「……ねぇ、ルック……君、何かしたの?」
「……」
「今日でもう3日だよ」
「……」
「正直、一緒にいる俺も見られているからかなり不快なんだけど」
「……不快なのは、僕も一緒だ……!!」
妖華と疾風は裏庭の木々に隠れるように座っていた。
4時間目のチャイムが鳴った瞬間、2人はギリギリ一般人が出せるくらいの高速でこの場所に来ていた。
もちろん、その手にはお昼のお弁当を持って。
太陽の日差しはぽかぽかと暖かく、吹き抜ける風は涼やかで気持ちが良い。
が、そんな美しい自然の中にいる2人は暗雲を背負っていた。
妖華は乾いた笑いを浮かべたまま虚ろな視線を虚空を向け、疾風は憤怒の形相で地面を睨み付けていた。
「やっぱ、この前のアレが原因だろうね」
ため息と共に妖華は視線を地に向けた。
「テニス部か……」
疾風もため息と共に歪めてた表情を元に戻した。
表情を変えているのにも疲れたようだ。
「別に隠すことは何もないからいいんだけどさ……こうも四六時中視線を感じると気が休まらないよ」
「……元リーダーが何言ってるんだよ。あの時は仲間全員に監視されてるようなものだったんじゃないの」
「そんな言い方しないでくれる? それにそんな昔のこともう忘れたよ」
忘れたと言っても本当にその時のことを忘れたのではなく、その時の感覚が鈍っているという意味だ。
お昼を租借しながらの会話は、2人ともいつもより元気がなかった。
それほど今の状態が負担になっているようである。
この平和過ぎてぬるま湯のような世界で、そんなつもりはなくても歴戦の将たちの感覚を鈍らせていたようだ。
一挙一動の全てを監視ししつこく追い回してくるような視線は、疾風も妖華もこちらでは感じたことのないものだった。
素人ではなさそうだが玄人とも言いがたい視線は2人の神経を刺激して止まない。
これがせめて神経にささやかに引っかかる程のプロだったならここまで疲労はたまらなかった……と2人は言い訳してみてる。
不意に妖華はヒョイっと疾風の弁当箱からおかずを一つ取り、パクリと口にした。
疾風が文句を言う前に行う早業である。
「あーやっぱり彩菜さんの料理は美味しいな〜元気が湧いてくるね」
「相変わらずおめでたい人間だね」
幸せそうに呟く妖華に、疾風は極寒の一言を返す。
互いの弁当箱はすでに空に近い。
やはり人間、満腹になるといつもの調子が戻ってくるようだ。
幸せそうな表情のまま目に限りなく怒りを込めて妖華は疾風を見やった。
声が若干いつもより低くなっている。
「ふふーこんなおめでたくない状況の原因には言われたくないなー」
「ふん。原因が何であれ、君が興味を持たれたのが悪いんだろ。そんなことまで責任持てないね」
「冗談でしょ? 君が切欠を作らなければ、まだ普通の生活が暮らせたよ」
「それこそなんの冗談なのさ。正直こんなことがなくても、すでに君との不っ快な噂があるじゃないか」
「不快だなんて酷いなーこんなにアイシテルのにー」
「……寒……とりあえずその棒読みを直してから出直して……来なくていい二度と戻ってくるな」
「(それ真剣に酷くない? ルック)」
「(ティルが柄にもないこと言うからだろ)」
楽しそうに(?)口論をする2人であっても、その意識は広くその場を探っていた。
そして目的の気配が近付いてくるのを感じると、ピタリと口論を止めた。
「……で、そこの人影さん。いい加減出てきてくれませんか?」
「……覗きは終わりにしなよ。これ以上続けるなら五体不満足にしてやろうか」
疾風の嫌みに凶暴性が増しているのが、イライラの深さを思わせる。
「……ふむ。やはり気づかれていたか。直接対面はする予定だったが、こうも早いとは予想外だった」
深みのある静かな声と共に現れたのは、長身に眼鏡をかけた男だった。
その髪が彼の向上心を表すようにツンツンと尖っているが……なぜか眼鏡の奥は不自然な逆光のせいで見えない。
凄いぞ、眼鏡マン!(壊れた実況)
眼鏡マンの長身と見に纏うオーラは他者を圧倒しそうなものだったが、生憎一般人とは程遠い2人はいつもと変わらぬ態度で相対した。
(いや、機嫌はいつもよりマイナスではあるが)
「もう満足しただろ。ストーカーみたいにしつこく観察するのやめれば?」
目に見える元凶が現れたことで疾風の不機嫌さが一気にMAXに跳ね上がった。
ギラギラと目に嫌悪を込めながらギンギンに鋭い眼差しで眼鏡男を睨みつけている。
(ギンギラギン?)
「いや、残念なことに十分なデータがとれたとは言い難くてね。まだ満足したとは言えないかな」
「ふふ、それは本当に残念でしたね。せっかく知らぬフリをしてさしあげていたんですけど」
疾風の毒舌を軽く受け流し、平坦な中にも僅かな感情を乗せながら長身の男は飄々と言った。
しかし妖華はその男の言葉を遠慮無くバッサリ切ったあげく、微量の嫌みを言い放った。
その笑顔は清々しい。
こっちがせっかく機会をやったのに、満足に情報も得られないなんて
所詮その程度の実力なんだったら、もうこれ以上付き合ってやる気もないから諦めな(嘲笑)
そんな思いを隠すことなく滲ませていた。
不満が溜まっていた妖華も絶好調だ。
「……ふむ」
2人の不機嫌を察知した乾はこれからどう行動するのが一番有効かを考察した。
星(刑事が犯人を呼ぶ感覚で)の2人に気づかれてしまったとあってはこれ以上の調査は困難。
さらには調査行動を察知されていた上に、見逃されていたらしい。
(それにしては集まった情報がいつもより少ない印象を受けるのだが)
調査を続けるにしても、間をおいてからのほうが良いだろう。
このまま続行しても、おそらく彼らは今まで以上の情報は出さず、逆に何かこちらに仕掛けてくることも有り得る。
それになにより、いつもなら計算でねじ伏せあまり活用しない第六感が『コイツらと敵対するな』と訴えてきているような気がする。
こういう時は感に逆らわない方が良い(確率98%)←結局確率かィ
「そうか、それは申し訳なかったね。こちらの力不足だったよ」
「僕は君の暇に付き合ってあげるほど時間を粗末にしたくはないんだよ。ここ数日は見逃したけど、これ以上続けるならそれなりの覚悟をしておくことだ」
乾の殊勝な態度(滅多に見れないゾ)を気にも止めずに疾風はそう言った。
そしてそのまま踵を返すと、一人さっさとこの場を離れて行ってしまった。
――チラリと、乾には見えぬように妖華に視線を流して。
妖華はその視線を受け止めながらも、自分は全く視線を動かさずに乾を見つめたままだ。
「おや」
「疾風は短気ですから」
立ち去る疾風を見て乾が不思議そうな声を上げる。
それに返す妖華は苦笑混じりで、すでに幾分か怒りを収めているようだ。
しかしすぐに苦笑も納め、深く澄み渡る気配を醸し出しながら乾に正面から向き直った。
妖華は突き刺さるというほど強くはないが、入り込んでくるように真っ直ぐな視線で乾を見つめた。
乾は驚きつつも(必死に)平静を保ちながら、妖華の次の言葉を待った。
次の彼女の言葉は重要なものに違いない、と感じていた。
「先輩、私たちは幼馴染みなんですよ。たまたま出会い、今まで互いを想い合い、これからもずっと共にある……ただの仲間なんです」
これまでの不機嫌な声からは想像もつかない、暖かく情愛に満ちた声。
その熱は熱さではなく、ただひたすらに温もりと心地よさだけを感じさせる。
『仲間』
彼女はそう言った。
幼馴染みとだけ言い切るのではなく、『仲間』と答えた。
「……そうか」
「そうなんです」
神聖ささえ感じさせるような気配を放っていた妖華は、答え共にニコリと笑った。
その笑顔と共に深い気配は霧散し、いつもの飄々とした妖華の雰囲気を纏っている。
貴方が知りたかったことは、これでしょう?
表情がそう語っているように見える。
乾は目の前の少女が自分よりも数枚上手であることを実感していた。
一人裏庭に立つ乾は、ノート片手に今までの邂逅を思い返していた。
すでにこの場を立ち去っている少女から得た答え――『仲間』
それで疑問の全てが解明するわけではないが、彼らから得られる最上の答えだろうと感じられた。
これ以上の深入りは、おそらく何らかの手段で遮られる。
ならばこれで満足せざるを得ない。
調べていて最も分からないのは彼らの『関係性』
いつのまにか友好関係を築いていた(という情報を得た)彼ら4人は、今の時代・この年齢には珍しいほど互いを信頼し合っているのだ。
その理由が分からない。
その経過が分からない。
しかし己に置き換えて見て、『仲間』というものはなんなのか。
『仲間』に理由がいるのか……彼らは偶然同じ学校の同じ部活というだけだったが、しかし築かれた信頼は本物で、そこに理由など存在しない。
(そう、不思議な出会いをして、そこから信頼を築くように)
『仲間』への経過はどうだったか……それこそ日常の一つ一つが重なり合って、自分たちは互いを認め合っていった。
(その欠片を探そうとするのは、愚かなことだ)
「……」
パタリとノートを閉じ、乾は歩き出した。
おそらくこのノートに書き込むことは、もう無いだろうと思いながら。
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