★ あ か く ろ 12 ★
塙麟との会談は始終穏やかなまま進んだ。
せっかくの機会を存分に生かそう、と考えた陽子は思いつく限りの意見を塙麟に語ってみた。
だんだん『目指せ☆鬼嫁でカカア天下!』みたいな話になってしまったが、塙麟が楽しそうにしていたので問題はないだろう。
……問題ないよね? え、あれ、もしかして私のせいで巧の勢力図が……
陽子は頭を振って恐ろしい考えを空の彼方に放り投げた。
ついでに、限界まで眉を寄せてもの凄く苦しそうに眠っている塙王の顔を見て、がんばれ!と心の中でエールを送った。
この夢の影響を受けて塙王の性格も少しは変わるはずだ。なら、塙麟の性格も少しくらい変わっていないとフェアじゃないだろう。だからここで私が色々と助言しても全く問題ないはずである。気づいたら塙麟にせがまれるように余計なことも語ってしまったような気が……わたししーらないっと☆
話をしている間、冗祐に頼んで泰麒の様子を見てきてもらったら、すでに眠っているとのことだった。
陽子が来ることを待って起きていたら『先に眠るように』と伝えてるよう言っていたのだが、泰麒にはそれもお見通しだったらしい。
思ったより塙麟と話が弾み、気づけば空が白むまで話を続けてしまった。
「ああ、夜が明けるな」
「申し訳ありません。このような時間まで話をしていただいて」
「いや、私こそこんなに付き合わせて悪かったな。塙麟と話すのが楽しくて、時間を忘れてしまったよ」
「まぁ、そのような……」
塙麟はほのかに頬を染め、頬に手を当てて俯いた。
ここ数日、顔色が悪く表情も暗くなっていた塙麟だが、今はそんな面影が全く見られない。
その様子を見て、陽子は内心で安堵した。
これから10日間ほど塙王が眠りにつき、その分塙麟が巧を支えないといけなくなる。
ただ眠っているだけなのだが、それを真に理解しているのは陽子だけ。塙麟ですら陽子の言葉を信じることでしか塙王の状態を知らないのだ。
そして、塙麟は塙王が眠ってしまった原因を誰にも話すことが出来ず、何も分からず不安になるであろう官吏たちをまとめなければならない。
妖魔が現れだしている巧だ。たった10日間の王の不在でも、突然の事態に荒れるかもしれない。
塙麟が暗い顔のままでは王の不在を乗り越えられないだろう。
そう思った陽子は、少しでも英気を養ってもらえるように、という気持ちがあったからこそ話しすぎてしまったのだ。
陽子は足下にはべる景麒を優しくポンポンと叩いた。
主の意を酌んだ景麒は、のっそりと身体を起こした。
ついでに何かを訴えるような熱い視線を主に向けたが、陽子は苦笑して景麒の身体をなでた。
麒麟姿のままため息を落とした景麒は、名残惜しそうに塙麟のほうへ歩いた。
会話の最中に塙麟が「景台輔のことは私にお任せ下さい。責任を持って慶国にお返しいたします」と訴えたので、このまま景麒とはここでお別れだ。
景麒の角の呪を解くために必要な碧双珠は、すでに泰麒の角復活に向けた活動を任命中である。そんな重大な任務を請け負ってくれた碧双珠に今さら「景麒の呪を解いて★」とは陽子も頼めなかった。今度こそストライキされそうだから。
そして今の陽子たちが麒麟姿の景麒を預かっても、正直な話、旅の邪魔になるだけである(酷)
そんな訳で、景麒は陽子と再開後すぐにまた別れることになってしまったのだった(可哀想)
陽子は颯爽と立ち上がり、塙麟に背を向けた。
「それでは、私はもう行くよ。塙麟、次に会うときは私の即位の時だ」
「――! はい、陽子様。その時を楽しみしております」
これほど多大な迷惑をかけたというのに、即位の時は呼んでくれるという。
新しい景王に並々ならぬ想いを感じながら塙麟は深く深く頭を下げた。
実際には不可避な壁があるせいで浅く頭を下げることしかできなかったが、それでも心の中では叩頭して、陽子の後ろ姿を見送った。
★ あ か く ろ 12 おまけ ★
サクサクと森の中を歩く音がする。
闇に包まれて鬱そうとしてた森が朝焼けに照らされ、息を吹き返したように光に包まれていった。
一日の始まりを感じ取ったのだろう、鳥の鳴き声も聞こえはじめてきた。
『……』
無言で歩く主を頭上に感じながら、驃騎は疑問を感じていた。
あれ? 主上は歩いて帰られるのか?
ここから泰麒のいらっしゃる野木まではそれほど近くはない……はず。
(自分の感覚と主の感覚がかなり異なっていることを学習してきた驃騎であった)
疑問を感じていても自分から問いかけるわけにはいかない。
使令とは影に付き従い、主に求められた時に正しい結果を出すべき存在だ。
意見を求められれば応えるだろうが、それ以外では無言こそ美徳なのである。
……とかなんとか考えている間に主は立ち止まった。
「驃騎、顕現してくれ」
『――っは』
主がじっと見つめてくる。
なんとなく恐ろしくなった驃騎はこっそり冷や汗を流した。
「驃騎に絶対に守ってもらいたい命が一つある」
『はい』
主が人差し指を立てた手をすっと目の前に持ってきた。
指の両側から見える翡翠の瞳が爛々と輝いていた。
「一つ、泰麒のことは景麒には秘密だ。これから先、景麒の角の封印が解けたら、景麒は真っ先に使令を送ってくるだろう。驃騎にもこれまでの私の様子を報告するよう、命が下されるはずだ。だが、泰麒のことは一切話すな。泰麒の件に関しては私から直接話をする。それまでは黙秘を続けろ」
『……はい』
黙秘、黙秘、黙秘、黙秘、黙秘
主の目から黙秘ビームが出てくるのを、驃騎は戸惑いながら受け止めた。
そうだ、使令は黙秘こそ至上の命題。ただ黙して従うことこそ重要なのだ。(洗脳)
「言うまでもないことだが、驃騎は景麒の使令。景麒の命は絶対だ。だが、景麒は私のしもべだ。常ならば景麒の命と私の命に優劣をつけるべきではない。しかし、非常の場合は仕方がない。こうして権威を振りかざすことは大変心苦しいが……驃騎、どちらの命を優先すべきか……分かるな?」
『もちろんでございます、主上!』
英訳すれば、Yes, My Majesty!となる一言を言い放ち、驃騎は深々と頭を下げた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「主上はお元気か」
『はい。こちらの生活にお慣れになるまで少々気苦労をお感じになったようですが、日々を楽しく生活してらっしゃいます』
「……こちらに来る際、泰麒を連れていただろう」
『いえ、残念ながら現在の消息はつかめておりません。蝕のおり、私は主上を海に落としてしまいました。共に乗ってらっしゃった泰台輔も同様です。その後主上をお見つけすることは叶いましたが、泰台輔をお見つけすることは……』
「……そうか」
ふぅ、と吐息をおとした景麒は驃騎から目を離した。
虚空を見つめる景麒を眺め、しばしの時を過ごしてから、驃騎は自ら口を開いた。
『台輔、主上から伝言を言付かっております』
「何か」
すぐに視線を戻した景麒は、無表情ながらも期待に満ちた目をしていた。
驃騎は一瞬だけ申し訳ない気持ちになりながら、淡々とした声で続けて言った。
『「次に会う時は右頬を十分に冷やしておくんだな」』
「……」
『……』
「……それは……」
『……主上は、たいそうお怒りでした』
「……そう、か……」
右頬なのは主上の優しさです。利き手ではないだけマシだそうです。
驃騎は生ぬるい慰めの言葉を思いついたが、とてもじゃないが言えなかった。
カラカラと笑いながら伝言を伝えてきた主の目が、ギラギラと輝いているのを見るに『利き手じゃないから手加減いらないよね』という心の声が聞こえたような気がしたからだ。
驃騎は図らずも主の心を慮ることが出来た初めての使令となった。
……嬉しいかどうかは本人(本獣)のみぞ知る。
※ 黙秘どころか軽々と嘘ついてる驃騎さんなのでした。
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