「王気を……?」
「それ、本当なの?」
陽子が語った衝撃の真実に、聞いていた者は呆気に取られた顔をしていた。
金波宮勤続云百年、すでに妖怪の一種なのではないのかと影で囁かれている筆頭医師もさすがに驚いた顔をしている。
(彼のお話はまた後ほど……出来るとイイナ〜)
「ああ。苦節数十年……やっと私はこの偉大なる技を会得するに至ったのだ!! 思えばはじめは小さな思いつきだった。『私もこのおじちゃんのように空が飛びたい……(画面に向かって呟く幼少陽子)』そう、それは幼き日に胸に焼き付けた感動だった……しかしそれは現実を知る前の幼女の純粋な心を……」
「禽医師(、王気を視覚化させるなんて可能なんですか?」
「ふむ……私は聞いたことがありませんな」
「え、医師(でも!?」
「世に私の知らぬことはいまだ数多く存在するということでしょう。いやはや、主上にお仕えするようになってから毎日が新鮮ですなぁ」
禽医師(はニヤリと誰が見ても怪しいと判断する笑みを浮かべた。
祥瓊と鈴はその様子に一瞬ビクつきながらも、いつものことなのですぐに視線を反らせて被害を回避した。
(余り長く見つめているとさすがに背筋がゾッとしてくるらしい)
ちなみに、熱く語る陽子は完全に放置されている。
「……そうして、私は暇を見つけてはこっそりと修練に励み、時には尊敬すべきタートル師匠のお姿を水禺刀で拝見して自己鍛錬を重ねてきたのだ……そ、そりゃたまには偉大なる兄弟子のサトリsky殿の活躍に夢中になったりもしたが……それも立派な勉強だ! だって彼は幾度となく死を乗り越え……」
「やはり、皆様がお倒れになったのは王気が原因で……?」
「主上のお話を聞く限り、それしか考えられませんな」
「陽子が、その……すぅぱぁ?な王気にしたせいで……」
「でも何で王気を……す……視覚化したことが昏倒に繋がるのでしょうか?」
「ふむ……これは予想ですが……。我ら人間には王気を感じることは出来ません。それは人も仙も同じこと。王の纏う唯人と異なる覇気を『王気』と感じることはあるかもしれませんが、真実正しく『王気』を感じることが出来るのは麒麟のみでございましょう」
ゆっくりと語る医師の言葉に、祥瓊と鈴は真剣な表情を向けていた。
(もう一人はまだ自分の世界に浸っていらっしゃいます)
「しかし、主上がこの度会得なさった『王気の視覚化』は、我ら人間にも王気を見せることに成功した……つまり人間に王気を『感じさせた』ということです。これは言うほど簡単なことではなく、正直不可能に近いほど実に重大なことです」
「そうなんだ。実はこの技、本当は百年前の祭典で披露したかったんだが、習得に困難を極めてな……やはり一番の難関は当初『空を飛ぶこと』に重点を置いていたことだな……でも己が人外になったことを改めて考えた時、浮かぶのはやはり夢の自力飛行!だもんな……でも……」
「ですが、元々人間には王気を感じる器官は備わっておりません。なので突然『王気』を感じたことにより、身体が多大なる負荷を負ってしまったのでしょう」
「多大なる負荷……まるで毒のようですね」
「それであんな風に倒れてしまったのですか?」
「おそらく。そもそも麒麟でさえ王気は『感じる』ことしか出来ぬと聞いております。それを『見える』ほど強大にしてしまえば、見せられた人間が負荷によって倒れるのも道理かもしれませんな」
うんうん。
己の解釈に納得し頷きながら医師は語った。
途中上手い具合に合いの手を入れていた主の言葉は完全にスルーされている。
まぁ合いの手を入れたはずの本人はまだまだ語り足りぬとばかりにブツブツ呟いているのだが……。
「なんだか聞いていると凄い話なのだけど……ねぇ」
「ええ……不可能を成功させたことは凄いと思うんだけど……」
顔を見合わせた祥瓊と鈴の2人は、チラリ揃って同じほうへ視線を流した。
「そうそう、いつかはうっかり力を入れすぎて全身筋肉痛になったし、アレは辛かっよ……情報収集のために様々な書物を乱読したがどこにも『空の飛び方☆』なんて書いてなかったし……やっぱり先に銅鑼ちゃんを発明した方が早いのか、真剣に悩んでしまった……いつか来てくれないかな〜タイムマシンで……随分前にどら焼きは流布させたのに……確かお前も好きだったよな? どら焼き……」
「は、はぁ、銅鑼ちゃん? 泰夢魔神……? それは泰台補の微笑みの――あ、いえ、いえいえ何でもありません私は何も見ませんでした何も言っていません本当です!!! は、はい!! どら焼きが三度の飯でも構いません!!!!」
陽子はまだブツブツと語っていた。
いつの間に部屋に招いたのか、目の前には目を白黒させた黄医が立っていた。
が、彼は唐突に意味の分からぬ悲痛な叫びを上げた。
その表情はこの世の恐怖全てを味わい尽くしさらにもう一周いってみようか☆と言われた後のように、ドンゾコの絶望に染まっている。
(何をしたんだ、泰麒)
恐怖に染まろうが陽子の呟きに律儀に相づちを打つことを忘れず、続く返事が奇天烈になっているが誰も彼の努力する姿を笑ったりはしないだろう。
(そしてひっそりとどら焼きを差し入れするに違いない)
その様子を目に入れたまだまだ若いと自負する娘2人は、そっと元の場所に視線を戻した。
(見てない見てない。だって目に入れただけだもん)
「……それで、いつ頃皆様はお目覚めになると思いますか?」
「全く検討が付きません」
「そんな! じゃあずっと目覚めない可能性もあるってことですか!?」
「それも、視野に入れておかねばならないでしょう……」
禽医師は重苦しい声で言った。
その言葉を聞いて祥瓊と鈴の2人は真っ青な表情を浮かべた。
国の上層陣が一斉にいなくなるなど前代未聞の事態であり、これがどれほど国と民に被害を与えるのか考えただけでも目眩がしそうになる。
(それにまさか、いきなり大切な人が目覚めなくなるなんて……!)(こっちの方が本音?)
いきなり場がシン、とした重い空気に包まれた。
「そこで、彼を呼んだんだ」
沈黙を切り裂き聞こえてきたのは、暖かくも芯の通ったしっかりとした声だった。
「陽子……」
「祥瓊も鈴も事情は把握したな? 浩瀚たちが目覚めるとしても、それは景麒が目覚めた後になるだろう。景麒は王気を感じ慣れていて快復も早いはずだからな」
そう言って陽子は黄医である稟(医師に視線を向けた。
稟医師はいまだに具合が悪そうな表情を浮かべているが、その視線を受けて(必死に)佇まいをなおした。
「そ、そう……」
(私はてっきり陽子が話し相手を探していて、たまたま近くにいた人の良い稟医師を連れ込んだのかと……)
「え、ええ。事情は分かったわ」
(ああ、陽子が好き勝手呟いていたのは、私たちが事情を理解するまで暇だったから……なの?)
祥瓊と鈴は微妙な顔をしながらも、余計なことを言うことだけは控えた。
(思うことは自由だ!)
しかしやはり禽医師だけは微笑みながら彼らの様子を見ているのだから、もしかしたら彼は陽子の思惑を知っていたのかもしれない。
改めて禽医師の底知れなさを感じつつ、祥瓊と鈴は揃って陽子を見つめた。
(変なことを呟き出さなければ)この場で一番頼りになるのは彼女だ。
「ん? その期待の眼差しは……、大丈夫だ。私の百年にも渡る修練の歴史『超奇跡★陽子式への道〜初心者でも超簡単☆これでキミも自己流超奇跡マスター!!〜』は「最速10年編」「少し急いで30年編」「ゆっくり学んで100年編」「共に飛ぼう無期限編」と各種取りそろえて……」
「それで、台補のご容態はどうでしたか?」
変なことを呟きだしたせいで一番の座から華麗に飛び降りた陽子の言葉をサラリと交わし、祥瓊は稟医師に問いかけた。
稟医師はハッとして陽子から視線を外すと祥瓊に向き直った。
「え、ええ。台補も未だ昏睡状態です。目立った外傷も無く、発疹も見られませんでしたので失道では無いと断言できます。しかしこちらの呼びかけに答えは無いので、いつお目覚めになるかは分かりません」
「そうですか」
(危なかったわね。稟医師は人が良すぎるから、陽子が話し始めると耳を傾けてしまうもの)
相づちを打った祥瓊に、鈴がそっと耳打ちした。
先ほどの稟医師の表情は、誰が見ても『私も自己流超奇跡ますたぁになりたいな……(言葉の意味は分からないがなんか凄そう)』とルビをふってしまいそうなほど憧れにキラキラ輝いていた。
こんなところで大事な麒麟担当医師を失うわけにはいかないので、祥瓊は頑張った。
しかも十二国で最も勤続困難な無情無口無表情な景麒とも上手く付き合えている最高の名医だ。こんな大変な状況で陽子の口八丁に引きずり込まれるワケにはいかない。
こんな時でも事態を面白く演出することに全力を出している陽子に、祥瓊と鈴は呆れのこもった視線を向けた。
しかし陽子はそれまでペラペラと語っていた口を閉じ、ふつ〜に医師に問いかけた。
(今までの語りぐさは何だったのかと不思議になるほど自然に会話に入ってくるのはいつものことだ)
「景麒は他の者たちと違って顔を赤くしていたな。熱でもあるのか?」
「そうですね……平常より体温は高いようでしたが、発熱というほどの変化はありませんでした」
「そうか……」
陽子はそっと息を吐き出しゆっくりと瞳を閉じる。
一瞬後にはキラリとした光の宿る目でこの場に居る者たちを見つめ、真剣な表情で語り出した。
(それはすでにいつもの『王』の姿だ)
「景麒が目覚めるまでは現状維持に努めるしかないだろう。それまで昏倒者は保健室に寝かせておく。他国の賓客が来る予定はないが……もしあれば断りを入れた上で、その部屋には近づけぬように注意してくれ。臥牀を運び込む必要はないが、せめて柔らかく暖かい寝床を彼らに用意してやって欲しい」
そう言って陽子はどこからともなく折りたたまれた紙面を取り出した。
この頃、陽子には二手三手を先に行く行動が増え、動きが見えないことが多くなっていた。
(しかしもう、それを不思議に思う者はいない)
「他の詳しい命は全てこれに記した。数名の女官を彼らの手当てに当ててあるから、祥瓊と鈴には彼らにしっかりと指示を出して欲しい。もし必要なら命を待たずに行動してくれ」
責任は全て私がとる
声に出されない言葉もしっかり聞き取った祥瓊と鈴は力強く頷いた。
陽子に責任を取らせぬように慎重に、しかし陽子に負担にならぬように最善をもって彼らの手当てに当たるという意志を込めて。
それを見た陽子はニコリと笑うと、今度は医師2人に目を向けた。
「禽医師にも続けて観察を続けて欲しい。何か変わりがあれば、すぐ知らせてくれ」
「はい」
「稟医師もよろしく頼む。おそらく景麒のほうが目覚めは早い。……少しばかり無理をしてでも、景麒を叩き起こしてくれ」
「はい、最善を尽くします」
「祥瓊、鈴、お茶をありがとう。大分疲れがとれた。おそらくもうそろそろ――」
「主上!?」
「主上!!」
「主上〜!!」
「……という訳でお呼びがかかったので行ってくる。後は頼んだ」
そう言って陽子は颯爽とその場を後にした。
「……主上は大分お疲れのようですな。いつもより小言が多ございました。浩瀚殿たちには早く目覚めてもらわねば」
「やはり禽医師もそう思われましたか?」
「いつもだったら、さすがにこんな状況で変なこと言い出さないものね……」
しっかり陽子の観察をしていた禽医師が扉のほうを見やりながら言った。
祥瓊と鈴も心配そうな眼差しで陽子が去っていった方向を見ている。
(彼らはただシカトしていたわけではないらしい)
「……私は、泰夢魔神のことがどうしても気になります……」
稟医師はポツリと呟いた。
陽子の珍修練劇場で比較的早く登場する小技『蓬莱言葉を無変換伝達!これで私も電波系不思議少女☆』のせいで、稟医師は誤変換された英語をすっかり信じてしまっていた。
全ての状況を凌駕し、彼の心に恐怖を呼び覚ましたこの言葉。
彼がこの言葉の真実を知る日は来るのだろうか。
オリジナル医師軍団、禽医師と稟医師の登場です。
ややこしいですが、人が呼ぶ時は『せんせい』文章の中では『いし』と読んで下さい。
彼らの詳細設定っぽい性格紹介は日記でしてます。気になったら見てみて下さい。
禽医師『禽 株圖(キン シュズ)』金波宮筆頭医師 (日記11/17)
稟医師『稟 錐連(リン スイレン)』金波宮黄医 (日記11/18)
祥瓊と鈴の大切な人って誰なんですかね? ご自由に想像して下さい☆
そしてここから先(これまでもだけど)敬語は全て適当です。注意はしているんですが…