突然暗闇の中に差し込む一筋の光のように、透き通った声が響いた。

驚いて振り向けば、そこには――




















――、

――、―――ょ―?


―ゅ――う、―い―――――か?



「主上」

ハッとして目を瞬かせれば、目の前には心配そうな表情を浮かべた官吏たちが立っていた。

「あ、ああすまない。この件は私が手直ししよう。ここの書類は全て目を通したから、各官府に持っていってくれ。そして『華美な言葉はいらないからとにかく急げこの際誤字脱字があっても塗りつぶせ』と伝えて欲しい。ああ、お前地官だったな。コレを小司徒に渡してくれ。そして予定表のここからここまでは明日に回して、コレとコレとコレだけは最優先に議案を纏めるように……ああ、コレに必要な資料はすでに書庫に取りに行かせてあるから安心しろ。次に祭典の準備のことだが、春官府と夏官府で――」

陽子が怒濤の勢いでしゃべり出し、素早く書類を手渡していく。
それに対して陽子の前では官吏たちがくるくると踊るように場所を入れ替え、慌ててそれらを受け取っていった。
時にはドサドサと手に余るほどの資料を渡され、時には紙面と共に注釈を与えられて。
官吏たちは、渡された物を落とさぬよう必死に踏ん張ったり(文官だから非力なのか? いや、陽子が力強すぎるだけだ)、言われたことを一字一句聞き逃さぬよう真剣な表情で王の言葉に耳を傾けたり(重要な一言が流れ作業のように伝えられて泣きそうになった)みな能力全開で頑張っている。
バタバタと忙しなく人の出入りする室内の中で、指示を出す陽子の言葉は途切れることなく続いていた。
左手で書物を指さし指示を出し、右手でさらさらと何かをメモし、さらに口では別の官吏に伝言を伝えているのだから、陽子の有能さたるや計り知れぬものがあった。
しかもどの指示も彼らの能力を超えることなく配慮しながら出されているようで、時には一人に大量の伝言を頼み(その者は親しい者には記憶が得意な者として知られていた)、時には一人に各官府の状況を見てくるように頼み(その者はよく気が付く性格で足に自慢があった)、とにかく最小の労力で最大の結果を求めた最高の指示の出し方だった。
おそらくどの官吏も、今は忙しさに思考を奪われているが、後から思い返した時に思い至ることだろう。
なんと頼りになる王なのだ、と。





「……ふぅ。一波過ぎたか……」

陽子は突然ガランとした室内を眺めながら呟いた。
いつもは生気にキラキラと輝いている瞳をどんよりと曇らせ、疲れ切った面持ちでぼーっとしている。
今まで色々な問題を同時進行で処理していたので頭の中は過剰労働でかなり疲労していた。

ああ、先ほどお茶をしておいて助かった。
もう喉がガラガラだ……。

最初に出した書面による指示のおかげで、祥瓊や鈴、医師たちと話をする時間を確保できた。
その時にお茶を飲んでいなかったら、今頃声は嗄れていただろう。
(その時のお茶は喉に効くお茶だったような気が……さすが)
そして今、先ほど一斉射撃のごとく指示を出しまくったので、また少し時間が出来た。
おそらくひとときの間は官吏たちも指示に答えるので精一杯になるはずだ。
たぶんみんな『主上容赦ねぇー!!涙』と、鬼の形相を浮かべつつ心の中で泣いていることだろう。

陽子は書卓に手をついてゆっくりと立ち上がると、よろよろと歩き出した。
(おばあさんかっ!!)





陽子がよろよろフラフラと歩いていると、目の前を前傾姿勢で全力疾走している官吏がいた。
まさか平常の金波宮では見られない有り得ない光景であるが、今の状況ならばありえるだろう。
(『廊下は走るな!』は最初の書類で休止しておいた)
俺は風になる……!そんな勢いで走り寄る官吏は、よく見ると主上直属伝達隊『颶風』の一員だった。

「――っは、あ、主上!」

彼は陽子の姿を目にするとさらにその足を速め、ビュン!と鳴りそうなほど素早く近づいてきた。

「良かった……、今お呼びに参るところでした」

「何かあったのか?」

すでに陽子はよろフラな様子なんか欠片も見せずにしっかりと立っている。

「黄医が呼んでおります。台補が目を覚まされたそうです」

「!! そうか、分かった」

「それでは、失礼します」

彼はまた風になった。
その手に何かを持っていたので、たぶん医師の誰かにパシられたのだろう。
その後ろ姿を生暖かい優しい目で見つめた陽子は、少しだけ元気を取り戻した足取りで歩き出した。
丁度仁重殿に向かおうとしていたので、朗報を先に聞けてちょっぴり体力が回復したようである。
それでもいつものように駆け出さないのは、やっぱり疲れているからだった。


仁重殿への道を辿りつつ、先ほど思考によぎった記憶を掘り起こす。
練功に明け暮れる日々の中で見た、不思議な夢のことを。
指示を出しながらも倒れた者たちへの対策を考えていると浮かんできた、数年前の出来事。


それはくらやみのなかでの『少年』とのであい





   


陽子、必死に指示を出しています。あまりにも有能すぎる。
でもまぁ……倒れた人たちの分を肩代わりしようとすればコレくらい……。
倒れた人の仕事の半分は次席が請け負って、半分は陽子が請け負っていると考えれば、半分であっても人数多いので相当の負担でしょう。
陽子はいつも、ただ金波宮から逃走しているのではありません。
文句は言われないように完璧に仕事を終わらせてから出て行くはずです。最強!笑
そして皆さんが気になっているだろう『声』については次ですね。