ポスン



「――え?」



「もう、大丈夫だ」










ネビルは力一杯瞑っていた目をそっと開けた。
瞬きが出来ないくらい恐い箒の上から放り出され、何かに引っかかった時には地面に落ちる恐怖に目を閉じた。
上に引っ張られる感覚が消えた瞬間、自分が落ちたことが分かりすぐに痛みが襲ってくると恐怖していたのに。

感じるのは、暖かい人肌の温度で。

聞こえたのは、安心してしまいそうなほど優し声で。

目を開ければ、柔らかな笑みを浮かべた美しい少女の顔があった。

ネビルは何が起こったのか分からずに、ポカンと目の前の顔を見つめた。
ゆっくりと開く口から零れるのは、いったいどんな声だろうと不思議に思った。

「もう大丈夫だ」

聞こえてきたのは、先ほど聞いたのと同じ声で同じ言葉だった。

「え、え? ええ??」

「恐かっただろう。よく頑張ったな」

「う、うん……」

ネビルは恐怖が一気に全て洗い流されたような気がした。
まだ混乱してよく分からないが、恐れていた痛みが無く、彼女が笑いかけてくれたことで本当にもう大丈夫なんだと心の底から思った。
にこにこと見つめてくる彼女に、ネビルも小さく笑みを返した。
その時小さな浮遊感を感じ、ようやく地面に足を付けることができた。

それを疑問に思ったネビルがなんでなのか考えようとした瞬間。

「い、いたっ」

「ん? どこか打ったのか?」


「2人とも、無事ですか!?」


突然響いたマダムの声に、陽子とネビルはそろって声の方に顔を向けた。

「私は大丈夫です、マダム。しかしミスターロングボトムが……」

「どれ、見せて下さい……どうやら少し打ってしまったようですね。医務室に連れて行きます。ミスナカジマ、貴方は本当に大丈夫なのですね?」

「はい」

「分かりました。では私はこの子を医務室に連れて行きます」

さらに強い口調で生徒たちに禁止事項と軽い脅しを加えた後、マダムとネビルは校舎の中に消えていった。
陽子は心配そうな表情で彼らの後ろ姿を見つめ、すぐに元の場所に戻ろうとしたのだが。

「……その顔めっちゃ面白いぞ、みんな」

「っ! ヨーコ!!」

「ヨーコ!!」

「ヨーコー!!」

わらわらと子どもたちが寄ってきた。
陽子が戻らなくても、スリザリン生のほうからみんなして駆け寄ってきた。
中には泣きそうに顔を歪めている者もいる。

「ヨーコ! あなた何してるのよ! 危ないでしょうどうしてあんなことしたの!? あなたが怪我をしていたらどうするのよ!!」

「そうだぞヨーコ! 気付いたら隣にいなくで僕がどれほど驚いたと思っているんだ!」

「貴方が無事でよかったわ! でももうこんなことは止めて!」

「そうだ! いくら君でも危ないぞ!」

「そ、そうだよ。危なかったよ、すごく!」

「ビックリしたわ、凄いわヨーコ! でも危ないじゃない!!」

パンジーとドラコを皮切りに、みながみな、思い思いの言葉を口々に発している。
いつもは冷笑を標準装備している者ばかりのスリザリン生が、こんなに必死に叫ぶことは珍しい。
事実、この光景を目にしたグリフィンドール生はみんなして元々浮かべていた面白い表情をさらに面白い感じに歪めている。

「どこを見ているんだヨーコ! 聞いているのか!?」

「ヨーコ! 貴女ったら、私の話を無視していいと思ってるの!?」

すぐに引っ張られた袖の先に、常に無いほど心配そうな表情を浮かべたスリザリンの一年生集団がいる。
陽子は名の通り暖かな日の光のような笑みを浮かべた。
いつもは人工的な光に照らされる笑みが、太陽の光を受けてよりいっそう美しさを増した。
途端に、騒ぎまくっていたスリザリン生たちが静まった。

「みんな、ありがとう」

ふんわりと優しい響きに満ちた言葉が降ってきた。
静まる彼らの間にはらはらと降り注ぐ陽光のように舞い降り、すっと心に染みこむ声音。
感謝の理由は言わなくても分かった。
彼女は己を心配してくれたことに、こんなにも喜んでいるのだ。
(そして自分は、彼女に喜びを向けられたことがこんなにも嬉しい)

しん、と静まりかえった空間が暖かい空気に満たされた。










あの後、仕切り直しとばかりにスリザリン生はいつもの表情を浮かべ、拾った思い出し玉を手に嘲笑を繰り返した。
何人かがチラチラと陽子に視線を向けていたが、彼女は笑みを浮かべるだけだった。
もし大人(日本人)がいれば気付いたかもしれない。
陽子の浮かべる表情は、まるで縁側で湯飲みを手に孫の遊ぶ様子を眺めているお婆さんのようだ、と。

入学して数日でスリザリン一年生は陽子に対して刷り込みされたひよこのように従順になった。
きっとその様を見れば両親が驚愕に思考停止すること請け合いな、とても可愛らしい素直さである。
しかし、その従順さや素直さは、当たり前のように極小ピンポイントで陽子限定だった。
むしろ母のいる心強さを得た少年少女は、反動のように他寮(特にグリフィンドール)に対して攻撃的だ。
はじめは『陽子に嫌われないだろうか?』という不安の混じった様子だったが、陽子はただ見つめるだけなので最近ではすでに絶好調状態だ。
さすがにヤバイと感じれば陽子も止めるのだが、子ども同士のいざこざに軽々しく大人が介入しては成長の妨げになる、ということで陽子は常時諦観だ。
(見た目だけなら自分も子どもであることなど思考の外だ)

なので今回も陽子はうっすらと笑みを浮かべながら見守っていた。
『ああ、若いっていいなぁ……』という本心は笑みからは想像できない。

「何してるの!? フーチ先生が何もしちゃいけないって仰ってたでしょう!!
 ――っ、ねぇ貴女も止めてよ!!」

いきなり話しかけてきたのは、ふわふわした薄茶の髪を振り乱した少女だ。
せっかくの可愛い顔が焦りと怒りでいっぱいになっている。

少女が陽子に話しかけたのを見て、上空のドラコはビクッとした。
それをハリーにからかわれて、いつも以上の舌鋒で言い返している。
(ドラコ少年は陽子との会話によりこっそりと日々舌鋒に磨きをかけている)

陽子が口を開く前に、近くにいたパンジーがもの凄い勢いで食いかかった。

「ちょっとアンタ! なにヨーコに話しかけてるのよ!!」

「な、どういう意味!? 私が話しかけちゃいけないって言うの!?」

「当たり前でしょう!? アンタみたいなけ――」

「パンジー」

「っ! よ、ヨーコ……、とにかく! 出しゃばるんじゃないわよ!!」

陽子は優しく名を呼んだだけだが、完全にパンジーの続く言葉を封じていた。
何が琴線に触れたのかすぐに分かったパンジーは一瞬表情を歪めたが、すぐにまた勢いよく言葉を吐き出した。

「なっんですってぇ――!!」


その時、上空でドラコが思い出し玉を放り投げた。



そこから先の少女たちの言い合いは、悲鳴にかき消され終わった。



そして少年たちの大騒動も、新たに現れたマクゴナガル先生によってハリー・ポッターが連行されることで終わった。










「ふん! これでアイツも終わりだな! きっと退学に違いない」

「それはどうだろうな。もし怒られるならドラも連れて行かれたはずだ」

「な!? でも僕は先生が来る前に箒から降りていた!!」

「いや、マクゴナガル先生はもっと前から見ていたよ。たぶん一部始終を知っているはずだ」

「な……」

驚愕に目を丸めるドラコに、同じく驚きの表情を浮かべるスリザリン生たち。
彼らは陽子の言葉に虚偽が無いことを知っているので、疑う気持ちなんてこれっぽっちも無い。
グリフィンドール生たちが『なんでそんなことが分かるんだ』という疑惑の眼差しを向けていようが、そんなこと知ったこっちゃないのだ。
むしろ信じられる己自身にあっぱれアッパレだ。

陽子は温〜い笑みを浮かべ生暖か〜い目でドラコを見つめた。

「彼が退学ならドラも一緒だな。ドンマイ☆」

「くっ……なんでいつもそんなに軽いんだヨーコォォ!!」

八つ当たり的に叫んだドラコの声が、ホグワーツの校庭に響き渡った。










   


退学にはならないだろうと思っているので陽子は軽い。でもそのことは教えてあげない☆笑
陽子的に可愛がられているドラコ少年は、原作での雰囲気総崩れの苦労人ですね。

そして、フフ……これぞ陽子様のホグワーツでの真の伝説の開始話です! スゴイ凄すぎるぞヨーコ!!
これくらい出来てもいいですよね!? 陽子様だし軽々助けちゃいますよね!?
助け方が微妙に端折られてますが、それは次で分かります。ハイ。

最後にお詫び?
皆さまはハリポタ内容を知っていると思っていますので、重要部分であろうとも陽子様の活躍しない所は軽くカット入ってます。いいですよね、伝われば!笑