように自身から強大な気を放った。
闘気、覇気、神気といった感じるだけで身を震わすような気配を開放したのだ。
陽子には長い時を生きた記憶がある。
その中で少しずつ磨かれていったモノを惜しむことなく身から溢れさせた。
空気の色を変えるように陽子の気迫が辺りに満ちていった。
その場にいた者たちは逃れることも出来ず、その偉大な波に飲み込まれていた。

「我らに敵対することが、お前たちの意思か!!」

陽子は剣を抜き放ち、剣先を偽王軍に向けながら大喝した。
翡翠の瞳は苛烈に輝き、前方の兵たちを強く見つめている。
そして不思議と陽子の声は辺りに響き渡り、空に在る者はみな聞こえたであろう。
水禺刀は淡く輝いている。

「己の意思で決めろ! その選択に迷いがないのなら、剣を向けるがいいっ!!」

命じられるままに死んでいくな
己の意思で命を散らせ

そうした言葉にせぬ想いを陽子は放つ。





我が子と争うことのなんと苦しいことか


戦場の時が止まってしまったかのように、兵たちは陽子を見つめている。
延の王師は『この方が隣国慶の新しい王』と感嘆の思いと共に。
偽王軍の兵は『この者は何者なのか』と驚愕の思いと共に。

そして延王は、興味深そうに陽子を見つめていた。
つい最近まで普通の少女だったはずの女王が、深淵な気を放つ姿を。





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