「……何かようですか」
「へっえー、君がねー」

いきなり目の前に現れた3年生に、疾風は不遜な眼差しを向けた。
言葉は(必要最低限程度の)敬語だが、敬う気持ちが全く込められていなかった。
しかし疾風の目の前の青年は不機嫌な声に怯まず面白そうに疾風を見つめている。
男にしてはぱっちりとした大きな瞳を輝かせ、青年の外はねの髪は彼の気持ちに合わせるように楽しげに揺れていた。

「あ、オレ3年の菊丸英二! よろしくにゃ」
「よろしくするつもりはないので失礼します」

明るく自己紹介を始めた目の前の3年生―菊丸―の言葉をバッサリと斬りつけた疾風はさっさとその場を通り過ぎようとした。
しかしそれを遮るように穏やかな声が響いた。

「ああ、君。待ってくれないかな?」

穏やかなのに拒否を許さぬような声と共に、穏やかな風貌をした青年が現れた。
その青年は柔和な笑顔を浮かべ、その表情に合うように柔らかな薄茶の髪を靡かせながら疾風の前に立ちはだかっている。
しかし疾風は止まる様子はなく、その青年の脇を通り過ぎようとした。
(その態度に周りの生徒のほうが驚きだ……まさかこのお方の声を無視しようとするとは!とガタブルしている)

「……」
「ふふふ。そんなに嫌そうな顔しなくても、すぐに終わるよ」
「じゃあさっさと終わらせてくれませんか」
「僕は3年の不二周介。よろしくね」

なんだこいつら、勝手に自己紹介なんかはじめやがって

そんな心の声が聞こえてきそうなほど、疾風はすっごく嫌そうな顔で青年―不二―を見つめた(というより睨みつけた)。
その腕は不二に捕まれており、その手を離させようとする疾風と、疾風をこの場に押しとどめようとする不二との間でギリギリと力を掛け合っている。
戦場を生き抜いた記憶を持つ疾風の腕を掴むとは、さすが不二としか言いようがなかった。
2人はいつもの調子でいるだけだが、疾風と不二の攻防の余波を受けてたまたま近くに居た一般生徒の顔色が宜しくないものになっていた。
徐々に2人の周辺から人気が無くなってきている。

「あ、不二! やっと来たのかにゃー」
「ふふ。一人で先に走って行っちゃったのは君じゃないか、英二」
「ごめんごめん。すっごく気ににゃってたから――あ」
「あれ?」

一瞬不二の気がそれたのを感じた疾風は、即座に自身の腕を取り戻して2人が声をかけてくる前にその場から消えた。
人が消えることはないはずなのだが(魔法の転移を使わぬ限り)、消えたとしか言いようがないほどの高速移動を疾風はしてみせた。
それほどこの場から早く去りたかったようである。
(高速移動といっても一般人程度の速度なので、うまく人混みに紛れたおかげだ)

「あーあ。逃げられちゃった〜」
「そうだね。しっかり掴んでたはずなんだけど」
「でもさ、手塚の弟なのにすっげー面白そうなやつだったよにゃ!?」
「うん。これから楽しそうだね」

輝く笑顔の菊丸と含み笑いの不二は楽しそうに疾風の消えた(と思われる)方向を見ながら会話していた。
人一倍好奇心の強い菊丸は、新事実発覚直後に噂の人物(疾風のコト)に特攻をしかけるつもりでやってきたのだ。
もちろん不二は付き添いとは名ばかりの特攻ペアの相方だった。
菊丸が言い出さなくても彼はやってきたに違いない。

「でも今日はあんま話出来にゃかったよな〜。残念無念、まった来週ってにゃー」
「それいいかもね。来週また来ようか?」
「それ面白いにゃ! あ、でも来週まで待たなくてもさー、明日でもいいんじゃにゃい?」
「いや、たぶん……今週は忙しいだろうからね。遠慮してあげようよ」
「ふぅん、そうなのかにゃ? じゃあ来週を楽しみにしっようっかにゃ! 今日は部活でこのことみんなに自慢してやろーっと!」

にこにこ笑う菊丸にくすくす笑う不二。
これが疾風の受難の始まりだった。





「遅かったね、ルック」
「変な奴らが話しかけてきたんだよ」
「ふーん? ま、早く食べようよ」
「そうだね」

お昼はいつも一緒の疾風と妖華は黙々とお弁当を食べ始めた。
恵菜のことが絡まない限り比較的仲も良好な2人であった。
いつもは感じないはずの変な視線を感じつつも、見られることに慣れている2人は気にしていなかった。
――これが日常崩壊のはじまり。





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