「これで今日の図書委員会の話し合いを終わります」
「起立、礼」
「「「ありがとうございました」」」

今日は各委員会の定例会の日だ。
図書委員会では話し合いが図書室で行われ、今終了したところだった。
話し合いに来ていた生徒たちは終了の合図と共に帰り支度を始め、何人かはすでに席を立っている。
この後に部活がある生徒も多い。
動きが素早い生徒は部活に早く出たくてたまらないのだろうし、動きが鈍い生徒は少しでもサボりたいと思っているのだろう。
ゆったりとした動きで顔を上げた越前は、部活に遅れていきたいのではなくただ単に眠いからだ。

「あ、越前君。もう起きたの?」
「……もう終わった?」
「うん。今終わったところ」

越前の隣に座っている少女が、せっせと手元のノート類を纏めながら話しかけてきた。
彼女は越前と同じクラスの女子の図書委員であり、彼女が几帳面で世話好きなおかげで越前は話し合い中も暢気に寝ていられるのである。
越前はいまだにボーっとしながら彼女の手元を眺め、ゆるゆるとした動きで自分の手荷物の片づけを始めた。
といっても、申し訳程度に出されていたシャーペンと消しゴムを筆箱に入れるくらいだが。

「これ、今日の話し合いのまとめだよ。いちおう読んでおいてね」

少女が一枚のメモ帳を越前に渡す。
越前は無言で受け取った(もともと無愛想なのもあるが今は眠いのが大半だ)
越前は頬杖を付きながらメモ帳に目を向けた。

「……越前君、まだ目が死んでるよ……大丈夫? これから部活があるんじゃないの?」
「……ああ」
「越前、少し話があるから付き合いなよ」

いきなり眠気を吹き飛ばすような深みのあるアルトの声が響いた。
声に含まれる微量の怒気が、聞いていて心地よいはずの美声を身を竦ませるような低音へと変えていた。
しかも口調が命令形。

「あ、えっと……あの、それじゃあ越前君、また明日ね」

声をかけたのは2年生の男子生徒で、1年生の席に上級生がいるということで少女は驚いたようだ。
すぐに席を立ってその場から離れた。
図書室にはすでに人が少なくなっていたが、それでも何人かの生徒がこの不思議な光景をちらちらと見ていた。

「疾風先輩……?」
「そのまま永眠したくなかったらいい加減起きな」

人々の注目を集める要因は、当人たちにあった。
話しかけた人間は、図書委員会の名物委員の手塚疾風である。
1年の時からずっと図書委員であり、委員の中で疾風の軽快な毒舌や辛口の餌食にならない者はいなかった。
話しかけられた人間は、青学テニス部の期待の1年生レギュラーの越前リョーマだ。
本人の容姿が良いこと(テニス部レギュラーでは越前に限らないが)もあり、いまや学園でも超有名な少年だった。

「何の用っすか」
「ああ、別に話し合い中に君がアホ面で寝てたことを咎めるつもりはないよ。確かに有意義とは言い難い話し合いだったしね」
「…………」

面倒そうに(それを隠す様子もなく)越前が話し出した。
疾風はそれを見て怒られると勘違いしてるのか?と思いつつまず注釈を入れた。
しかしやっぱり言葉が少量の嫌みで彩られているが。
そして、まだ細々とした仕事をしていてその場に残っていた図書委員長の3年生が、疾風の言葉を聞いて遠くでズーンと落ち込んでいた。
傍にいた書記の少女や担当の先生が必死に慰めている。
反論なんてしようものなら、数十倍になって返ってくることは周知の事実なので泣き寝入りしている。

「そんなことより。君、テニス部の連中に何を言った」
「別に何も言った覚えないけど」
「そんなわけないだろ! ここ最近異常にテニス部の連中が近寄ってきてうっとうしいんだよ……!」

そこで言葉を切った疾風は、憎々しげに顔歪めた後、拳を握りしめ震えながら地面を睨み付けた。
どうやらテニス部の連中との間にあったあれこれを思い出しているようだった。

「テニス部の知り合いは越前だけだったんだから、何か理由があるはずだ何でもいいから思い出せ!!」

疾風は勢いよく顔を上げて必死の形相で越前に言いつのった。
その顔を見て、越前はビクッと体を震わせた。
疾風は傲岸不遜な越前を驚かすほどの衝撃的な顔をしていたようだ。
テニスコート上では最強の越前も、コート外では可愛い一面だってあるのだ。
越前は視線を虚空に向けて必死に考え出した。

「あ。そういえばこの前の試合の時、疾風先輩が手塚部長の弟だって言ったっす」

え、そうだったの!?

傍でこっそり聞いていた生徒たちのほうが越前の言葉を聞いて驚きだった。
話し合いが終わったというのにいつもより多めに人が残っているのは、この2人の会話が気になるからだろう。

「……それだけ?」
「みんな知らなかったみたいっすよ。驚いてたし」
「たったそれだけのせいでここ最近周りが騒がしかったのか……」
「……いや、それだけってほど軽いことじゃないと思うっすけど」

越前の呟きに同意した者は多いだろう。
だって意外すぎる新事実の発覚だ。
一部の生徒には有名な毒舌貴公子(なんちゅー呼び名だ)とテニス部の名物部長(いや、悪口じゃないじゃねいけど『グランド○○周!』て名物っぽいよね)が兄弟だと言うのだ。
そりゃ驚く。

「話はそれだけなら、もう部活行ってもいいっすか」
「ああ、悪かったね。寝起きの貴重な時間をもらって」
「……別にいーっすよ」

やはり疾風は一言多かった。
越前は珍しくも言い返すことなく素直に頷いた。
出会い直後に大舌戦を繰り広げ周りに多大な被害を与えた後、疾風にこてんぱんに言い負かされたことは記憶に新しい。
(疾風の嫌みは年期が違う)
越前は疲れた顔をしながら立ち上がり、踵を返そうとしたが……。

「ああ、お礼に一言。ここ、男前が上がってるね」

越前の後ろ姿に、疾風は口元に手をやり声をかけた。
真顔なのに目はからかうような光で輝いている。
その一言の後、疾風はすぐに越前を抜いて図書室を出て行った。

「……にゃろう」

近くの窓を覗き込んで自分の姿を見た越前は、口元を拭いながら呟いた。
確実に部活には大遅刻だろう。
テニスの王子様のよだれ映像が漏洩しなくてよかったね。





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