暗闇の中にうっすらと透けるように浮かんでいるのは、小さな人影だ。
背後の闇のせいでその姿は見えにくいが、おそらく日の光の中で見ればキラキラと光り輝く豪奢な衣装に身を包んでいる。
ふわふわと重力に逆らい広がる衣装は、今まで見たことも無いような緻密で美しい刺繍に溢れ、飾られた宝玉の数々は目眩がしそうな程美麗で光輝に満ちている。
これまで王として十二国に存在する様々な『最高』を目にしてきたが、そのどれもがこの少年の衣装に敵いはしない。
陽子が目の前の少年に見とれていると、少年はコトリと首を傾げた。

「ねぇ、キミはだーれ?」

「ああ、すまない。私は陽子」

「ヨーコ?」

少年は不思議そうな表情で陽子をじーっと見つめてきた。
その姿が少しずつ闇から浮かび上がり、実態を持ってきているように感じる。
いまだ闇に透けている部分はあるが、先ほどより見えやすくなった少年を見て、陽子は内心絶叫した。

か、かわいいー!!!

少年はとにかく可愛らしかった。
芸術の神が全身全霊全力をかけて作り上げたと表現しても過言ではない(むしろ足りない!)ほど整った顔立ち。
そしてその原材料は太陽の煌めき、月光の輝き、星々の瞬き、などなど世界を魅了する美しいモノを全て詰め込みました!というほど、一つ一つが美麗すぎる顔のパーツ。
おそらく陽子以外の者が目にすればそのまま意識を失うか、衝撃が強すぎて幸せの内に死亡してしまいそうなほどの最高最凶のご尊顔だ。
もちろん陽子はそんな事態に陥る前に、自前のテンションで回避していた。
頭の中は一面『可愛い可愛い可愛い可愛いくぁわいい可愛い可愛い……』である。
少年は、微動だにせずこちらを見てくる陽子に、不思議そうな表情を向けた。

「キミは僕が見えるの?」

少年はパチパチと瞬きをしながら問いかけてくる。
その姿も可愛さに拍車をかけ、すでに内心で興奮絶叫の嵐だった陽子はさらにその威力を拡大させた。
陽子は握り拳を力強く振り上げ、全力で頷いた。

「ああ、大丈夫! 今、その美しさを余すところ無く目に焼き付けているところだ!!」

「…………」

少年は驚いたように目を丸めた。
ふわふわと浮かび上がる衣装がの動きが、少しだけ早まったように見える。
しかしそんな姿も可愛さに拍車を(以下略)
(陽子、暴走中)



ひとときの間陽子は静かに暴走し続け、少年は驚いた表情で陽子を見つめ続け、沈黙だけが辺りを満たしていた。
どれくらい時が過ぎたのか、十分に少年の美顔を堪能したらしい陽子が不意に不思議そうな顔をした。
見上げる先には、今は興味深そうな表情を浮かべた少年である。

「あ、そうだ。君は誰なんだ?」

「僕は、テンだよ」

「そうか。ならテンちゃんだな!」

「テンちゃん?」

不思議そうな少年の様子に、陽子が(悶えながら)口を開いた。

「ニックネームだよ。あだ名……じゃなくて、字……でもないし……。仲が良い者同士が、互いを呼ぶために特別に考えた呼び方のことだ」

この子はコチラの人間(たぶん)だから英語で説明しただけじゃまずい、と思って陽子は説明を加えていった。
しかし少年は、またしても驚いた表情を浮かべている。

「他にも『これから仲良くなりましょう!』という気持ちの表れでもある」

「僕と仲良くなるの??」

「私はテンちゃんと仲良くしたいと思うよ。テンちゃんはどうかな?」

「僕は……」

少年は悩ましげな表情を浮かべ、迷うように視線を下げた。
陽子はこの少年を困らせる気は無かったので、慌てて別のことを言った。
(可愛い子を困らせるなんて、絶対に嫌ダー!!)

「ああ、私のことは陽ちゃんでいいよ」

「陽ちゃん?」

「ああ。今はもう誰も呼ばない、特別な呼び方だ」

「とくべつ…………、陽ちゃん」

「なんだ、テンちゃん」

ニコニコと微笑みながら返事をする陽子に、少年も嬉しそうな表情を浮かべた。
今までの不思議そうな顔も無垢な様子で可愛かったが、喜びの表情は世界がキラキラと輝きだしたかのように凶悪に可愛らしい。
陽子は内心(うをぉぉぉおおおー!!)と歓喜の雄叫びを上げていたが、それを表に出すことはしなかった。
しかし少年は陽子の内心に合わせるように面白そうな笑みを浮かべ、今度は満面の笑みを浮かべた。

「テンちゃん……グッジョブ!!」

陽子もつられたように満開の笑みを浮かべ、ビシッと親指を立てた。
(これでも乙女ですからね。赤い筋が垂れるようなことはしません全力で顔に力を入れました)
そしてそれを見た少年は、幸せに満ちた心底嬉しそうな表情を浮かべたのだった。



さて、笑顔の応酬を繰り広げていた少年−テン−と陽子であるが、さすがにそれも時が過ぎれば収まってくる。
陽子は次第に興奮を治めていき、少年もにこやかな笑みを浮かべるに止めていた。

「ねぇ、陽ちゃんはココで何をしてるの?」

「ん? ああ……実は修行中だったんだ」

夢の中でまで修行中って、なんて私は真面目な子なんだろう。
そもそもココ(夢)に来たのも修練に疲れたせいだしなぁ。

陽子が答えるのを聞いて、テンは一瞬驚きの表情を浮かべたがすぐにそれを隠した。
おそらく陽子には見えていない。

「ふーん。何を修行してるの?」

「よくぞ聞いてくれました!」

陽子はキラキラと輝く嬉しそうな表情でテンを見つめた。

一人で修行すると決めたので誰にも言えなかったが、夢の中なら何言っても大丈夫!
ていうか私の夢サイコー! こんな可愛い子生み出すなんてアッパレ!

陽子は暴走しそうな内心を抑え、熱く熱く語り出した。

「私は空を飛びたいんだ!! もしくは、全身から光を放出してみたいんだ!! その名も『スーパーケイオーヨーコスタイル』! 訳して『超景王陽子式』だ!!」

どうどう? 凄いよね!?

そう瞳で訴えかける陽子に、テンはビックリした顔をした。

「陽ちゃんは景王なの?」

「え、あー……まぁそうなんだが、テンちゃんと仲良くするのに全然関係ないよな!」

「! そうだね、関係無いね!」

「うんうん!」

ニコニコと2人は微笑み合った。
しかしそんな穏やかな空間であってもぶち壊すのが陽子である。

「で、どう思う!? テンちゃん!!」

「んー空を飛ぶのは難しいんじゃないかな〜?」

「そ、そうか……」

ガーンと落ち込む陽子。
夢の中でも否定されて、やっぱり心の底では私自身無理だと気付いていたのか……という心境である。
どんよりし出した陽子に、テンはニコリと笑いながら答えた。

「でも、光るなんて面白そうだね」

「だよね!」

「陽ちゃんは景王なんでしょ? 王気が光ったら凄いんじゃないかな」

「王気か……。でも、私自身自分に王気があるのか分からないんだよな。景麒がいつも言っているけど、私には生まれた時から何も変化がないし」

陽子はう〜んと悩みだした。
実際問題、本当に陽子には自分に王気があるのか分からないのだ。
麒麟が王気を頼りに王を選ぶ、といっても自分は麒麟になったことが無いので分からない。
(まぁ分からないことだから否定もしないのだが)
そんな陽子を見て、テンは目を細めながら言葉を発した。

「陽ちゃんなら、出来るよ」

「テンちゃん?」

「陽ちゃんなら、王気を光らせることが出来るよ」

テンは今までと雰囲気を変え、神聖な気配を醸し出しながら陽子を見つめていた。
しかしその気配は極小さく、微かな変化だったので陽子は気付いていないだろう。
純粋にテンが自分を励ましてくれていると思った陽子は、嬉しそうな笑みを浮かべた。

「ありがとう、テンちゃん。頑張ってみるよ」

「うん。頑張ってね、陽ちゃん」

2人してまた微笑みあっていると、少しずつ辺りの闇が薄れていった。
黒が灰に変わり、ゆるやかに白い光に満たされていく。
陽子は己が意識を失っていくのを感じ、目覚めの時が近付いているのだろうと思った。

ああ、残念。
こんなに可愛い子と友だちになれたのに、夢が覚めてしまうのか。

ゆっくりと思考が閉じていく中、最後に聞こえたのは不思議なほど耳に残る、テンの必死な声だった。

「陽ちゃん! 僕のこと忘れないでね!!」

























「……で、出来た……」

陽子は呆然と己の右手を見つめた。
その手のひらには、明かりを反射しただけでは到底ありえないほどの光が宿っていた。
キラキラと輝く右手を見て、陽子はゆっくりと笑みを浮かべていった。

「あの夢のおかげか……? うふふ、まるで奇跡のようだ!!」

ヒャッホーイ☆

陽子は誰もいない室内で、一人小躍りした。
誰かに見られれば『またうちの主上は……!』と呆れられる光景だろう。
しかし百年にも渡る努力が結ばれたのだ、少しは見逃して欲しい。

影の中では、見ざるを得なかった使令たちが『ついに、ついに主上はやっておしまいになられた……!!』と涙に濡れていた。
その内心は様々で、全てが複雑に絡み合っている。
(ああ、やっと黙秘の罪悪感から解放される)
(ああ、あれほど努力なさっていたことが成就して私も嬉しい)
(ああ、これからまた金波宮を騒がす事件が起こるのかもしれないのか)
(ああ、もうなんだか私も肩の荷が下りた……このまま実家(黄海)に帰りたい)
使令たち、不憫すぎる。

「よし、この奇跡の夢に記念して『スーパーミラクルケイオーヨーコスタイル』に改名しよう! いやーなんだかパワーアップしたようでなかなか良い名前だな!!」

喜びに満ちた陽子は、部屋中に響く高笑いを続けた。
それは王気に異変を感じた景麒が部屋に飛び込んでくるまで続けられ、理由を問いただす景麒をのらりくらりとかわすことで幕を閉じた。

「そうか……。光らせると景麒にバレるのか……じゃあこれからはとにかく錬功に今まで以上に気合いを入れて、お披露目までは光らせないようにしよう」

それが数年前の深夜、陽子がポツリと呟いた言葉である。
(陽子と景麒の応酬は深夜まで続きました)





   


フフフ、前々回で『まさか……!?』と思った方も多いでしょう、あのお方の登場です。
カタカナなのはわざとです。そして、あのお方の心の内は全く書いていません☆
イロイロ複雑なんですよ……たぶん。
そして視覚化の原因の一端に、あのお方が関わっていたのでした。