○天然胃袋大魔人のその後○
今日の部活もいつも通り終わり、それぞれが談笑しながら着替えていた。
中でも運動の後で空腹を覚えている者の動きは早い。
手早く着替え終わった1人が、意気揚々と両手を挙げて歓声を上げた。
「よ〜し、いっちばーん!!」
「早いな、英二」
「もうお腹ペコペコにゃんだよ〜。なー大石、どっか食べに行かにゃい?」
「悪い。今日は早く帰るように言われてるんだ」
心底申し訳なさそうな大石に、えー!?と言いつつさすがに無理強いはできないので菊丸は頷いた。
そして、次のターゲットに視線を流す。
「ごめんね、僕も店の手伝いがあるから……」
「データの整理がある」
「今日は姉さんと約束があってね。ごめんね、英二」
「……外食は好まない」
しかしどの人間の答えも芳しくないものばかり。
次第にムーっと顔をしかめていった菊丸はうがーっと声を上げた。
「もー何だよ何だよ、今日はみーんな忙しいにゃんて!」
それを見て3年の一同はそれぞれ申し訳なさそうな顔をしているが、用事が在るのでどうにもできない。
(約二名無表情のまま着替えているが)
「よーし、桃! 今日は2人で行くにゃー!」
菊丸はちょうど着替え終わっていた桃城にそう声をかけた。
すでに疑問系じゃないことが「断られるわけない」という深層心理を見せている。
しかし、ここで平常とは異なる事態が起こったのだ。
「あ、すんません。今日は俺も真っ直ぐ帰るっす」
申し訳なさそ〜に謝る桃城の声が部室に響き渡る。
「「「「「「「「…………」」」」」」」」」
「な、何っすか?」
部室中の人間がそれぞれが動きを止めて己を凝視してきて、桃城は焦った声を出した。
確かにあの青学メンバーから無言で凝視されてしまうと驚きもするだろう。
(その中にいつも冷静な無表情コンビや、いつも本音を柔和な笑顔に隠す強者がいれば特に)
「も、桃……お前、どこか具合でも悪いのか?」
大石の心配そうな一言を皮切りに、今まで固まっていたメンバーそれぞれが口々に何かを言ってきた。
「……大丈夫か?」
「明日は槍が降る……」
「具合が悪かったならちゃんと言わないと……」
「……いや、動きはいつもと変わらなかった」
「腹でも壊したか……」
「……むしろ頭を打ったとか……」
「信じられない……」
「っだぁー!! もう何なんっすか、みんなして!!」
一気に話しかけられ、限界を超えた桃城が大声で叫んだ。
その声に理性を取り戻した面々は、一斉に口を閉ざし、桃城を見つめた。
(すでに騒動に興味を失った数名は着々と帰る準備をしていたりするが)
「だって桃が帰りに食べに行かないなんて超ー珍しいにゃ!」
「そうだよ、いつもは率先して食べに行くから……」
「何かあったのかと思ってね」
菊丸は驚きの表情だが、大石と河村は心の底から心配している様子である。
さすがに寄り道を断っただけでここまで心配そうに見られるとこっちが申し訳なくなるものだ。
桃城も気まずそうに言った。
「いやー、体調が悪いとかじゃないっす。今日は昼飯をすっげー食ったんで、あんまお腹減ってないんすよ」
それに、最近買い食いのし過ぎで小遣いもヤバイんす
いやー参った参った、という風に笑顔で言う桃城の言葉にも、心配性2人の顔の曇りは晴れない。
むしろさらに心配そうに桃城に問いかけた。
「昼にどれだけ食べたんだ? まさか人様の昼食を横取りしたんじゃ……」
「桃のお腹を保たせるくらいだ、相当の量を……」
「桃先輩、部活の前にも何か食べてたみたいっすよ」
あまりに心配そうな2人に、助け舟を出すように越前が声をかけた。
だから、今あまりお腹が空いていないんじゃないっすか?と無言の声が聞こえてくる。
「本当かい? 越前」
「ああ、それは僕も見たよ」
不二の言葉を聞いてようやく納得できた2人はやっと憂いの表情を取り払った。
ちなみに桃城に他人の昼食を横取りした前科があるためだったりする。
(賭けてたと言われようが、昼食を横取りとはいただけない)
「……桃城、部活前に校外に出たのか」
しかし、そこで一件落着とはいかず、部長の静かな重低音が響いた。
確かに部活前に何かを食べていたとなれば、そんな答えが導き出される。
青学の購買では昼にほとんどの食料品が売り切れるのだ、まさか桃城が昼に買ったものを放課後までとっておけるとは誰も思わなかった。
他のメンバーは(部長の怒りの余波を食らわぬように)そそくさと帰り支度を始めた。
(元々話しに加わっていない人間もいるが)
「いえ、違いますよ! 今日は……たまたま昼に買ったパンが残ってただけっす!」
「…………」
それこそ嘘を言うな、という無言の重圧をかけてくる部長に桃城はあたふたしている。
みんな「どうせ嘘を言ってもばれるんだから、さっさと桃(先輩)も諦めればいいのに……」とその様子を眺めている。
真実を言っているのに、日ごろの行動(食欲)のせいで全く信用されない桃城だった。
しかしここで誰もが予想しなかった救いの手が差し伸ばされた。
「手塚、桃城の言ってることは正しいよ」
「……乾」
「桃城は昼食前に何者かと一騒動起こしてな。その相手が詫びの変わりに桃城に昼食を奢っていたようだからね」
「……そうなのか、桃城」
「は、はい! 乾先輩の言った通りっす!」
乾の言葉に「何で知ってんですか!?」という視線を向けて驚いていた桃城も、部長の声を聞いてピシッと姿勢を正して言葉を返した。
まさかやってもいない罪科のせいでグランドを走らされる羽目になるのは避けたい。
「そうか。疑って悪かった」
手塚はあっさりと疑いを晴らし、桃城に謝罪を返した。
おそらくその理由の大半は乾のデータへの信頼だと、この場の誰もが気づいている。
そのまま手塚は何事もなかったかのように大石と部のことについて話し出した。
「桃、もしかして……」
乾の言葉を聞いてから、もしや、という表情をしていた菊丸が問いかける。
それに桃城はニヤリと笑ってピースを向けた。
「昼飯、一緒に食いました!!」
「えー!! ずるいぞ〜ももー!!」
騒ぎ出した2人に、意味の分からない数名が不思議そうな顔を向けている。
意味の分かるうちの1人は穏やかな笑みを浮かべ、1人は我関せずを貫きとおした表情だ。
そして意味の分かるもう1人は、興味深そうに彼らの騒動を眺めていた。
その瞳には怪しい光が浮かべて……(見えないけど)
○乙女?たちの会話○
「あ、そういえば今日は面白いコトがあったよ」
「え、なになに?」
ゆったりとしたソファーに腰掛け、麗しの美少女2人が談笑をしていた。
互いに今日あった出来事を語り合い、それぞれが合えぬもう一人の近況を聞いているのだ。
そうした中、妖華が今にも笑い出しそうな表情で言った一言に、恵菜は興味津々の様子だ。
「どうやら昨日と引き続き、ルックに騒動が舞い込んできたみたいでね」
「ああ、昨日も何かあったって言ってたね」
「ふっふっふ……今日はそれ以上だよ」
「何があったの?」
ニヤニヤと怪しく笑う妖華に、恵菜の興味が最高潮に引き出されている。
キラキラ輝く瞳が「早く教えてよー」と語っている。
妖華は爆笑寸前の笑みを浮かべながら早口で言った。
「ルックに話しかけようとした人が、話しかけようとしてそのまま転んじゃったんだよ!
しかも、ルックに向かって飛び掛っていくように勢い良く!!」
「ええ!?」
驚く恵菜を尻目に、妖華は言葉の直後にもブフー!と噴出して楽しそうだ。
「まぁルックが受け止めたから大事には至らなかったんだけどね」
この言葉を聞いて、心配そうな表情だった恵菜は安堵の吐息を零した。
ちなみに妖華はルックの名誉のために「押し倒された」とは言わなかった。
(さすがにちょっと可哀想だと思ったらしい……)
「その代わり転んだ彼の昼食が大惨事でさ〜」
「うわー、弁当こぼしちゃったの?」
「いや、パンだったんだけどね。見事にペシャンコだったんだよ」
その言葉と共に妖華は上下に両手をパチンと合わせた。
「受け止め方の悪かったルックのせいだ、ということにして昼食を奢らせました☆」
「……ルックのせいなの?」
「いや、無理な方向転換をして足を滑らせた彼のせいだね」
不思議そうに問いかける恵菜に、妖華の返す答えに迷いはない。
「……(ルックも可哀想に)」
「しかも彼の食べっぷりがまた凄くて……!」
こうして乙女?たちの会話は毎度深夜まで続くのだ。
←
■
→