目の前に広がるのは真っ黒な世界。
どうすればここまでの暗さが生まれるのか――全ての色を混ぜ合わせ、何重にも塗りつぶしたかのような黒。
純粋な漆黒のようであり、全ての色の隠れた不純などす黒い様にも見える。
それなのになぜわたしは『見える』のだろうか
この時私は、すでに――
ここは……?
確か私は榻(ながいす)に腰掛けて……
ああ、これは夢か。
陽子は一面真っ暗闇の世界に一人立っていた。
右を見ても闇、左を見ても闇、上も下も前も後ろも真っ黒けだ。
なんだ? 私の夢は随分暗いな。
せっかくの夢なんだからこう……例えば爆笑しながら転がり回る景麒が出て……
いや、それは困る!!
せっかく寝ているのに、疲労が溜まりそうだ……!!!
つられて爆笑すれば筋肉痛になるまで止められないだろうし、恐怖に涙すれば号泣で体力を消耗するに違いない!!
……いや、最近は景麒もよく笑うようになったし……私たちはけっこー上手くやれてると思う。
今では『おい』『はい』という熟年夫婦並の短縮会話も可能だし。
うんうん。
陽子は暗闇の中で腕を組み、コクコクと頷いた。
闇に包まれていようと恐れは感じない。
この世界は暖かくはないが、冷たくもなかった。
感じる……暖かさではなく冷たさでもない、別のナニカを
それに優しさは感じないが、恐ろしいものではなかった。
――そう、直感が告げていた。
そうだな……どうせなら現在絶賛修行中の『スーパー化!』の成功例が見てみたいな。
別に『サ○ヤ人』を付けても良いんだが、それでは本当に龍玉の真似になってしまうからな……。
そもそもこちらの人間に『スーパーサ○ヤ人、陽子見参!』と言っても誰も突っ込んでくれないだろうし……。
陽子は悲しそうな表情で俯いた。
悲しい理由はもちろん『ああ、突っ込み欲しかった……』である。
夢の中であろうとも、陽子の思考回路はいつもと変わらなかった。
いや、ここで『夢の中だし願望見せてくれよ、例えば楽俊の女装姿とか』などと思っていても意味がないな!
やはり願望は己の手で成してこそ意味がある!!
楽俊の女装姿には祥瓊と鈴の手も借りることにして、今出来ることをしなければ!!
そう思った陽子はゆったりとした立ち姿になり、静かに呼吸を繰り返した。
まずは全身の力を抜き、身体がリラックスした状態になるように。
次に今までの(珍)思考を消し、心が安定した状態になるように。
そして目を閉じ、意識を集中し、全身にゆっくりと神経を巡らせていく。
己の身体の回りに暖かな何かが生まれるように、強く強く想いを込めていく。
スーッと息を吸い込み、一呼吸分間を置いた後、腹の底に力を込めた。
スーパーケイオーヨォーコスタァァァーーーーイル!!!
スタァァーーーイル
スタァーーーイル
スターーイル
スターイ・・・
スター・・
……。
ダメだ。やっぱりどうも上手くいかない……。
どれほどこの空間が広いのか定かではないが、明らかに大音量過ぎた陽子の声が確かに反響していた。
『夢の中だし、誰にもバレる心配がない!』という喜色一杯な思考のもと、陽子は遠慮無く大声を出した。
ここぞとばかりに全力で声を出した。
現実ならば一発で喉をヤられてしまいそうなほど、力の限りを尽くした。
もしかしたら雲海を越えて眼下の民たちも一瞬空を見上げてしまいそうなくらい、五月蠅すぎる大声だった。
さらに、陽子の声質は良く通る聞きやすい声だったので、警報サイレンもビックリの大惨事になっていただろう……現実なら。
身体の回りにふわふわ〜としたものを感じるようになったから、あとは発光させるだけだと思うんだが……。
その『だけ』というのが難しい、というか有り得ないことなんだ。
と、突っ込んでくれる者は誰もいなかった。
すでに景麒の使令全てに『他言禁止勅令』が出されていた。
彼らは突っ込みたくても突っ込めず、かといって危険?を他の者に知らせることが出来ないというジレンマに陥っていた。
最近毛並みが悪くなってきていることが、みな共通の悩みだったりする。
(苦労を負うのはいつも周りの者たちです)
陽子は己の目の前に手のひらを持ってきて、じっとそれを見つめた。
鍛錬を続けるうちに少しずつ薄いモヤのようなものを感じるようになった。
それはおそらく『気』と呼ばれるモノだ。
書物を探す中に見つけた『気功法』に纏わる文章は、良い勉強となった。
これまでの修練を錬功(気を練ること)に変え、少しずつ気の鍛錬を積み重ねてきたのだ。
神仙たる我が身なので『死』という時の制限は(今のところ)無く、自分はおそらく強大な気を有しているはずだ。
でも、どうしても光らないんだよな……。
それじゃ意味がないし……。
そうなのだ。
気を鍛錬した人間になら、己の気を見ることは出来るだろう。
しかし、それでは意味がない。
陽子が『気』を見せたい相手は、気の鍛錬をしていない一般の民なのだ。
(鍛錬している人間が居たとしても、それは全体の中でも雀の涙ほどだろう)
だったら気功法を(無理矢理)流布させればいいのでは、と思うがそれでは『特殊性』が無くなってしまう。
わたしが、おうが『特別』でなければだめなのだ
わたしがだれのめにも『王』としてうつるように
だれもが『王』として、ふしんをいだかぬように
そして、たみのむようの『死』をふやさぬように
陽子がどんなに善政を敷いて、どんなに心血を注いで政を動かしていても、『乱』が絶えることはなかった。
列強の豊かな国々の王に未だ及ばぬ我が身ではあるが、国と民を想う気持ちは誰にも負けないと自負している。
しかし、そんな王の『想い』が民に届くことはない。
政策でそれを見てとれる者など、本当に一部の人間しかいないのだ。
邪心を持つ官吏は絶えず、苦しむ民も絶えず、王を憎む人も絶えない。
だから、思った。
目に見える形で王としての『証』を、王としての『心』を伝えられないか、と。
「ん〜? キミだーれ?」
突然暗闇を切り裂くように、透き通った声が響いた。