ホグワーツに入学してから数日目の朝。
陽子は一人、森のそばに立っていた。
すでにこの城は制覇した!!
金波宮よりも広大で迷路のように入り組んでいて、隠された魔法には手を焼いたが。
私にかかればこんなもんだ!!
これでこの城も私の庭だな! ははははは!!!
陽子は朝日に照らされながら、城の外で空に向かって輝かしい笑みを浮かべていた。
肩幅に開いた足はしっかりと地面を踏みしめ、腰に添えた両手はキュッと握り拳をつくり、少し反らした上体には適度な緊張感が漂っている。
もし第三者がいたならばこう思っただろう。
なんて素敵な仁王立ち姿なんだ!!
と。
まさしく王者に相応しいと言っても過言ではないほどの堂々とした立ち姿を見せながら、陽子は達成感に満ちた表情をしていた。
『……主上。本日はお休みにならないのですか?』
朝日をあびてみょーんと延びた陽子の影から、そっと小さな声が聞こえてきた。
周りに人間はいないのでひそひそと話す必要はない。
必要はないが声が小さいのはおそらく、声の主にものっっ凄く疲労が溜まっているからだった。
「うーん。時間はあまり残っていないしな。一日くらい大丈夫だ」
というか、全盛期は寝ずに1週間なんてザラだったので、一日くらいじゃ全然問題なかった。
陽子の言葉を聞いて嘆息した声の主は『あーもうこの人に何言っても無駄だしな〜』と思って反論はしなかった。
影の中の住人たちは、ここ数日の騒動を思って揃って遠い目をしたのだった。
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陽子がいつもより遅めに大広間に着くと、そこにはいつもより少なめの人間しかいなかった。
陽子は毎日遅寝早起きなので、朝の大広間到着はトップ争いの一団に入っている。
最近では早朝組にも緩やかな連携が生まれてきたような生まれてないようなそんな感じだ(どんな感じだ)
スリザリンの席に歩いていくと、そこにはいつもならすでに談話室に戻っているはずのドラコがいた。
自慢気な表情を浮かべ、周囲の人間に何事かを語っているようだ。
「やぁ、おはよう」
「ヨーコ! 君、今日はどうしたんだ? 談話室にいなかったから先に来てしまったんだが……」
「ああ、待たせてしまったらすまない。今日はちょっと用事があって遅くなってしまったんだ」
心底すまなさそうな表情を浮かべる陽子に、ドラコはちょっと挙動不審になった。
それは周りにいる人間も同じで、誰もがドラコに視線を送る。
きっとその意味は『早く弁解しろいつまでもこのお方にこんな憂いの表情を浮かばせるんじゃない!』といったところだろう。
いつもはドラコに反論することもなく後ろに隠れることが多い同級生たちだが、こんな時ばかりは一致団結して反旗を翻す。
陽子様の覇業は着々と実を結んでいた。
ドラコは珍しくしどろもどろになるながら言葉を発した。
日頃こんな視線を集中されることが少なかったのが災いして、うっかりツンしてしまった後に言い直すという面白い言葉になっているが。
「い、いや。別に君の心配なんか……あ、いや、少し……体調が優れないのか、と思ったが、元気そうで良かった」
「心配してくれてありがとう、ドラ」
「あ、ああ」
小さな事にもお礼を欠かさないのは、謙虚が美徳の元日本人の特徴か。
周りの人間が『なるほど、こんな言葉かけでさえこのお方は感謝の言葉をかけてくれるのか』と学習していた。
(ていうか同級生に『このお方』って何だ)
ドラコはうっすら赤面していたが、陽子はいつも通りにその隣に座って食事をはじめた。
「ヨーコ。今日は初めての飛行訓練があるぞ」
「あ、そうだったな。飛行訓練か……楽しみだな」
「ヨーコは飛んだことがあるんだよな?」
ドラコは探るような眼差しで陽子を見つめたが、陽子はいたってフツーに言葉を返した。
「ああ。空を飛ぶって気持ちいいよな」
嬉しそうな笑みとともに語る陽子に、ドラコも同じくニヤリと笑みを返した。
「そうか。じゃあどちらが上手く飛べるか勝負だな。まぁ僕は屋敷でも何度も飛んだことがあるし、それに――」
ドラコは先ほどと同じく自慢気な表情を浮かべ語りモードに突入した。
実は陽子と共にいる時に自慢話が出来る事が少ないので、ドラコ少年はいつもより2割り増し張り切って語っている。
(いつもは語り出す前に陽子が無意識に完全撃破している)
陽子は(彼女にとっては)珍しい様子のドラコを微笑ましそうな表情で見つめながら食事をしていた。
食事量とスピードはハンパなかったが。
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その後、陽子は己の食事が終わるのを待ってくれた人間たちと共に校庭に向かった。
(もちろんドラコもそこに含まれる)
そこには箒が並べられ、生徒たちもほどんど集まっているようだった。
おそらく陽子たちが最後だったのだろう、すぐに教師のマダム・フーチが登場した。
「何をボヤボヤしているんですか。さぁ、みんな箒のそばに立って!」
良く響く力強い声で指示を出す。
慌てて生徒たちは箒の横に立ち、マダム・フーチに視線を投げかけた。
その後は一通り指示が続き、最後に実践を言い渡された。
「上がれ!」「上がれ上がれ上がれ〜」
「上がれ……ってば!」
その指示の後、生徒たちは思い思いに声を出し始めた。
それは陽子の隣に立つドラコも同じ事で。
「上がれ」
ドラコの声の後、すぐさま吸い付くように箒は飛び上がった。
「へぇ、凄いな」
魔法族の子どもの中にも箒が上手く上がらない人間も多かった。
それなのに一発でこうも綺麗に箒を手に収めているドラコに、陽子は素直に凄いと感じた。
「まぁこれくらいはね」
フフンといつもの笑みと共に言葉を返すドラコだが、いつもより若干嬉しそうである。
陽子はドラコの手に目をとめ、ことさら小さな声でドラコに囁きかけた。
「ドラ、少し持ち方が違うんじゃないか? いつもと違う箒だから、感覚が鈍ったのかもしれない」
「あ、ああ。そうか、そうだな」
ドラコは素直に持ち方を変えた。
誰にも聞こえないように小さな声だったことと、最後のフォローが効いていたのだろう。
陽子はドラコに優しい笑み(母親属性)を向けた後、すぐに視線を己の箒に向けた。
(ドラコくんはすでに何度目か分からない赤面タイムに入った)
「……上がれ」
シーン
箒はビクともしなかった。
「上がれ」
カタカタ
箒は少しだけ揺れた。
ドラコが隣で興味深そうにこちらを見ていた。
「? 上がれ」
カタカタカタカタ
箒はまたしても少し揺れた。
先ほどよりも揺れが長く、何かに抗っているように見える。
周りの生徒たちの箒のように、転がったり中途半端に浮かぼうとするのではなく、陽子の箒は地面に吸い付けられるように振動していた。
「……?」
「よ、ヨーコ。あー、ほら、他にも苦戦している人間は多い。きっとホグワーツの箒がぼろいせいであまり言うことを聞きにくいんじゃないかと思う。事実父上もそう言っておられたし、僕は1年生が箒を持ち込めないのは許せないと思うんだ。こんな箒ではたいした飛行も――」
沈黙のまま佇む陽子が落ち込んでいると勘違いしたドラコがつらつらと慰めなのか不満なのか分からないことを言っていた。
(日頃人を慰めたりしないからこうなる)
しかし実際の陽子は落ち込んでいるのではなく、何かを見定めるように箒を凝視し、そのまま自分の影に視線を落としていた。
ザワリと影が揺らめくのを目にして、もう一度箒に視線を戻した。
「上がれ」
パシッ
これまでのどの箒よりも俊敏に飛び上がった箒が、陽子の手に収まった。
それを見て誰よりも安堵したのは、隣に立っていたドラコだったりする。
慣れない慰めは彼に予想以上の疲労を与えたらしかった。
(でもその慰め空回ってますが)
その後は順調に授業も進み、ついにとうとう箒で空を飛ぶ瞬間が訪れた。
生徒たちが期待に目を輝かせながら箒にまたがる中、陽子も負けず劣らず嬉しそうな表情を浮かべていた。
(空を飛ぶのは初めてじゃないが、自分の力で飛ぶのは初めてだな! いつもは騎獣か使令か友の力をかりていたからな。箒を使っているとはいえ今日は違うぞ! ワックワクのドッキドキだ! 箒で飛ぶなんてこれぞ魔女っ子! イエーイこれで私も魔女っ子陽子ちゃんとして新たなデビューを飾れるぞー☆)
陽子はにこにこ満面の笑みを浮かべてギュッと箒を握りしめた。
「いきますよ。1、2の――」
「うわぁぁあああ!!」
マダム・フーチが笛を吹く直前、悲鳴が響き渡った。
いまだみんなが地面に足を付けている中、一人だけふわふわと飛び上がった少年が泣きそうな表情を浮かべている。
「こら! 戻ってきなさい!」
フーチ先生が声をかけるが、少年は絶望一杯の表情を浮かべるだけで、浮かび上がるのを止めない。
必死にどうにかしようとしているのは伝わるが、どうにもならなくてパニックを起こしているようだ。
声をかけ続けるマダムの声を無視して、少年はビュンビュンと不規則な動きをしながら空に向かっていく。
陽子はじっと睨み付けるように箒を見つめた後、その場を駆け出した。
どの生徒も上空を見つめているので、誰も陽子の動きに気が付かなかった。
「うわ、止まって、止まってよ! うわぁぁぁああああぁあ」
「ネビル!!」
「危ない!!」
少年の絶叫と心配する生徒たちの悲鳴が響いた。
運良く校舎の出っ張りに引っかかった少年が、不安定にゆらゆら揺れている。
一瞬、心配していた人間たちは安堵したが、すぐにまた絶叫を上げた。
誰もが、少年はそのまま無惨にも地面と衝突すると思っていた。
辺りに少年の悲鳴と生徒たちの絶叫が響き渡った。
長くなったので切断。いいところで終わっています。
コレを書きたかったからはじめたハリポタ編! やっと飛行訓練編です。
そして導入部分の裏話が4−1話の『調査隊結成』になります。