★ あ か く ろ 1 ★
驃騎に乗った陽子と泰麒は、景麒の起こした蝕によって世界を渡った。
自分の背後には血に弱い麒麟がいる。
何も知らない人間たちによって存在を歪めさせられた彼に、これ以上穢れを負わせるわけにはいかない。
決意を固めた陽子は、深く深く息を吐き出した後、音がしそうなほど息を吸い込んだ。
「ヤられたい奴からかかってこぉぉおおぉおおおおおい!!!! 」
陽子が腹の底から出した声は、世界の端にぶつかってから反射してきた……ように感じられるほど、奇妙にあたりに響き渡った。
近くで聞いた(聞かされた)泰麒は、両手で耳を隠すように事前に通達されていたので、致命的なほどのダメージは受けなかった。
(それでもかつて経験したことのないほどの耳鳴りには襲われていたが)
同じく近くで聞いた(聞かされた)驃騎の耳は、カーテンでグルグル巻きにされて保護されていた。
その時のやり取りに――
『しゅ、主上!? 前が見えません!!』
「とりあえず真っ直ぐ進めばいいから! 少しだけ我慢しろ!!」
――なんていう会話があった。
最終的には陽子が驃騎の頭をガツンと一殴りしたのは、時間が無かったせいだ。
決して自分が暴力的だからではない、臨機応変に対処した結果である。というのが陽子の言い分だ。
果たして、陽子の殺人的な大声のせいで眼下ではいくつも盛大な水しぶきが上がっていた。
……が、雲の上を走る彼らには見えない。
それでも、辺りから点在していた妖魔の気配が消えたことに、驃騎は気づいた。
というわけで意味が分からないのは泰麒だけだった。頭がくらくらしているおかげで不思議に思うことすら出来ない様子だが……。
【 広範囲型大量迎撃兵器 ★ 超大声 】
使用者:中嶋陽子
範囲:声が届く場所全て
効用:一時的な意識不明
「ゲホッ、ごほっ、あ゛あ゛う゛、ごくん。あ、ぢぃのんじゃっだ」
「だ、大丈夫ですか!?」
「(むり、だいじょうぶじゃない。それかして)」
「え、あ、これですか? はい、どうぞ」
陽子はプルプル頭を振って、片手で喉を押さえ、もう片方の手で泰麒の胸元を指さし、
人の顔を伺うことに長けた泰麒は陽子の心の声を感じ取り、首からかけていた碧双珠を渡した。
碧双珠は穏やかな光を発し、陽子の喉を照らした。
「ああ、危うく喉が裂けるところだった」
「ええ!?」
『あの……そろそろこの布を取っていただけませんか』
赤と黒の珍道中は、初めから色々と大変だった。
【 広範囲型大量迎撃兵器 ★ 超大声 (訂正) 】
使用者:中嶋陽子
範囲:声が届く場所全て
効用:一時的な意識不明
追記:日頃から喉を慣らしておかないと、一発で喉が裂けます。状況によっては出血多量の恐れ有り。
★ あ か く ろ 2 ★
眼下に広がる不気味な海では、不吉な渦が渦巻いている。
しかし、岸壁から少し離れたところに腰掛けた男女は、穏やかな雰囲気で頭を下げ合っていた。
「私は中嶋陽子、(見た目は)16歳。これから大変だと思うけど、貴方のことは絶対に守ってみせる」
「あ、はい。僕は高里要、15歳です。あの、よく分かりませんが、僕も貴女のことを守れるように頑張ります」
これまでの状況からすれば暗い雰囲気に包まれるはずの二人は、意外とのんびりしていた。
これぞ、二人が持つ天性のカリスマの成せる雰囲気なの……かも……しれない。たぶん。
そして会話は続いていく。
今さらだけど私の騒動に巻き込んでしまってすみません。必ず、高里くんを……
いえ、中嶋さんについて行くことを決めたのは僕です。こちらこそ宜しくお願いします……
あ、私のことは『陽子』って呼んでほしい。(苗字は呼ばれ慣れてないんだよな……)
え!? あの……(女の人を名前で呼ぶなんて……)
お願いします! ほら、これから苦労を分かち合う仲だし、『〜さん』だなんて他人行儀だろう?
そ、そうですね。じゃあ、これからはよ、陽子さんと呼ばせていただき……
その敬語もいらないよ! めんどくs……あーいや、仲間なのに敬語を使うのは気持ち悪いよ。
これは癖みたいなものですから、気にしないでくださ……
まぁいきなり色々と変えるのは大変か。とりあえず『陽子』って呼ぶところから始めてほしい。
あ、はい……。
じゃあさっそく呼んでみてよ。
え!?
いつでもゴーイングマイウェイ★陽子は、さっそく泰麒を振り回していた。
ちなみに、驃騎は現在意識不明の重体で、陽子の影の中で休養をとっている。
泰麒の穢れに当たり続けた弊害だった。
(むしろここまでよく頑張った)
★ あ か く ろ 3 ★
大きな実がたわわに実った不思議な木の下で、陽子はあるものを見ながら眉を寄せていた。
不思議の木とはもちろん野木である。
移動中は(泰麒に気づかれないように)陽子が殺気を全開にしていたので妖魔の襲撃はなかった。
さすがの陽子も一日中殺気を振りまくのは疲れるので、さっさと野木の下に来ていた。
陽子は両手に広げてみた。首をかしげた。
後ろから見ていた泰麒も、同じく首をかしげた。
「それ、カーテンで……だよね?」
「うん。カーテンだよ」
敬語が聞こえそうになるやいなや、陽子は眼光を鋭くする。
常人なら泣きそうな視線だが、泰麒の敬語癖の頑固さもかなり大したものだった。
会話のたびに似たような問答を繰り返している二人は、互いに持久戦を覚悟していたりする。
「うちの教室から持ってきたんだ。マントの代わりにならないかと思って」
「マント?」
「うん。この服装はかなり目立つから、こっちの着物を手に入れるまでは隠していた方がいいんだ」
「そうなんで……なんだ」
「そうなんだ。でも、これじゃあ意味が無いだろうな」
「……穴が空いてま……るね」
『まるね』ってなんだよとは陽子も言わなかった。
見えない攻防戦は続いている。
陽子がどさくさに紛れて手に入れた即席マントは、どれもこれも丁度良い場所に穴が空いていた。
(それを見たとき『妖魔のやつめコノヤロウ』と微妙に殺意が滲み出た)
パッと見た時には上手く穴が隠れるかと思ったが。
陽子は試しに泰麒の肩にかけてみた。中の制服が丸見えだった。
陽子は再び首をかしげた。
「どうしようか……」
「僕が縫いましょ……縫おうか?」
「え、縫うってどうやって?」
「これで」
そっと差し出された泰麒の手には、小さなソーイングセットが乗っていた。
「……そうだね、お願いするよ」
「任せてください」
この時は陽子の視線攻撃も不発した。
★ あ か く ろ 4 ★
そういえば泰麒はあの泰台輔なのだから、こんなことがあっても全然おかしくないということを念頭に置いておくべきだった。
相手の見た目や雰囲気に目を曇らせて、本質を見誤るなんて私らしくないぞ☆
泰麒の制服のポケットからソーイングセットが飛び出そうが、どこでもドアが飛び出そうが、笑顔で受け入れる……それが出来るのが私でしょう? ウフフ
陽子は月を見上げて笑みをこぼした。
隣では泰麒が神業級の裁縫技術を駆使してカーテンをマントに生まれ変わらせている。
しばらくすると、陽子の前には『穴が空いていたなんて目の錯覚だよ!』というほど綺麗に縫い上げられたカーテ……マントがあった。
陽子は心の底から泰麒に賛辞を贈り、泰麒は照れながらも嬉しそうにしていた。
そして陽子はマントを両手で広げて、ポツリと言葉をこぼした。
「長すぎても駄目だから、少し切るか」
陽子は立ち上がった。
泰麒も立ち上がった。
冗祐は急いで陽子から出てきて、その右腕に巻き付いた。
『しゅしゅしゅ主上! 水禺刀をお持ちになって何をなさるおつもりですか!?』
「何って……」
「もちろん……」
陽子は水禺刀を構えていた。
泰麒は両手でマントを広げて立っていた。
冗祐は無いはずの体に冷や汗が伝っているような気分になった。
赤黒コンビは揃って口を開いた。
「 「 切 る ( り ま す ) 」 」
その日、水禺刀は生まれて初めて裁ちバサミとしての活躍を遂げた。
★ あ か く ろ 5 ★
「じゃあ、行ってきます!」
「は、う、うん。行ってらっしゃい?」
なぜか家庭的な問答を終えた後、陽子は歩き出した。
その体はもちろん、新生チームの汗と涙の結晶である即席マントで覆われている。
(泰麒の汗と冗祐の涙を陽子が結晶化して生まれたマントです)
泰麒は野木の下で待機を命じられていた。(ギャグではありません)
彼の回りには美味しそうな果実がいくつか置いてある。散策中に陽子がゲットしたものだ。
自ら毒味をする陽子を見て、冗祐が泣きそうになっていたのは彼だけの秘密である。
夜明け前に出かけた陽子は、夕暮れには泰麒のもとに帰ってきた。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
陽子の手には大量の布といくつかの皮袋が乗っていた。
行きにはハンカチを2枚しか持っていなかったのに、どんな「わらしべ長者物語」を展開させればそうなるのかが分からない。
分からないが結果は目の前に存在していた。ツッコミ不在のせいで物語は闇に消える運命に終わってしまったが。
「必要なものは一通り揃えられたよ」
「そうで……そう、よかった」
「要くんの服は私の好みで決めたけど、よかったかな?」
「ええ、いいで……いいよ。 ど 、れ … … 」
古くさい布の山の中から、ギラッギラに輝くウェディングドレスっぽいものが現れた。
「たまたま手に入れたものなんだけど。どうかな、要くん☆」
陽子主演のわらしべ長者物語は奇跡を起こした。
「……夢じゃないの?」
「うん。現実」
夢落ち希望の泰麒に返された言葉は無情だった。
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