「な、ウマイだろ!?」
「はい、美味しいです」
「まぁ不味くはないね」
珍しく学食に来ている妖華と疾風は、珍しく別の人間も一緒にお昼を食べていた。
2人と共に食べている青年は陽気な雰囲気を持ち、明るい笑顔を浮かべながら自慢げに色々なパンを差し出していた。
「コレとコレも大丈夫そうだな。食ってみるか?」
「いや、僕はもういいよ」
「私もお腹いっぱいなので、遠慮しておきます」
「そっかぁ? もっと食わねぇと大きくなれねーな、なれねーよ」
「大きなお世話だ!」
あからさまにこちらを見ながら言った青年―桃城―の言葉に、疾風を噛みつくように返答した。
確かに目の前の青年よりは些か(ていうかかなり?)身長が低いかもしれないが、この年齢では平均だ!
へ、平均だ……。
「食っちまった後に言うのもなんだけどよ、本当に奢って貰ってよかったのか?」
「ええ。ぜーんぶこの人が悪いので、全然構いませんよ」
「……」
「(本当、なんでちゃんと気配を読めなかったのかなぁルック?)」
「(……五月蠅いな)」
桃城はガツガツと見ているほうもお腹が一杯になりそうなほど豪快に定食を食べていた。
机の上にはA定食、B定食、C定食が並んでいるが、3人で一つずつ食べているわけではない。
瞬く間に全てが桃城の胃袋に消えていく。
それを見ながら妖華と疾風はこそこそと言葉を交わしていた。
(いや、言葉を発しているのは妖華のみで、疾風は不快そうな顔で沈黙しているが)
なぜこの3人が仲良く(?)お昼を食べることになったかというと、少し時間を遡る。
4時間目終了のチャイムが鳴った。
昨日の異質な訪問者を警戒した疾風は、今日はいつもより文具の片づけの手を早め、弁当を手にするとすぐに教室を後にした。
流れるように鮮やかに人混みを避け、すたすたと競歩並のスピードで廊下を歩いていた。
直接攻撃力の低い魔法士(の記憶を持つ)とはいえ戦場を生き抜くほどの身体能力を有するルックには、人混みを避けることは容易なことだ。
しかしここで不測の事態が起ころうとしていた。
「あ、お前――」
誰かが声をかけてきたようだが、昨日の一幕が脳裏にしっかりとこびり付いている。
疾風はそのまま通り過ぎる気でさらに歩くスピードを上げた。
それを見てとったのか声をかけようとした人間はさらに声をかけようとして――
「あ、おい、待てって――おわぁっ!?」
「――!?」
背後の異変を感じたルックは俊敏に振り返った。
「――っ!?」
ドッターン!!
「ぅ、つー……ぃたたた」
「…………重い。早く、どいてくれ」
声をかけてきた青年が疾風の上に倒れ込んで唸っていた。
青年の下敷きになっている疾風も顔を歪めて辛そうに声を出した。
青年は逃げ去ろうとする疾風を追いかけようとし、無理な方向転換をしたせいで躓いてかなりのスピードで倒れかかってきたのだった。
青年の有する身体能力ならばこんな珍事件を回避することも可能だったのだが、残念にも手に溢れるほどの荷物を持っていたせいでコトは起こった。
体育会系のがっしりとした体つきをしている青年を受け止めた疾風の受けた衝撃は相当のものだっただろう。
クッ……なんなんだ一体!!
疾風の無言の叫声は彼自身に飲み込まれて消えていったが、表情が十二分にその心を語っている。
実は傍目には大柄な青年が小柄な少年を押し倒して(!?)いるようにしか見えないのがさらに怒りを助長させている。
「あ、悪ぃ! 大丈夫だったか!?」
「ああ、気にするな。じゃあね」
青年は飛び上がるように疾風の上からどいて、疾風に心配そうに声をかけた。
しかし疾風は自由を取り戻すとすぐに立ち上がりその場を去ろうとした。
厄介事の予感がプンプンしていたので、さっさと立ち去りたかった。
だが――
「ああーー!!! 俺の昼飯がー!!!」
背後から聞こえてきた悲痛な声に、疾風は足を止めざるを得なかった。
あの後。
事の成り行きを見ていたらしい妖華により、なぜか青年と昼食を共にすることになり、なぜか疾風が青年の昼食を奢ることになってしまっていた。
まぁ確かに青年―桃城―が転けたのは疾風が無情にもシカトしようとしたせいだ。
(方向転換に失敗してバランスを崩した桃城にも原因は在るだろう)
そして桃城の持っていた(大量の)パンの一部は桃城と疾風のサンドになって潰れていた。
(そもそも押しつぶしたのは桃城の体重じゃないか)
確かに衝撃の割に痛みが少なかったのは、その大量のパンがクッションになったおかげだろう。
(転けそうだっていうのに、後生大事にパンを抱えている方に問題があるんじゃないの)
注:( )内は疾風の心のつっこみです。
しかし。
「(元はと言えばコイツが僕に話しかけようとしなければよかったんじゃないのか!?)」
疾風は大量に消えていく食べ物に胸焼けを起こしそうになりながらも内心シャウトした。
桃城は上機嫌で定食を食べ続けている。
こんな贅沢は滅多に出来ないので、思う存分堪能しているようだった。
(そしてたぶん、最初声をかけようとした目的を綺麗サッパリ忘れている)
「(ま、でもルックが避けなかったのは、彼が怪我をしないようにするためだったんでしょ?)」
「(……)」
「(あのまま倒れてたら打ち所がかなり悪そうだったもんね)」
「(……別に、コイツのためにしたわけじゃないさ)」
疾風は不機嫌そうな顔でそっぽを向いた。
誰かが傷つくと、それが誰であろうと悲しむバカがいるから……
疾風の心の声はしっかり妖華に傍受されていた。
妖華は表面上はにこやかに優しい笑顔を浮かべながらも内心ニヤニヤ笑って横目で疾風を見ている。
妖華は予想以上に面白いことになっている昼食会に大満足のようだ。
「っふー食った食った! ごっそーさん、疾風! あんがとな」
「次はないからせいぜい気をつけるんだね」
「ははは! ま、そうするよ!」
桃城は満腹で上機嫌だったので疾風の嫌みを受け流すことができたようだ。
しかも奢り主が疾風なこともポイント高い。
おそらく海堂に同じことを言われたら、即座に大喧嘩勃発だっただろう。
食堂の時計を目にした妖華は、穏やかに2人の会話に言葉を挟んだ。
「そろそろ時間なので、私は失礼します。桃城先輩、今日は楽しかったです」
「おう! また一緒にメシ食おうぜ〜」
「じゃ、疾風はまたあとでね(貞操に気をつけなよ☆)」
「! さっさと消えろ!!」
ほほほほほほ〜♪と優雅で可憐なお嬢様笑いが聞こえそうなほど、妖華は楽しそうにその場を去っていった。
挙動が無駄に品に満ちているのが疾風の神経をさらに逆撫でした。
妖華は疾風が桃城を支えきれずに倒れこんだことを今になって指摘してきたのだ。
(この場が人の多い食堂なんかじゃなかったら、言われた瞬間疾風の右手が凶悪に煌いたことだろう)
「おい疾風、さっきのは言い過ぎだったんじゃねーのか? そんな傷つくようなこと言っちゃいけねーな、いけねーよ!」
「んなわけあるかあれのどこが傷ついてるってい言うんだ」
最後の最後でおちょくってきた妖華に、疾風は怒り心頭で修羅悪鬼のように顔を暗黒色に染めていた。
その声にはこれ以上ないほどの気合で憎憎しさが込められている。
その顔を見た桃城がビックー!!とその大柄な身体を大きく揺らした。
「じ、じゃあ俺も早く教室に戻るとすっかな! まったなー疾風!」
スパビューン!!と異音が聞こえてきそうなほど桃城は素早く教室に向かって歩いていった。
疾風の周りには不自然なほど人が避け、おかしなクレーターが出来ていた。
静かに教室に向かって歩き出した(かすかな理性は残っているようだ)疾風に、クレーターも少しずつ移動していた。
その足元から『ドシーン、ドシーン』と足音が聞こえてくるような気がすることに恐怖の大きさを感じられた(幻聴)
被害者、たまたま周りにいた一般生徒(昨日から踏んだり蹴ったりだ)
「あ、いっけねー! 疾風に聞きたいことあったのに忘れてたぜー!! ……まぁ、今日はたくさん話が出来たからいっか〜」
桃城は部活前にパンを租借しながら大声の独り言を洩らした。
まだ食うのか、桃城。
しかし正面から話を聞きに行くより、昼食を共にした桃城は確実に目的を達成したと言える。
(事実、正面から突っ込んだ菊丸と不二は疾風に逃走されている……不二が本気じゃなかったこともあるが)
無意識な策略ほど恐ろしい物はない。
さすがは青学一のクセ者と呼ばれる桃城だった。
桃城はもぐもぐとハムスターのように頬を膨らませてパンを食べ続けていた。
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