「なぁ陽子。あんなに簡単に決めちまっていいのかぃ?」
「ん?」
「延王は明日まで待ってくれるとおっしゃられたじゃねぇか」
「ああ。すでに心は決まっている。それを伝えることを長引かせることはない」
陽子はあまりにも清々しく決意に満ちた声を出していた。
この年頃の少女とは思えない心の底からの決断の裏に、全ての責任を取る覚悟を匂わせている。
楽俊がそれを不思議に思うのと同じように、それを聞いていた朱衡も面白く感じていた。
(少女のような微笑を浮かべるかと思えば、その思考はまるで我々よりも奥深いようだ。そしてそれにともなう覚悟も鮮烈なまでに潔く感じられる)
雁国の曲者―朱衡―はますます陽子に興味を引かれているようである。
陽子はふと気づいたように朱衡に話しかけた。
「朱衡さん、延王と延麒も胎果なのですよね? 彼らがどのように出会ったのか、よろしければお聞かせ願えますか?」
「……それでは、聞いていただきたいお話がございます」
朱衡はこの少女がどのような反応を返すのか楽しみになっていた。
陽子と楽俊を導き席を勧めると、朱衡は己の主従の出会いと雁国の始まりの物語を語りだした。
月を見上げ、陽子は物思いに耽っていた。
今は遠き記憶の彼方、以前玉座を受け入れた際は、この場所で随分思い悩んだ気がする。
様々な己の批を上げ連ね玉座を否定した。
しかしそれを暖かな眼差しと言葉で肯定してくれたのが延王と延麒だ。
私の王としての師であり、何くれと助けてくださった延主従のお二人には多大な恩と感謝の念がある。
此度は何のイレギュラーか、こうして私―悠久の記憶を有する私―がここにある。
彼らの暖かい言葉をもう一度聞けないのは残念だが、何もそんな演技をしてまで聞き出すことではないだろう。
すでに、私の心は決まっているのだから。
王として在る間に、少しずつ少しずつ私は己自身を変えていった。
いつしか天帝の求める、民を安寧せしめ国を安泰に導く王になることだけを考えるようになった。
人として生まれこれまで人としての感覚を養っていた私にとって、王としてあることは辛く悲しく感じることが多かった。
しかし喜びを感じることも事実であり、その思いだけを感じるように少しずつ少しずつ心が変化していったのだ。
(おそらく、自覚せぬままにゆっくりと)
傍に仕えていた仲間たちが気付いた時には、時既に遅し。
陽子は“王”として民を国を世界を、ただ心底愛する存在となっていた。
時に優しく包み込み(民を救済する案は充実していた)時に厳しく叱り付け(民を虐げる者への罰則は厳しかった)時に試練を与え(手出しをせず眺めていたこともある)そして国と同時に世界すら変えてみせた。
――いつしか、人としての情愛を忘れてしまっていた。
(陽子はそのことを無意識に気づかないようにしていた)
「寝られないの?」
「あんな部屋で寝られるかぃ」
「ふふ、そうか」
隣に来た楽俊に陽子は話しかけた。
しかしすぐに会話は途切れ、沈黙が二人を包む。
心地よい沈黙の中、二人は同じ月を見上げていた。
「なあ、楽俊」
「ん?」
「ずっと……これからもずっと私の友でいてくれないか」
陽子はそっと囁いた。
王として在るのではなく、かすかに残った“陽子”の部分が人を、友を求めていた。
「当たり前ぇだぁ」
楽俊は至極当然のことを言うように言葉を出した。
一度離れてしまおうとしてのは自分だが、こうして陽子がまた自分を引き止めてくれた。
いつまでも陽子の友として共にありたいと願った。
人としての儚い願い
「これからも一緒に面白おかしく生きていこうな、楽俊!」
「……いや、普通に生きていけりゃあ十分なんだが」
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