「な、なるほど……よ、酔って……」
「は、はい……おそらく……た、たぶん……」
互いに具合の悪そうな表情を浮かべながら、陽子と稟医師は向き合っていた。
場所は景麒の寝室?の隣室である。
あの場所に長くいることは、どうも精神衛生上宜しくない気がしたので移動していた。
「あ、あの時の台補は……その、ですね……見た限り……ほ、ほ、ほほほほ頬をそ、そそ、染め、て……」
「落ち漬け。分かる、その気持ちは分かる。つまり酔っているように見えたんだろう?」
「は、はい。泥酔状態の人間に見られる症状が出ておりました。おそらく間違いないかと」
稟医師にあの時の景麒の様子を事細かに説明するのは無理だった。
具合の悪そうな(くらいに快復していた)表情を段々と真っ青にしていく彼に、陽子が救援を出した。
稟医師も医者としてはしっかりしている人なので、結果を話す言葉は流麗だ。
しかしそれでも、症状の詳細を説明するのは困難なようだが。
「ああ、確かに……アレは明らかに明らかに明らかに! いつもの景麒とは違ったな。そうか、酔っていたのか」
「はい。えーっと……発熱症状も軽く見られ、意識の混濁が確認出来ました。それに呂律も少し回っていない様でした」
「そうか……いやぁ私が驚きのせいで景麒の確認を怠っていたとは、全くの不覚だった。侮れないな、景麒」
さすが貴方の半身ですね。
それはこの場にいない、慶を代表する人間たちの感想だろう。
もちろん稟医師は純粋な人間なので、そんなこと欠片も思っていない。
ただただ心配そうに陽子を見つめているだけである。
「しかし、すまなかったな。あまりの衝撃についうっかり景麒を昏倒させてしまった」
そう言って陽子は右手をぷらぷらさせた。
先ほど、景麒の首筋に全力で叩き落とした手である。
(ヤバイ音がしていたが、それはいいのか?)
重要参考人である景麒を昏倒させることは、もしかしたら危険を長引かせることになったかもしれない。
もし景麒の症状が分からなければ、保健室で眠る人間たちの目覚めが遅くなったのかもしれないのだから。
しかし稟医師は陽子を責めることはなかった。
変わりに、言葉を続けていく内に憂鬱そうな表情になっていった。
「いえ、それも仕方のないことかと思いますよ。不甲斐ないことですが、その……あの状態の台補に、私はどう接すればいいのか……あ、いえ、台補のご容態を案ずる気持ちに嘘はございません。心底台補がお早くお目覚め……あ、いつもの台補が、でございますが……お目覚めになられるのを心より願っているのです……が、しかしあの状態で目覚められたら、私はどうすれば……」
稟医師はだんだん己の思考に囚われて、ブツブツと呟きだした。
それほど『あの』景麒の様子がトラウマになっているようである。
そんな稟医師を、陽子は親が子を見つめるかのように暖か〜い眼差しで眺めていた。
あー癒される〜
これが最強腹黒微笑マスターだったり、最強娘2人組だったり、その他裏も表も強すぎる面々だったらこうはいかない。
むしろ、面白がってもう一度景麒を(無理矢理)起こす方向へ走り出したことだろう。
(そして動揺する私を見て笑うに違いないんだぁぁ!!)
心底この場に彼らがいないことに安堵しつつ、陽子は己の恐怖と戦っている稟医師に声をかけた。
「稟医師。景麒が酔っぱらっていたということは、つまり私の王気に酔ったということだな」
「あ、はい。そうですね。一時的とはいえ強烈な王気を感じ、脳が麻痺してしまったのかもしれません」
「脳が麻痺か……ああ、もしかして……」
陽子はガバリとその場に立ち上がった。
その表情は喜びに満ち、今までの疲れを吹き飛ばすような笑顔満開だ。
「そうか! 皆が昏倒したのは、私の王気で脳が麻痺したせいかもしれない!」
「ああ、そうかもしれません!」
稟医師もつられて立ち上がり、キラキラ輝く笑みを浮かべた。
「やったな、稟医師!!」
「はい、主上!!」
2人はガッチリと手を組み合い、共に喜びに笑みを溢した。
第三者が見れば、眩しすぎて目を細めてしまいそうなくらい彼らの表情は明るい。
しかし『コレでやっと前代未聞被害甚大事件が解決するー!!』と喜びに浸る彼らにとっては仕方のない喜び方だろう。
陽子はキラリと光る瞳(喜びの涙)に希望を宿らせ、ニコニコと稟医師に語りかけた。
「よし。さっそく皆に酔い覚ましを飲ませてみよう。稟医師、景麒にも酔い覚ましを飲ませておいてくれ! ああ、コレであの景麒ともおさらばかー! イヤーそう思うとあの景麒はかなり貴重だったな! どうせならもう一度くらい目覚めさせてみても良かったかもしれないなァ!! しかし残念だが、早く目覚めてもらうために、早く元に戻ってもーらおーう!!」
まるで陽子自身が酔っているような陽気な言葉の数々である。
しかし、聞いていた稟医師はいきなり希望の笑みを消し、戸惑うように陽子を見つめた。
口を何度か開いては閉じ、ふらふらと視線を揺らめかせ、ついに決意を固めた表情でしゃべり出した。
「……しゅ、主上」
「ん? どうしたんだ、そんな顔して」
「あの……お伝えしにくいことですが……台補は、麒麟です。麒麟が酔ってしまったという症例はこれまでになく、それに効く薬は……」
「ま、まさか……」
「その……すみません」
「な、何故謝るんだ稟医師! こ、こっちを見てくれ! 何故そんな悲しい表情で俯いてしまうんだーー!!」
「すみません、主上!! これも私が至らぬせいでございます!! こうなれば、こうなれば……私は、いっそのこと……!!」
「ま、待ってくれ! 行くな、行かないでくれー!! 飛び込むなら私も一緒にぃぃいい!!!!」
希望から絶望に落とされた人間というのは、得てして不可解な行動をとるものである。
それが多大な疲労によって神経をすり減らしていた者なら尚更だ。
数分後、訪れた官吏たちが目にした光景に、金波宮中に響き渡る絶叫を上げたのも無理はない。
(どうやら一斉射撃も無事片づけたようだ)
(無事というより有事片づけたと言ってほしいらしい)
陽子と稟医師は手に手を取り合い、仁重殿でも雲海の見えるテラスから飛び降りようとしていた寸前だった(危なかった)
さらに拍車をかけるように靴が並べておいてあり、そばに手紙のような紙面が折りたたんで置いてあった……もうどうしようもない。
それを見た官吏たちが今まで出したこともない高速移動を発揮し、飛び出す寸前に彼らを確保することが出来た。
(この時初めて、主上の奇怪な行動に慣れていて良かったと思ったらしい。もしこれが初奇行だったら固まったままだっただろうから)
官吏たちに全力で止められ、力の限りシェイクされたおかげで2人は意識を取り戻した。
(主上に対する遠慮? 緊急事態にそんなもんしてて、金波宮で生きていけるわけ無いジャン!)
恐るべし景麒の泥酔。
後一歩遅ければ、慶は今一番偉い人物と得難い名医をいっぺんに失うところだった。
そんなことになれば、確実に慶は滅びる。
まさに今滅びの寸前なのに、これ以上の事件は勘弁して欲しい。
それが泣き叫びながら主上に『しっかりして下さいじゅじょぉぉおお!!』と声をかけ続けた官吏たちの心の声である。
あれ、なんかおかしくない?と思った方、大丈夫です。ちゃんとソレも把握しているので。
陽子と稟医師の愛?の逃避行は寸前で官吏たちに止められました。
いつもの如く奇行に走る陽子ですが、今回のは確実に疲れのせいで冗談の域を軽く超しています。笑