夜の風影の執務室では、いまだに精力的に仕事をこなす風影−シマキ−の姿が見られた。
今日は不測の事態が起こりすぎて仕事が後回しになっていた。
仕事が終わるまではまだまだ時間がかかりそうだ。

色々あったな……

シマキは少し手を休めて、遠〜い目をした。





騒動の始まりは一通の書簡からだった。
穏やかな日差しの中、今日も今日とて里のために全力のシマキはある不思議な気配を感じた……
直後、小猿がいきなり執務室に飛び込んできたのだ。
諸々の段階をすっ飛ばした怒濤の突撃訪問である。
一瞬敵襲かと思ったが、それはすぐに思い直した。
なぜなら小猿は窓からすっ飛びながら入ってきて、たまたま報告に訪れていたバキの顔面に着地し、なにやら満足げな顔でシマキにピースしてきた。
随分、愛嬌のある小猿である。
外から何かの羽ばたく音が聞こてきたので、おそらく鳥類に運ばれてきてそのまま投げ込まれたんだろうな〜と予想。
その時シマキは心の中でちょっとだけグッジョブ!と思った。
(意外と面白いこと好きな風影ってどうよ)

さてこの小猿、なにやら小脇に抱えていた。
よく見ると火影からの緊急の書簡だった。
いくら緊急の用事があろうとも、こんな書簡の送り方はまず無い。
直接執務室に現れ、微妙に小猿が書簡を渡さないように頑張っているのを見ると(なぜか今はバキと書簡の取り合いをしている)、おそらく極内密に風影に伝えたいことがあったのだろうと思う。
(それにしては方法があまりにも杜撰で愉快すぎるというつっこみはスルー)

シマキは、つい最近行った砂と木の葉の大演習の様子を思い起こした。
この間火影を就任したという四代目は、年若いながらも忍たちから慕われ、その指揮もなかなかのものだった。
それに先代よりも年が近かったので、結構話をした気がする。
ついお互いに同じ年頃の子がいることも話してしまった。
(他の里の者にあまり進んで情報を話す訳にはいかなかったのに)
あの穏やかで思慮深そうな四代目が緊急の書簡を送ってくるとは、一体何事なのだろう?
白熱していたバキと小猿の攻防戦を止め、書簡を受け取った。
(その時にはバキと小猿には里と種族を越えた熱い友情が結ばれていた)
書簡を受け取ると、小猿はボフンと煙をあげて消えてしまった。
(バキがちょっと寂しそうな顔をした……まだ若いもんね)

シマキは、緊張した面持ちで書簡を開いた――





はぁぁぁああああ〜
回想していたシマキは組んで机に付いていた両手に額を押し当て、ふっかーいため息を吐き出した。
その書簡の内容ってのが、もう目が滑る踊る流れる。
火影からの書簡じゃなかったら放り投げていたかもしれない。
穏やかで聡明そうな四代目像がガラガラと壊れていった瞬間でもある。
読み終わった瞬間、何も考えずにバキに手渡した。
バキは緊急秘密文書(と思ってた)を渡されたことに驚きつつも素直に読み出した。
すぐに固まった。
(しかししっかり目は動いていたのが哀れだ)

まぁ悪い方向には行っていないようだし、いいか

無理矢理回想をそう締めくくったシマキは、また仕事に取りかかることにした。
この先を思い出すのも結構危険だった。
それにこれ以上回想を続けていると今日は眠れなくなる。

ふぅ

と、一つ息を吐いて気持ちを改め、また筆を手に取った。





コンコン


「ルイナです。大切な話があります」

「……入っておいで」


パタン


こんな時間に大切な話とは……?

シマキは疑問に思いつつもすぐに入室を許可した。
そして手ずからお茶を用意して、机に置く。
何か粗相をしたらいつの間にか迦陵に知られて、言葉の集中砲火を受けるに違いなかった。


「こんな時間にどうかしたのか?」


少女が椅子に腰掛けたのを見ると、シマキさっそく問いかけた。
ルイナはいつもの笑顔を消し、真剣な顔でシマキを見つめた。


「どうして守鶴を憑依させたの?」
 
「!」

「もし、守鶴を制御できない子だったら、どうしてたの?」
 
「……」


驚きに目を見開いたシマキは、しかしすぐに表情を戻すと目の前の少女を見つめる。
少女が守鶴のことを知っていると分かっていたのだが、面と向かって聞かれると結構驚くものだ。
しかし少女はシマキに問いかけていながら、その答えをすでに自分の中で導いているらしく、シマキの答えを待たずに話している。


「奥さんと子どもを犠牲にするの?」

「俺は風影だ。里のためならなんでもする」


それだけだ
そう言うシマキは風影の顔をして厳しい目つきでルイナを見つめた。
妻と子を犠牲にして、何も感じないはずがない。
それが里のためだからこそ、自分が風影だからこそ、耐えている。
そんな思いが目の前の少女に分かるのか!?
幼い少女に向けるべき感情ではないと分かりつつ、シマキはそう思う感情が止められなかった。


「そう……」


ルイナはそっと目を伏せた。
しかしすぐに苛烈な光を目に宿し、シマキをにらみ据えた。


「里のためなら、迦陵を縛ることも、犠牲にすることも、あるんですね?」

「!」


初めて見るルイナの激しい目の光に、シマキは驚いた。
ルイナとは今日初めてあったが、その間はずっとふわふわと嬉しそうに笑っている印象が強かった。
こんな鋭い表情も出来るのか。

集団の主が私情に流されるわけにはいかない、それくらいルイナには分かっている。
かつては自分もそうしてきた。
……だが、それとこれとは話が別だ。
迦陵を束縛するなんて許さない。
迦陵を殺されるなんて、絶対にさせない。
それがこの里のためだと言われても、見過ごせるわけがない。
ルイナは壮絶に美しい微笑を浮かべシマキを見つめた。
幼子が浮かはずもない艶やかで毒々しい、氷のような微笑み。
もちろん目は全く笑っておらず、視線だけで人を殺せそうなほど獰猛だ。

「貴方がそう判断した時が、最後だと思ってください」

何が最後ってそれはご想像にお任せしますが?










目の前の手紙に目を落としながら、シマキは先ほどの会話のことを思い出していた。
今日一日はいろいろあり過ぎだ……厄日か?
本日一番の大ダメージが最後の最後に待ち受けているとは思わなかった。
すでにルイナが唐突に執務室を訪れ、言いたいことを言い切って出て行ってから結構時間がたっていた。

シマキはルイナの脅しともとれる爆弾発言に驚いて固まってしまった。
目の前の少女の表情に衝撃を受けたとも言える。
しかしそんなシマキに頓着することなく、ルイナはまた表情をがらりと戻して話を変えた。
しかしシマキは衝撃であまり話が聞こえていなかった。
伝えたいことを伝えるとすんなりと執務室を出て行ったルイナを止めることも出来なかった。
ハッとした時には一人で執務室の椅子に座っていたのだ。
ふと目の前の机に目を落とすと、用意した覚えのない手紙が置いてあった。
手紙には『今夜の大切な話について』と書いてある。
あー自分が固まって話が聞けなくなることを分かってたんだな、あの少女は
シマキは完全にあの小さな女の子に振り回されていることを自覚した。

明日の夜か……

手紙には明日の夜中に時間を作って欲しいと書いてあった。
迦陵とルイナの力のことを話すらしい。
力とは?
クシナとルイナを部屋に案内した後、シマキはバキを超絶尋問していた。
迦陵のことで他に何か分かっていること(で、自分まで伝わっていないこと)があるのではないかと思ったのだ。 
予想は的中した。
迦陵は我々の予想以上に気配に敏感で、しかもあの守鶴を鎮める力を持っているらしい。
それを聞いて、なんでそんな大変な事を黙ってたんだお前らはぁぁあああ!!というシマキの絶叫が響き渡った。
そしてその鎮めの力は、ルイナも持っているらしいことも。
つい先ほど、国境警備の者から木の葉の九尾襲来事件の情報が入ってきていた。
『九尾が木の葉を襲ったが、九尾は何者かに倒され、里に負傷者はいないらしい』と。

まさかありえない!!
最強の妖魔と呼ばれる九尾が人間なんかに倒され、しかもその襲撃を受けた里に負傷者がいない!?
……ていうか九尾って今日うちの里にいるんですけど!
(アレを九尾と認めたくはないが)

九尾があの少女に従っているのは、何かの契約が成されたからだと思っていた。
(最強の妖魔にどんな契約を持ち出したのかは知らないが)
しかし、九尾が自分を倒した者にこそ従っているのだとしたら?



……ふぅ
シマキは吐息をこぼす。
すでに仕事を再開する気力はなかった。

考えても仕方がない。

――答えは全て、明日に分かる。 








←  ■  →