ああ、あれが……
そうそう、組み分けの時に……
まさか、な……
ねぇ、本当に……
そういえば……
本当なのかしら、だって……
道を歩くたびに聞こえる囁き声。
それはまるで有名人に向けるような興味津々の視線でありながら、珍しい動物に向ける好奇の目でもあった。
向けられれば、気の弱い者ならノイローゼになってしまいそうなほどの注目――
「おい、お前……無闇に動いたらどうなるか分かっているな?」
ビクッ!!
まさか無機物に感情があるはずがない。
そうは言っても、まるでその言葉に恐怖を感じたようにソレは不自然に振動し、その後動きを止めた。
「さぁ、次の教室まで急ごう! ドラ!!」
「……ああ」
何かがもの凄く引っかかる気がしたが、彼―ドラコ・マルフォイ―は素直に返事を返した。
いつもは生徒を振り落とすことで有名な『デビル・コースター』と名高い(ハズ)の目の前の階段はその動きをピタリと止めている。
その隙に、陽子とドラコの後ろに控えていた多くの生徒は彼らを抜き去って階段を駆け上がっていった。
陽子、ホグワーツ入学3日目。
すでに当初の目的であった『目指せ!目立たない普通の一般人!』は木っ端微塵になっていた。
そもそも一番最初の組み分けからして暴走しすぎだった。
しかも、陽子はそれに開き直ると全開で学生生活を楽しみだした。
階段を脅して、目的の場所まで最短ルートを進むくらいには。
今では『新入生の東洋人の後ろは、安全に階段が上れる!』と学校中の人間が知っていた。
その理由は様々な噂が囁かれている。
……が、どれもこれも荒唐無稽すぎて信じられることはなく、とりあえず『安全だ』ということが重視され、同じスリザリンの一年生の行列が背後に出来るまでになっていた。
しかも彼女はなぜか目的地までの最短ルートを熟知しており、この巨大な迷路のようなホグワーツで一度も迷ったことがないのだ。
まさに安全度大!!
「何を固まっているんだドラ! 早くしないと遅れるぞ!!」
「……、……ああ」
さて、噂の彼女に執拗に話しかけられている彼―ドラコ・マルフォイ―はすでに入学直後の己の行動を微妙に後悔し始めていた。
(いや、後悔なんて誇りある純血一族の僕がするはずが……いや、だけど……少しだけ)
それは、3日前に遡る。
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広間の人間が固まっていようが、そんなの陽子には関係なかった。
帽子の大絶叫のせいで耳を押さえて蹲る者が多い中、悠々とスリザリンの席に歩いていった。
(どこから声を出しているんだ肺も声帯も無いのに……魔法はつくづく面白い☆)
ここで、本来ならあるはずの『上級生による純血チェック☆君も僕も純血だよねウフフ問答!』は行われなかった。
だって、その人間も耳押さえているし。
上級生が耳を押さえたまま物言いたげにこちらに視線を投げかけてきたが、ニコリと笑み一つでかわしてやった。
そしてやはり悠々とした足取りは変わらず、さっさと空いた席に腰を下ろしたのだった。
「あ、えー……次は――」
マクゴナガル教授は誰よりも早く立ち直り、次の新入生の名前を呼び始めた。
それに引かれるように他の人間もゆっくりと身体を起こしはじめ、チラチラとこちらに視線を向けた。
「(……ふむ。一般人計画は初っぱなから頓挫したようだ)」
そりゃーアンタ!あんだけのことをすればな!!
親しい人間なら遠慮無く突っ込んでくれるような陽子の心の声。
しかしながらこの場に親しい人間はおらず、そもそも陽子自身が内心を悟らせないような笑みを浮かべているのだが。
帽子と共に計画?を脱ぎ捨てた陽子は、すでに緊張の見える弱い笑みではなく、どこの貴族様ですかと言いたくなるような落ち着いた笑みを浮かべていた。
(計画って、あんな簡単に捨て去るモノが計画なんですか)
先ほどの珍行動といい、今の悠然とした態度といい、すでに陽子への注目は高まっていると言っても良い。
それは今期のスーパースター新入生、ハリー・ポッターへの注目と匹敵するほどであった。
彼は注目される『理由』がハッキリしているからまだいい。
しかし陽子への関心は『不思議な行動』によって引き出され、『不思議な少女』として焼き付いているのだから、理由が分からない分アクの強い人間からの視線が陽子にビシバシと突き刺さっていた。
そして、その笑みを見て興味を惹かれた人間の中に、そば近くに座る少年も含まれていた。
「君、面白いね」
「……?」
陽子は声の方向に振り向いた。
話しかけられたとは到底思えない言葉の羅列だったが、確かに己に向かって聞こえた声だったからだ。
そして振り向いた先には、同じ年頃の少年がいた。
彼は銀の艶やかな髪をオールバックにして、整った顔に薄い笑みをのせてこちらを見ている。
「君ももちろん純血なんだろう? まさかあんな風に帽子が叫ぶとは思わなくて、僕も驚いたよ」
振り向いた陽子に機嫌を良くした少年は、さらにつらつらと言葉を重ねる。
なぜか周りの人間はその様子をそっと窺っており、自分たちも陽子に話しかけたいのを必死に自制しているようだった。
「(この少年、何かあるのか? 誰も彼もこの少年の声に耳を傾けておきながら、話に加わろうとしないなんて)」
「ああ、自己紹介が遅れたな。僕はドラコ・マルフォイだ」
「私はヨーコ・ナカジマだ」
「……へぇ」
少年―ドラコ―の言葉に平然と返答した陽子に、ドラコは興味深そうな眼差しを向けた。
「(ふーん。マルフォイ家の名を聞いても何も反応しないのか。ナカジマ……聞いたことは無いが、よっぽど廃れた純血家なのか? それとも、何か理由があって……)」
ドラコはニヤニヤと薄い笑みを浮かべながら思案していたが、それは陽子も同じだった。
陽子は友好的な笑みを浮かべながら、内心滝の汗をかきつつドラコを凝視していた。
「(ドラコ……!? ま、まさか彼は……しかし、今それを直接聞くのは……まだ出会ったばかりだし……でもだめだ! どうしても気になる!! ここは一つ、遠回しに……)」
互いに思考に捕らわれていようと、それは瞬き一つ分の時の間でしかない。
ドラコも陽子も思考を纏め、互いに何かを口にしようとした。
そして声に出すのは、幸か不幸か陽子の方が一瞬早かった。
「なぁ、ミスター・マルフォイ……少し聞きたいことがあるんだが、いいだろうか」
「なんだい? ミス・ナカジマ」
(何のことかな? フフ、もしかしてやっと僕の家のことが――)
「その……君の、ご両親は……の、びた……くんを、慕っているのだろうか?」
(もしかして彼はあまりにもドラえもんを愛しすぎて子どもにまでその名を付けようとした『熱愛★ドラえもん!一家』の期待の跡取りとして生まれたのではないのだろうか。母親のお腹の中にいる際は検診でも女の子ですと言われていたから両親は嬉々として『ドラ子』という名前を付け生まれた瞬間には父親がすぐに出生届と共に名前も即提出、男の子と気付いた時には時すでに遅く『ドラコ』という名前が受理されてしまったもう手遅れ!! と、いうことに……!!)
陽子、あまりにも思考が暴走していた。
(や、やはり直接『君の名前の由来は日本でも国民的アニメとして超有名なドラえもん★なのかい!?』とは聞きづらい……もしかしたら彼は己の名を心の奥底では忌避しており、あまりにもドラえもんを愛する両親の前にそれは言えず、日々ひっそりと枕を濡らしながらも懸命に生きているのかもしれないのだから……!! やはりここは、少し遠回しな言葉遣いでドラえもんでも主人公なのかよく分からない扱いを受けているヘタレ系主人公の素晴らしさをを世に知らしめた奇跡の男、NOBITAの名前を使ってそれとなく……それとな〜く聞いてみなければ……)
気になって、夜も眠れない!!
暴走してあらぬ道を爆走し続けている思考は一欠片も零れることなく、陽子は表面上には穏やかな笑みを浮かべ続けていた。
「……彼らは素晴らしい方々だな。それが、どうかしたのか?」
「いや、すまない。少し気になっただけだ。気にしないでくれ」
(……!! やっぱり……!! しかも、彼自身も熱愛★の心に変わりはないのか……良かった。苦しんでいるわけでは無いのだな)
内心ホッと息を吐きつつ、陽子は穏やかさだけではなく笑みに柔らかさを加えた。
まるで母が子を見守るように暖かい笑みで、一瞬ドラコは目を見開いた。
しかし、内心では疑問で一杯だった。
(いきなりノンビタークン家の事を聞いてくるなんてどういうことだ? あの家は純血一族としてあまり有名ではないはず……しかし、僕の家とは密かに主従関係を結び、汚い仕事もさせていると父上に聞いたことがある……それをわざわざ『慕っている』などと遠回しに聞いてきたということは……)
お前たちの関係を知っているぞ、という脅しだろうか?
(そうだとすれば無理に否定しても逆に肯定されたと思われるだろう。とりあえず真っ向から肯定はせず、どちらともとれない返答をしておいたが大丈夫だろうか?)
ドラコは疑念に捕らわれたまま、ばれないようにこっそりと陽子を窺っていた。
しかしこっそりだろうが何だろうか、人を見抜くことにかけては天下一の陽子にはその様子がありありと伝わってきた。
(他の人間は表面に浮かべた薄い笑みに隠されて気付いていないだろう)
(……なるほど。彼の熱愛★の気持ちに偽りはないが、それを周りに知られるのは困る……という眼差しだな!? よしよし、任せてくれ。このことはそっと私の胸に秘めておこう……しかし、どうにかしてその熱愛★の心に敬意を表したいな……元日本人として!!)
陽子は人懐こいキラキラと輝く笑みを浮かべた。
まるでそれに合わせて広間の明かりが彼女に集中しているように緋色の髪はツヤツヤと美しく光り輝き、人の視線を釘付けにする力強い意志の宿った瞳も奥底から光を放っているように煌めきを見せた。
そんな姿を見せられたドラコは、うっかり思考を止めて陽子に目を奪われた。
(これぞかの有名な主上のタラシスマイルです)
「ミスター・マルフォイ。突然だが、貴方のことをニックネームで呼んでも構わないだろうか?」
囁かれた言葉は、周囲のざわめきにをものともせずにドラコの耳に入り込み、すっと脳に染み込んでいった。
そして何故かクラクラとする意識に気付かず、ドラコは深く考えずに返事を返してしまった。
「あ、ああ」
「そうか、ありがとう! 君のことは今後ドラちゃんと呼ばせて欲しい!!」
ぶふっ!!
げほっ!!
ゴヅン!!
ドガン!!
聞いていた全員が全力で噴き出すか、勢い良くテーブルに頭を打ち付けた。
これが後に囁かれる『ヨーコ・インパクト!!セカンド』である。
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(あの時……あの時、興味本位で話しかけたりしなければ……)
結局彼女はあの後『あ、そうか……男性に『ちゃん』は無いよな。失礼した。改めてドラ(ちゃん)と呼ばせて欲しい!!』と元気よく言ってきた。
生まれて初めて(かもしれない)目が点になって固まったドラコの動揺など気にもとめていなかった。
噴き出したまま息を止めてしまった面々や、テーブルに額を打ち付けたまま静止してしまった面々のことも全く気にしちゃいなかった。
ただ彼女だけが己の視界の中で自由に動いており、もう何も考える暇もなく『あ、ああ……』と答えてしまった己に何の否があるというのだろうか?
悪いのは僕か!? 僕なのか!!?
(静かにドラコ少年も混乱中のようです)
彼女の言葉の後に寮名を叫ぶ帽子を見て『面白い』と思った。
おそらくその様子から見て、帽子が彼女に選択権を与えたに違いなかった。
いったいどこの寮と天秤にかけたのか知らないが、望んでスリザリンに来るほどなのだからよほどの人間なのだろう、と。
思って、いたのだが……
遠い目をして黄昏れたまま走るドラコに、陽子は心配そうに声をかけた。
「ドラ(ちゃん)、疲れたのか? 私が負ぶってやろうか?」
「……いや、結構だ」
「そうか? ドラ(ちゃん)くらいなら楽勝なのに……」
陽子は返事の後半部分をボソリと呟いた。
それを聞いても聞かぬフリをして、ドラコは併走していた。
何が悲しくて、己より身体の小さい人間に運ばれなければいけないのか。
しかも相手は少女……何か、色々違和感を感じる気がするが、少女なのだ。
そんなコトされてみろ!! 明日にはホグワーツ中の笑いものだ!!
……いや、意外と同情してくれる人間もいるかもしれないな……。
ぼんやりとしながら、ドラコは陽子に遅れることなく走っていた。
しかし、それは陽子が手加減をして走っているからだともう知っている。
一日目に思いっきり置いて行かれたからだ。
(そもそもなぜ共に行動するようになったのか、彼自身にも分かっていないのだが)
すでに東洋人ヨーコの不思議な伝説がホグワーツ中で噂されていた。
その数々はハリー・ポッターへの興味と同じくらい生徒たちの心を鷲掴みにしており、今では立派に『ホグワーツ2大有名人〜生徒編〜』として名を連ねている。
道を歩けば視線をあび、言葉を発すれば聞き耳を立てられ、階段を脅せば人々は急いで追い越し駆け上がる。
(階段は不本意に言うこと聞いているらしいので、陽子が登り終えると逆に暴走気味になったりする)
そんな風に人々の注目を一身に背負う陽子はと言えば、まーったくそんなものに何の感情も抱いていなかった。
むしろ、いつも以上に己の道を突き進んでいる。
「ふぅ、今日も授業の始まるより随分早めに着いてしまったか。 だが、これも生徒の本分! 早めに着いたら予習をすればいいんだもんな!」
陽子はにこにこと笑みを浮かべて背後の人々に話しかけた。
いつのまにか(またしても)陽子の後ろにはスリザリン1年生の列が出来ており、彼らは陽子の言葉にコクコクと頷いた。
別に彼らだって好きで早めに教室に辿り着いているわけではなかった。
ただ、安全にホグワーツを渡り歩くためには、彼女の後ろを歩くほうが良いと知ってしまったのだ。
(最初の1日目で)
そして後ろを歩くようになれば、自然と彼女の足取りについて行くために必死になり早めに到着することになる。
さらには陽子自身と交流する機会も増えた。
実は面倒見の良い陽子は、彼らが階段を渡り終えるまでは自分は階段から離れたりしない。
うっかり落ちそうになる生徒には、すかさず救いの手を差し伸べる。
喧嘩しそうになった連中がいれば、サラリと仲裁する。
何か思い悩んでいる女生徒には、優しく声をかけて解決してやる。
……すでに、陽子の本領が発揮されていたのだ。
そうして、すっかりスリザリン1年生の中心人物は陽子となっていまい、そのそばに立つドラコも自然と副中心人物のような存在になっていた。
(ドラコ的には己こそ1年生に限らずスリザリン全体の中心人物になる予定だった……予定、だった)
すでにスリザリン内では『ヨーコ&ドラコ=ハッチャケ系生徒会長&苦労性副会長』というような図式が出来上がっている。
1年生たちは頼りになるホグワーツの教師を見つける前に、目の前に燦然と立つ心強い味方がいることに気付いてしまった。
親元を離れて誰しも不安を抱えている中、まるで父のように母のように兄のよう
に姉のように自分を見守って手助けしてくれる存在がいれば、子どもたちはどういう感情を抱くのか?
「じゃあ今日もしっかり予習をして、先生たちを驚かせてやろう!!」
キラキラと聞こえてきそうなほど満面の笑みを浮かべて語りかける陽子の表情は、どこまでも純粋で暖かい好意しか籠もっていない。
裏なんて全くない真っ直ぐな笑みを向けられることの少なかったスリザリン気質の少年少女たちは、すぐにこの少女の笑みに魅せられた。
これまで、人の笑顔を見て心がほっこりと温かくなるようなことはなかった。
裏を読み打算で笑顔を見せ冷笑で相手を突き返す。
そんな日常が多かった彼らが見た、心温まる笑顔。
何よりも頼りになる気高き存在、美しい魂、輝くオーラ。
人の裏を読むことに慣れた少年少女が見たのはそんな彼女。
素直に表面を受け取った少年少女が見たのもそんな彼女。
本当に裏も表もなく真っ向からぶつかってくる彼女―ヨーコ―に、彼らも引きずられるように明るい笑みを浮かべた。
なんだか書いていて勝手に話が纏まってしまった第二話。
ナニコレ? 私は一体何が書きたかったの?? と自問自答しつつ。
結構面白い仕上がりになったと思います。
陽子様にかかれば、典型的小悪党のドラコ少年だって苦労人です。
ツンツン系のスリザリン'sだって可愛いものです。
入学3日目にして、陽子様はスリザリン1年生を掌握しましたサッスガー♪
ノンビタークン家?そんなもん私に聞かれても困ります(←オイ☆)
そこらへんの裏事情はドラコ少年に直接おたずね下さい!笑