「まさかあれは……!」

「手塚ゾーンだ!!」




「あれ?」
「ん?どうしたんだ、不二」
「わぁ……今日も手塚は絶好調だにゃ!」
「気づいたか、不二」
「ああ、やっぱりそうなのかい?」
「え、なにかあったのか?」

何かを確認し合うように頷いた不二と乾の2人。
しかし側にいた大石と河村にはさっぱり分からないようで、不思議そうにしている。
試合に目がいっていた菊丸も、周りの雰囲気に気づいたのか、視線を向けてきた。

「なになに?なにかあったのかにゃ?」
「どうかしたんスか」
「俺たちにも教えてくださいよー!」

菊丸に便乗して、近くにいた海堂と桃城も疑問に思ったのか聞いてきた。
いつもならここで桃城と海堂の喧嘩が始まりそうなものだが、さきほどこってりと絞られた後なので、いちおう気をつけてはいるようだ。
レギュラー陣の中で1人沈黙を守っている越前は真剣そうにコートを見ている。
隣で堀尾がなぜか偉そうに手塚ゾーンの説明をしているが、気にならないらしい。

「ふふ……越前も気づいてるんじゃない?」
「なにー!? おい、なんだよ、教えろよ、越前!」
「おチビも気づいたの!? いったいなんにゃ!?」
「……自分で説明するのが面倒だからって、こっちに話ふるの止めてくれませんか、不二先輩」
「ふふ、そんなことないよ」
「その様子じゃ本当に越前も気づいていたのか、さすがだな」
「……(やられた)」

笑顔で話の矛先を変えた不二に、まんまとのせられた桃城と菊丸は越前に詰め寄った。
沈黙を破らずを得なくなった越前は不機嫌そうに言葉を返すが、それも見越していたようだ。
カマをかけられたのか
越前は一癖も二癖もある先輩にため息をつきたくなった。

「おチビ、ため息をつくと幸せが逃げちゃうよ〜?」
「そうだぞ、越前。ため息つく前に教えてくれよ。先輩に隠し事はいけねーな、いけねーよ」
「……自分で考えたらどうっすか?」

帽子を押さえながら、ぷいっと越前はそっぽを向いた。

「俺には分からないなぁ。一体何に気づいたんだ?」
「よかったら教えてくれないかな?」
「フシュ〜」

ここで先ほどまで考えていた様子の3人に聞かれては答えないのも気が引けた。
不二はにこにこと見つめてくるだけだし、乾も眼鏡を光らせているだけで答える気は全くないらしい。
越前は心の中でまたため息をはいた。

「……手塚部長、なんだか嬉しそうじゃないっすか?」
「おや?」
「へぇ……」

意を決して伝えた事に反応したのは、意外にも理由を知っていそうな2人だった。
乾はノートへの書き込みのスピードが上がり、不二は面白そうに越前を見つめている。

「えー、嬉しそう!? あれのどこが!?」
「俺にはいつも通りの手塚に見えるが……」
「これが手塚部長の嬉しそうな様子なのか……これが?」
「あ、そういわれてみるとしわの数が少ないような……」

ほかのメンバーのあんまりな反応に、次第に越前も手塚部長が不憫になってきた。
というか自分の見解が間違っているのか不安になってきた。

「不二先輩と乾先輩の気づいたこととは違うんすか?」

ここで冷静に2人の反応も見ていた海堂は2人に直接聞いたみた。

「ああ、僕が気づいたのは、手塚ゾーンのことだよ」
「俺もそうだな」
「でも、嬉しそうか……そういわれてみると、今日の手塚の好調の原因はそうかもしれないね」
「ああ、その確率は高いな」

またしても2人だけ納得した空気が流れている。

「なんなんすか? いい加減教えてくださいよー先輩!」
「お前ぇはさっきから五月蠅いぞ、桃城」
「なんだとぉ!? マムシ!」
「てめぇ! やんのかコラァ!」
「まぁまぁ抑えて抑えて」
「ほら、落ちつけって」
「んで、2人が気づいたことってなんにゃー?」

気をつけていたことも忘れてあっさり喧嘩を始め出す2人に、慌てて大石と河村が仲裁に入った。
そんな中、菊丸は相変わらずマイペースだ。
越前も答えを知りたそうに2人に視線を寄こしている。

「ふふ。今日の手塚は、手塚ゾーンを出すのが早かったと思わない?」
「通常では出さない試合も多いが、この試合では異常に早かった。これまでにないデータだ」
「あ……」
「なるほどー!」
「そういえば……」
「そうっすね」
「フシュ〜」
「それに……」

ここで不二はちらりと越前のほうを見た。

「越前の言っていたことも、あながち間違いじゃないと思うよ」
「え……じゃあ部長は今嬉しそうな顔をしてるんすか!?」
「えー! ウッソー!」

テンションの高い桃城と菊丸の2人は食い入るように部長を見ている。
いや、俺には分からないだろうな……
2人の心は一致した。
またも脱線しかけた話題を引き戻すため、大石は問いかけた。

「そう言うってことは、何か理由があるのか?」
「それは――」


あっはっはっはっはっはっはっは!!げほっげほっ!!あははははは!
あはは!あーっはっはっは!!ははははははははごほっごほっ!!はははは! 


理由を説明しようとした乾の声を遮るように、笑い声が響いてきた。

「な、なんだなんだ?」
「すっげー笑い声だにゃ」
「ふしゅ〜(うるせぇな)」
「ふふ、なんだか楽しそうな声だね」

いきなりの大音量の笑い声に不思議そうな顔をしている者もいれば、不快そうな顔をしている者もいる。
部員たちも気になったのか、キョロキョロと周りを見渡し始めた。
未だに笑い声は止まらない。

「これは、止めた方がいいな」
「そうだね。試合に支障が出るかもしれないし」

大石と河村が正しい判断を下した。
運良くチェンジコートの最中だったようで、試合中の2人も不思議そうに観客席のほうを見ている。
(手塚は相変わらず無表情だが)
審判が笛を吹いて注意をしようとしたその時。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

ちょうど笑い声の発信源を見つけて振り向いた観客は見た。
部員も見た。
審判も見た。
試合中だった2人は(幸いにも)まだキョロキョロしていた。

ある少年の背後に暗雲雷鳴強風が渦巻いていた。
後ろの景色が見えないほどの暗黒世界が広がっている。
そして異常に低く殺気のこもりまくった声が、ありえないほど周囲に響き渡った。

「コ・ロ・ス」

それでもまだ爆笑している少年と少女に逆に感心した。
人はこれを現実逃避という。
しかも次第に得体の知れない恐ろしいものが、ゴウゴウと音を立てるように溢れてきた気がする。
(それをあちらでは魔力という)
それを悟ったのか、笑っていた少年と少女は焦ったように笑いを止めた。
まだ引きつった顔をしていたが、何事かを話しかけているようだ。
そして闇を背負ったままの少年と近くで微笑んでいた少女を引き連れてその場を去っていった。
人々は嵐が去ったと分かっていたが、すぐに復活することは出来なかった。
しかしその中にも強者が存在する。

「おそらく、彼らが手塚が嬉しそうな原因だよ」

問題の集団に目線を向けながら、こともなげに乾が言った。
しかし思考が停止していた他のメンバーは返答することが出来ない。

「……えーと、すみません。もっと分かりやすく言ってもらえますか?」
「そう、だね。彼らは手塚の知り合い、なのかい?」
「そ、うなのかにゃ?」
「そういえば、見たことある子も、いたような……」
「シュ〜〜」

理由を知りたい、という一念で復活を遂げた面々は再度乾に問いかけた。
なぜなんだ!いい加減に教えてくれ!!

「ああ、やっぱりそういうことっすか」

しかしそこに越前の納得した声が響いた。
皆の視線がバッと集中した。
越前はその熱意に微妙に引き気味だ。

「へぇ、越前は理由を知ってるの?」
「は? 不二先輩も分かってるんじゃないんすか?」
「いや、俺たちは手塚の好調の原因が、越前の言っていた嬉しそうな様子だと分かっただけだ」
「そうだね。だから嬉しそうな様子の理由は分からないんだ」
「でもさっき乾先輩が……」
「ああ、あれは、去っていくあの集団を見た手塚が、微かに嬉しそうな顔をしたからな」

嬉しそうな顔!?
やっと答えが分かるかもしれない、と思った面々は静かに越前、不二、乾の会話を聞いていた。
見逃したー!!
違うところで思い切り悔しい思いをした。
皆の突き刺さるような視線に辟易した越前は、さっさと答えを言ってしまうことにした。

「ああ、あの中に部長の弟がいましたから」

「は?」
「お、弟?」
「ていうか、手塚に弟いたの?」
「手塚の弟かにゃ」
「ふしゅ〜」
「へぇ……」
「フフフフフフ」

もしやあの中に彼女がいるのか!?
と思っていた面々は意外な答えに若干拍子抜けした。
しかし不二は新しい玩具を見つけたように楽しそうな様子だし、乾はいつも以上に眼鏡を逆光させながら速記をしている。
もう、どうにでもなれ、と越前はさらに続けた。

「さっき真っ黒いオーラ出してた人が、部長の弟っすよ」

ええええーーーーー!?
よく考えたら黒い少年か爆笑してた少年の二択なのだが、そこに思い至らなかった面々はさらに驚愕した。
そこに思い立っていた2人はさらに笑顔を深くした。

クス。面白くなってきたな……

そんなテニス部の魔王の呟きは風に乗って消えた。



ていうか、せっかくの部長の試合を見ろよ。










おまけ↓

ゾクッ!!!

バッ!!!

悪寒を感じた4人は、一斉に背後を振り返った。

『殺気……?』
『風邪引いたのかな?』
『イヤな予感が……』
『……?』

4人は思わず移動の足を速めた。





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