回想に耽りながら歩く陽子だったが、無意識のうちに最短ルートで仁重殿に辿り着いていた。
仁重殿は金波宮の中でも神聖で暖かい雰囲気に包まれた場所だ。
それは神獣たる麒麟の住まう場所だからか、主の性格が反映されているのか……

ナイナイ、景麒の性格で『暖かい雰囲気』てどんだけミステイク!
(陽子、心の突っ込み)

陽子が冒頭文に心の中で突っ込みを入れている間に、景麒の臥室の前まで来ていた。
いつの間にか案内をしてくれている女官は、王の不審な行動に突っ込んだりなんかしない。
いきなり激烈笑顔を浮かべて首をフリフリした陽子の姿を見ても、微笑ましそうに見つめているだけである。
(そうか、仁重殿の暖かい雰囲気は、こうした女官が多いからだ!)
(そんな女官が増えたのは陽子の度重なる奇行のせいだ!!)


「ああ、主上。お越し下さいましたか」


室内にはいると、安心したような笑みを浮かべた稟医師が出迎えてくれた。
いつ見ても心が洗われるような癒し系の優しい笑みの周りに、ふわふわと見えるはずもないお花の乱舞を見た。
陽子は眩しげに目を細めた。

「慶には癒し系が少なすぎるよな……桂桂も長ずれば“ああ”なってしまったし……」

「? どうかなさいましたか?」

「いや、何でもない」

うち(慶)にももっと癒し系求む!!!!!
だって仁獣の(ハズの)麒麟からして癒し系じゃない……!!!

陽子は荒れ狂う心の叫びを欠片も表に出すことはなく、稟医師に笑みを返した。
(個人的には自分も癒し系の微笑を目指したつもりである)

「景麒の様子は?」

「伝令はお聞きになられましたよね? 先ほど目を覚まされたのですが……」

「が?」

「見て頂ければ早いでしょう、こちらへ」

そうして先導された先には景麒の眠る牀があった。
ちなみにこの牀、あまりにも豪華すぎて部屋の内観を著しく損なっている。
(受け狙いで贈ったら喜びに涙されて陽子は珍しく良心が痛んだ、という隠れエピソード付き)
陽子は牀に近寄り、周りを包む薄絹のカーテンをそっと開いた。

「……景麒……」

美しい純白のシーツに包まれて、金の聖獣はぼんやりと宙を見ていた。
いや、その瞳に『何か』が映っているかどうかは怪しい。
意志の光の宿らぬ紫の瞳は、美麗な顔を飾る最高級の宝石のように美しく見えるのだが。
まるで人形のように無心を表している半身を目にして、陽子は苦しそうに顔を歪めた。
しかしそれも一瞬のことで、すぐに表情を整えて景麒に身を寄せた。

「景麒、景麒……聞こえるか?」

「……」

「私だ。お前の半身だ。……答えてくれ、景麒」

「…………」

陽子の言葉の声が空気に溶けて消えていく。
景麒は相変わらず彫像のように動かずに、しかし瞳だけはうっすらと開けたまま宙を見つめていた。
陽子はまたしても一瞬悲しげな表情をすると、ゆっくりと牀を離れた。
その時、ピクリと動いたものに気付かず。

「稟医師、景麒が目を開けてからどれくらいだ?」

「はい。 刻前にはお目覚めになられていたようです。瞬きは常と変わらぬようですし、身体機能に異常があるようには見られませんが」

「そうか……それで――」



カタン



響いた音は小さく、会話に隠れるほど。
しかし聞こえた方向が問題だったので、陽子は言葉を止めてガバッと音の方向に振り向いた。
稟医師も驚きの表情で顔を上げた。


「……、……っ」


そこにはふらふらと身体を揺らしながらも、賢明に己の身体を支えようとする景麒の姿が。
ゆっくりと身体を持ち上げ、今は腰掛けている状態だ。

「景麒……!」

陽子は泣きそうな顔を浮かべて己の半身を見つめた。
それはもちろん、嬉し泣きの表情だ。

しかし、それもすぐに凍り付いた。



「――っは!?」



いきなり、目の前に絵画に出てきそうなほど美しくも長閑なお花畑が見えた。
蝶々たちが優雅に舞い、小鳥たちは美しい音色を奏で、花々は楽しげに揺れて――

瞬きの間に差し込む閃光のような風景が消えると、今度は目の前の光景がゆっくりと動いているのを感じた。
(しかしそれは今まで見ていた室内風景だったので、ひとまず安心した)
そして一瞬後には強烈な痛みが腹の辺りに生まれ、正直今日食べたものが全て逆流するのではないかと危惧した。
(なけなしの乙女心で『グフッ』と呻くことだけは回避した)
さらに目の前に見える稟医師の顔といったらもう爆笑モノの面白映像だった。
その顔がゆーっくりと下の方に移動していっていることに疑問を覚えるが、とにかく稟医師の表情はかなり貴重なものである。
いつもの優しい微笑みが何処へやら、この世の終わりに直面したような絶望に染まった顔だ。
(あれ、そういえばさっきもしてたかもしれない、あんな表情)
今にも口は縦に割れ、横幅の短くなった縦長の顔に変化し、頬に両手を添えて叫び出しそうな……そう、まるで……芸術作品なのに見る者を微妙な気持ちにさせる絵画、ム○クの叫びの実写化寸前にも見える壮絶な表情だ。

生きた人間がするとスッゲー恐いんだな〜勉強になったー☆





ゴヅン!!





「――っ!!!!」

突然後頭部に走った激痛に、陽子は強制的に現世へ魂を引き戻された。
ちょっと遊びすぎて浩瀚に全力で拳骨された時よりも、調子に乗ってからかい過ぎて桓タイに本気の一撃を決められた時よりも、逃走中うっかり出会った祥瓊に豪速で壺を投げつけられた時よりも、悪戯が逆鱗に触れたらしい鈴に豪腕の竹箒スイングを打ち付けられた時よりも、――、――、(以下延々と続く)

痛みのせいで思考回路が一瞬ぶっ飛んだ陽子は、ずっしりと感じる重みにのろのろと目を向けた。
信じたくない信じたくないと無意識に泣き叫ぶ内心が、先ほど見ていたはずの一部始終を完全にシャットアウトしていた。
だから、本当に分からなかったのだ――この重みの意味が。



「ゴロゴロゴロゴロ」



な、何コレ……!?

陽子はまた魂が飛びそうになるのを感じ、全力で歯を食いしばった。
ギリギリと食いしばっているせいで歯茎が痛い気がするが、先ほど星々と交流出来そうだったくらいの激痛に比べればなんのその。
でも、痛いんだけどね。

でもでも、コレは無いよ、ホント。
コレは反則だよ。

目玉から心の汗と共に飛び出しそうだった言葉は、ちゃんと喉の奥に消えていった。

「主上……(うっとり)」

しかしそんな陽子の誠心誠意全力投球な努力を、目の前の変態がぶち壊した。
眼前には、恐らく一度死んで生まれなおしたに違いないと力一杯突っ込んでしまいそうなほど常と2160度違うけ、け、景麒(どもった)の姿が。

あ、2160度じゃ元に戻るから、あと180足さなきゃ!

そんな言葉が衝撃の狭間から浮かび上がってきたが、そんな言葉くらいじゃ衝撃を消すことは出来なかった。
景麒は頬をバラ色に染め、瞳をうるうると潤ませ、幸せ一杯胸一杯の絶好調!な表情をして陽子の胸に顔を埋めていた。
胸に顔を埋めるのは乙女としてケシカラン行為なのだが、どうも色恋的な桃色の雰囲気は全く皆無だ。
スリスリと顔を寄せている景麒の姿に、陽子はまたしても一瞬意識がコスモと交信しそうになった。
そうして一瞬が積み重なっていき、陽子はすでに数秒固まっているというワケである。

「うぐ」

「主上……(キラキラ)」

唐突に感じた腹部の締め付けが陽子の意識を今度こそ!現実に引き戻した。
ガッチリと己の腹を締め付けているのは、け……の実は意外と逞しい腕である。
(名は呼ばぬ方が平静を保てると学習した模様)
陽子は今まで固まっていたことが嘘のように瞬時に思考を巡らせ、そしてすぐに思いつきを実行した。
(思考を巡らせた結果実行したことが思いつきなのは、やはり動揺していた証拠なのかもしれない)




「アチョー!!」



ドゴッ!



「――っ!!」



小さなうめき声と共に、問題の人物は力を失った。
今までの視覚の暴力映像はなりを潜め、いつもの彫像スタイルに戻っている。
己の身体にのし掛かったまま意識を失ったらしい景麒(今なら呼べる大丈夫)を見て、陽子はしばし途方に暮れた。
サラサラと広がる白に近い金髪、色白で美しい肌(今はちょっと桃色っぽいことは除外)、人形のように整った顔、無駄にでかい図体、真っ黒な服……どれも見慣れた、いつもの景麒だ。

「な、なんだったんだ……」

シンとした仁重殿の一室に、陽子の(珍しく)弱々しい声が響いた。





   


ちなみに2160は(180×12)です。あえて12にしてみました☆笑
相変わらず陽子のテンションは暴走気味ですが、ついに半身まで……!?