はっはっはっはっはっはっ

城のある通路から息を切らせて走る音がしていた。
征州城を満たすのはいつものように静謐な雰囲気ではなく、騒々しい争いの喧騒だった。

「……っはぁ……見つけた」

城の中とは思えない神聖な空間の中、純白の美しい獣が横たわっていた。
これまで通ってきた通路のように整然と整備されておらず、石床に石壁で滑らかながら凹凸を有し、いくつか岩石が置いてある。
そしてその一つに神獣は鎖で繋がれていた。

「景麒」

その言葉に、神獣―景麒―は伏せていた瞼を開けた。
瞳からは隠しきれぬ疲労や衰弱の様子が伝わってきた。

「景麒……!!」

陽子は入り口近くから勢いよく走り出し、同時に右手を振りかぶった。
冗祐は『とうとうこの時が……!!』と絶望に似た思いを抱きながらその瞬間を待った。
冗祐はこれまで陽子がことあるごとに『景麒を一発ぶん殴る』と言っていた(しかもその場の雰囲気をぶち壊しながら)のをしっかりと覚えていた。

「心配したぞ!」

しかし衝撃の瞬間は訪れなかった。
陽子は走り寄ってそのままの勢いで景麒に抱きついた。
ぎゅーっと力を込めている様子から、本当に心配していたのが伝わってきた。
しかし抱きつかれた景麒といえば、いきなりの事態にかなり混乱していた。
主上とは僅かな時間しか共にあることが出来ず、その時の印象と言えば『弱気な少女(全く頑迷な…)』→『グッフォ!(腹部に強烈な一撃)』→『突然覇王!?(蠱雕も一撃必殺の最強少女?)』というものだ。
……どれもこれも強烈すぎる。
まさかここまで心配されているとは思わなかった。
(むしろ、嫌われているのではないかと……)

ガシャン!

抱きしめるのに満足したらしい陽子は、立ち上がり景麒を繋いでいた鎖を壊した。
そしてそっと景麒の顔を持ち上げ、赤い文字の書かれた角の部分に碧双珠を押し当てた。
宝玉が淡く光り、角の呪言を消していった。

「ありがたい……」

「その声だ……景麒」

「いかにも。苦労をおかけしたようで、申し訳ない」

「全くだ。……本当に、手のかかる」

陽子はそう言いながらも愛おしそうな瞳で景麒を見ている。
景麒はそんな眼差しを向けられることに戸惑いながらも、心地よい安堵感を感じていた。
陽子は景麒から目を離すと、その背後に視線を流した。
そこにはその場に押さえつけられるように控えている景麒の使令たちの姿があった。

「封じられていたのか」

「はい。冗祐だけは封じられずに済みましたが」

「ああ。そのおかげで私は随分助けられた」

そうでしょうか……何も出来なかったような気がするのですが

冗祐は陽子の言葉を聞いて内心そう突っ込んでいた。
懸命にもこの場の空気を壊すような発言は控えたが(冗祐は空気の読める男?だ!)

「まさかもう一度お目にかかれるとは」

「なんだ、驃騎から伝言を聞いていなかったのか? 必ず助けに来ると言ったはずだが」

「はい。存じておりますが……」

「ふふ。延王がご助力くださったおかげだがな」

楽しげな瞳で陽子は景麒を見つめた。
景麒が二度と会えぬと思ってしまっていても仕方が無いだろう。
偽王舒栄は塙王の援助を受け着々と慶を掌握していたが、陽子は一人この世界に放り出された状態だった。
海客である陽子にとっては未知の世界である、この世界に。
だからこそ、景麒はもう二度とこうして王気を身近に感じることはないだろうと諦めていた。
囚われている間も、常にこの偉大で暖かな王気を感じていた。
その王気が少しずつこちらに近付いて来るのを感じた時、景麒は歓喜に涙を落としていた。
(もちろん使令たちには見えないように気をつけていましたが!)
そして触れ合って感じる王気は、景麒を包み込むように穏やかで、景麒を惹きつけてやまなかった。

ああ、私はもうこの方から離れられない

景麒は喜悦に満ちた吐息を零した。





唯一絶対、私だけの王…!


「そういえば人の姿には戻らないのか?」

「裸で御前には、まかりかねる」

「いや、そんなこと気にしなくていいぞ。ズズイっと転化したまえ」

「え」

陽子、地味に嫌がらせ?





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