「……まさかこんなことになるとは」
「……予想外だったね」
妖華と孔也が遠い目をして見つめる先には、じゃれている恵菜と疾風がいた。
いや、じゃれついているのは恵菜だけで、疾風は疲れ切った様子だ。
「ねぇねぇルックるっくー!」
「……なに」
「ぎゅー!!」
「……」
疾風に引っ付いていた恵菜は、両手を広げて上目遣いで見上げた。
キラキラうるうると輝く目には早く早く、という思いでいっぱいだ。
もう疲れ切った疾風は逆らうことなく恵菜を抱きしめた。
いつもならここで妖華の鉄拳制裁が待ち受けているのだが、妖華は遠い目をするだけだ。
「っくしゅん」
「……大丈夫?」
「あ!」
「……!!」
「……!? それはダメだー!!」
「はぁ」
疲れ切っていたはずの妖華は高速ダッシュで二人に近づいた。
孔也も後れてついてくる。
その二人といえば、二人してベッドに転がっていた。
先ほどなにがあったのかというと。
何かを見つけた様子の恵菜が俊敏に疾風の服に手をかけると、そのまま脱がそうとした。
驚いた疾風は止めようとしたが、両手は恵菜を支えるので塞がっていた。
絶体絶命の状態でさらに恵菜は疾風を押し倒した。
そうして二人はまるで事前のカップルのようにベッドに転がってしまったのだ。
「あ」
「ああ、これならもう大丈夫だね」
二人はすでにすやすやと寝息を立てていた。
お互いに抱きしめ合いながら。
「……なんかムカツク」
「はは、まぁ落ち着いてよかったよね」
ナナミ料理を渡し隊!を無事に結成できたメンバーは、さっそく活動内容を決めることにしていた。
「まずはミオに一票」
「同じく」
「そうだね。ミオに試してもらおうかな」
にこにこと輝く笑顔で三人は恵菜の方を見た。
恵菜はあははと視線をうろうろさせながら苦笑いをしている。
「まさかもうナナミ料理を用意してたなんて、準備がいいね」
「まさかそれを僕たちの紅茶に入れるなんて、いい度胸だね」
「まさかミオ一人だけが逃げられるだなんて、思ってるの?」
にこー!と笑った三人の背後に阿修羅が見える。
あ、疾風の満面の笑みなんて珍しいもの見たな……
恵菜は現実逃避している。
「だ、だって、一般の人に試すよりはいいかなって……」
「ミオ?」
「何か言うことがあるんじゃないの?」
「ミ・オ?」
「ごめんなさい」
しゅーんと恵菜は項垂れた。
「うん、これを食べてくれれば」
「許してあげてもいいよ」
「さ、どうぞ」
「う、うん」
項垂れた恵菜を前にしても、とりあえず食べてもらうことに変わりはないらしい。
恵菜の前にナナミケーキを持ってきた。
恵菜にしても自分が悪いことをしたと思っているし、ナナミ料理に対する恐怖はないので食べることに異存はない。
ぱくぱくと食べ始めた。
「それにしてもこの紅茶にナナミアイスが入っていたなんてね〜」
「気がつかなかったね」
「ミオ、何かしたの?」
「あ、うん。少しだけ味を改善してみたんだ!」
「……改善できるような味してた?」
「それほどミオの腕が良かったんじゃない?」
「そしたら無味無臭になって、ビックリした」
「……」
「……怖」
「……完全犯罪も夢じゃないね」
あ、すみません、新しい紅茶を入れてもらえませんか?あ、ありがとうございます。
「僕にももらえる?」
「ああ。はい、ルック。ティルはどうする?」
「僕はまだいいや」
「分かった」
先ほどとは違うティーポットから注いだ紅茶をルックに渡す。
ナナミアイスが入っていると知って同じ紅茶を飲む気には到底なれなかった。
紅茶を頼んだ張本人の孔也はまだ飲まないらしい。
さすが元小間使い、他人のための気配り。
「さっきはいつになく喋ってたもんね〜ルック」
「それは君たちも一緒でしょ」
「でも会話の内容をあまり覚えていないな。君たちは?」
「ああ、さっぱり。覚えてない」
「僕も」
混乱ステータス恐るべし。
「ん?」
何かに引っ張られたような気がして妖華はそちらの方を向いた。
そこには俯いて立っている恵菜がいた。
「どうしたの、ミオ」
「あれ、そういえばさっきから静かだったね」
これがこれから生まれる混沌の前の最後の会話となった。
バッと顔を上げた恵菜は、目に涙を浮かべ必死な顔をして妖華に言った。
「ねぇ、お姉ちゃん。今日は一緒に眠ろう?」
「は?」
「?」
グイッ
「何やってるんだよ、ミオ」
「あ……」
ぎゅー
「!!」
「!?」
お前が何やってるんだルック!!
目の前の光景を信じられないものを見る眼差しで妖華と孔也は見た。
今まで恵菜が飛びついた事はあるが、疾風が恵菜を抱きしめるなんて事なかった。
前代未聞だ。
驚愕に動けない二人を完全に無視して恵菜と疾風は抱きしめ合っている。
「あのね、怖い夢を見たんだ」
「うん」
「だから、だから」
「大丈夫だ。今日はお父さんと一緒に遊園地に行こうな」
「うん、パパ!!」
「え」
「は?」
はぁぁぁああああ!?
寝ないの!?寝ないで遊園地行っちゃうの!?
心の声は大絶叫しているのに、固まった身体を動かすことが出来ず二人は硬直している。
「ねえ、あっちで遊ぼうよ」
「うん! お姉ちゃん!!」
えええぇぇえぇぇえええええ!?
あれ、さっきまでパパと娘じゃなかった!?
しかも……ルックの笑顔が眩しいなんて初めてだ……目が痛いや☆
妖華と孔也は目を極限まで見開いて口もぱかりと開けたままだ。
凄い威力だ、疾風の笑顔。
パシャ
パシャパシャ
「……何してるんですか、白鳥さん」
「……黒江さん、見えてますよ」
異音が聞こえたことにより、なんとかこちらの世界に戻ってこられた妖華と孔也は今度は不審な人物を見つけた。
シロはカメラを構えて高速でシャッターをきっている。
クロは隠れているのか物陰から覗いているが、完全に身体が見えている。
だんだん二人にはこのおかしな現象の理由が分かりだしていた。
二人の視線は目の前の紅茶に注がれた。
「やっぱり、この紅茶にも……」
「無味無臭か。手強いな」
孔也は疾風の飲んでいた紅茶のカップを掴みにおいを嗅いでいる。
まさか新しく入れられた紅茶にもナナミアイスが混入されていたとは予想外だった。
おそらくあそこでシャッターをきっている人が、それこそ可愛い様子を写真に残すために入れたのだろう。
紅茶、飲まなくてよかった……
二人はすごーくすごーく安堵した。
「あ、お二人とも飲んでくれてもかまいませんよ。グイグイどうぞ」
「いえー結構です☆」
「喉乾いてませんから」
そこに写真を撮ることに満足したのか、シロが現れた。
いい仕事したー!と言わんばかりのイイ笑顔だ。
しかし妖華と孔也も同じくイイ笑顔で返した。
これはアンタの仕業なのか!?
顔がそう言っている。
「そちらの紅茶は、先ほどのものより強力ですよ」
ゆっくりと現れたのはクロである。
恵菜に危険はない様子なので、離れたようだ。
強力なのは疾風の様子を見れば一目瞭然だ。
さっきよりも余程壊れている。
「これは誰が用意したんだ?」
「恵菜様が用意されました。その後、白鳥に下賜されたのです」
「自由に使ってもいいですか?って聞いたらいいよって言ってくれました☆」
ミオぉ!!ナナミ料理の取り扱いには注意してくれ……!!!
妖華と孔也は心の中で呻いた。
今度ナナミ料理への認識についてじっくり話し合う必要がありそうだった。
もうどうにでもなれ、と恵菜と疾風のコント?を見ていた妖華と孔也だったが。
本人たちは楽しそうだったり嬉しそうだったりたまに悲しそうだったり大忙しだが、それを見ている者は見ているだけで疲れてしまっていた。
しかもこの状況を作り出したシロは仕事に戻っているし、クロもこの場所を出て行った。
丸投げか。
そしてたまにおかしな方向に暴走した二人が変なことをしないように見張っている必要があった。
窓から飛び立とうとするのを止めたり……
置き忘れていた紅茶を飲もうとするのを止めたり……
(シロが置いていったのだが、これは絶対にわざとだ!)
むこうから絡んできたら相手をしたり……
途中で疾風の意識は戻ったが、混乱していた間の記憶はなくても身体は疲れていたようだ。
なんだかぐったりしている。
しかし恵菜はまだまだ絶賛混乱中で疾風をターゲットに暴走していた。
そして冒頭に戻るのである。
パタン
「もう疲れた。寝る」
「……そうだね」
そして恵菜と疾風の横にそれぞれ陣取った二人も夢の世界へと旅立っていった。
「もう寝た?」
「ああ、お休みになられたようだ」
「カワイイ顔しちゃって」
「安らかな表情だな」
「……よかった」
「……ああ」
シロとクロは慈愛に満ちた表情で四人を見ていた。
おまけ↓
「あれ、これいつの時の写真?」
「……!!な、に、これ!!」
「……あー」
「……あのときのー」
「あ、え? なんで僕とルックが」
「!!」
「!!?」
「え?」
「おい、ルック!! これはどういうことだァァアアア!!!」
「は!? え、な、ななな、なんだこれ!? し、知るかー!!」
「……(もしかしてティルと紅茶を調べている時か……白鳥さんの満足気な顔はこれが原因だったのか)」
「あ、こっちの写真のルック可愛い」
一体何が写っていたのだろうか。
妖華(ティル)は、恵菜(ミオ)のことを保護対象にしてます。
お互い女の子になったけど、恵菜はぽやぽやしてるから心配。
もともとの過保護がさらにグレードアップしたー!
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