「聞きたいことがあるんだ」
暗闇の中、幼い男の子の声が響いた。
「迦陵くん、こんな時間にどうしたの?」
「木の葉で何があったか教えて」
クシナの問いかける声を全く無視して迦陵は続けた。
その顔には幼子が浮かべるはずもない、とても厳しい表情が張り付いていた。
クシナは目を瞬かせると、真剣な顔をして迦陵に向き直った。
「ルゥちゃんに、聞いてないの?」
「……あれはいつもため込む」
迦陵は苦いものを飲み込んだような顔をして、そっと顔を伏せた。
そしてまたクシナに視線を合わせる。
「近しい他者の話が聞きたい」
「……凄い子ね、迦陵くんは……」
クシナは悲しみを滲ませたような苦笑を浮かべ、感嘆した声を出した。
迦陵はルイナから事件の話は聞いていた。
だがルイナはいつも色々なことをため込んで、自分の中で解決しようとする。
ルイナにはそうできるだけの強さもあるし、それを信じていない訳ではない。
しかしルイナを大切に想う者にとって、そのことは頭の痛いことだった。
何でも話せとは言わないが、いつでも支えたいと思っているのに。
変なところで頑固なルイナは秘めようとしてことは絶対に口を割らない。
なので何があったのか、何をため込もうとしているのか知るためには周りの状況から判断する。
そして、あの子を支えたい。
それがこれまでルイナを想い続けている者たちの共通の思いだ。
今回は偶然にも話を知れる状況にいるのが迦陵だけだったので、他の二人にもしっかりと聞いておくように釘を刺されていた。
(いつもは迦陵に尋問?担当は回ってこない。毒舌だし)
ルイナの思いを知るには、ルイナをよく知る者が良かった。
それが、クシナだったのだ。
クシナは、こうした迦陵の思惑を薄々と感じた。
ルイナに聞いても肝心なことは分からなかった、だから自分に聞こうとしているのだと。
それにしても『近しい他者』とは全く的を射ていると思った。
ルイナの思いを知るにはルイナに聞くのが一番だが、その本人が大切なことを言わないとなると、ルイナの事に詳しく心情を少しは悟れる者でなければならない。
そしてまた、事件の流れや真相をより詳しく知るものとなれば、木の葉の長の妻である自分は最適だろう。
これらのことを全て考慮に入れた上でこの少年はここに来た。
もしかしたら自分が砂の里に招かれたことに、この少年が関係しているのかも知れない。
少年は、ルイナのこと(性格)をよく知っているように感じられる。
だから思ったはずだ、おそらくあの力が使われたのが、大切な者のためであることを。
そして、幼いルイナにとって、大切な存在とは親のことではないかと。
また、少年は、ルイナが火影の子だと知っていた。
ここで、おそらく事件に一番詳しいであろう火影や火影夫人と、ルイナが大切に思う者(両親)が繋がった。
ルイナが大切にするほどだから、ルイナを大切に思っているだろうことも予想が付いたはずだ。
少年は、ルイナに母親を会わせた。
ルイナの母が身重であると知り、同じく自分の母親も身重であることを伝えた。
身重であることで心を病んだ母親を見て、ルイナが自身の母と会わせたいと思うことが分かったのだろう。
事実、ルイナがそう望んだから今、自分はココに居る。
まるで決められた流れを辿るように自然な流れだ。
おそらく、それもこれも全て……
「迦陵くんはルゥちゃんがとても心配なのね」
「な……!」
迦陵はいきなりのクシナの一言に、驚き目を丸めた。
すぐに口が開いて咄嗟に毒舌をはき出そうとしたが……
「……言っただろ。あれは迷惑の固まりだ」
ぷいっとそっぽを向きながら迦陵は言った。
迷惑と言いつつも、言葉に込められているのは隠しきれない親愛の情だった。
「そう」
その情をしっかり読み取ったクシナは、にこにこと笑いながら答えた。
迦陵の言葉が本心を押し隠して言われていることが分かっているから。
しかしふっと息を吐き出すと、顔を引き締めて話し出した。
「木の葉が襲われたのは――」
「……そう。分かった」
「お役にたてたかしら?」
「うん。十分」
思案気な顔をしながら迦陵はそう答えた。
クシナは里の大事件であり、内容によっては醜聞のタネとなりそうなことも全てこの少年に話した。
目の前の少年が無闇に言いふらすとは思えなかったし『ルイナを大切に思っている』という一念だけで聞いてきたことを分かっているからだ。
「そろそろ迦陵くんは寝なさい。子どもはたくさん寝て大きくなるのよ?」
笑いながら言ってくるクシナに、迦陵は目を細める。
自分がどれほど異常な子どもか分かっているはずなのに、そうして何の含みもなく子ども扱いをするなんて、中々出来ないことだ。
向けてくる笑顔は恐れも怯えもない暖かいもので、自分のことは『娘のお友だち』という位置から揺るぎもしていない。
風影の子でもなく、変わった子でもなく、扱いにくい子でもなく、ただの『子ども』として見られているのだ。
これは、ルイナも大切にしたがるハズだ
迦陵にとってもそれは心地よいものだった。
情に厚いルイナなら、その思いは強いだろう。
迦陵はその場に立ち上がり、クシナに真剣な目を向ける。
事件の真相を聞くことも大切な用事だが、実はここからが本題だった。
「じゃあ最後に伝えたいことがある」
今までとはまた違う雰囲気を出した迦陵に、クシナは不思議そうな目を向けながら続きを待った。
「明日の夜、日付が変わってから。力について説明する」
「――!!」
「力についての『真実』を話す」
「真実……」
驚くクシナを意に介さず、迦陵は続ける。
「あまり何度もしたい話じゃないからね、何人か集めてから話すことになってる」
「……」
「あんたには聞く資格がある」
「……資格?」
「でも、知りたくないなら聞かなくていい。その時は『事実』を知ればいい」
「いえ、聞くわ。だってルゥちゃんのことなんでしょう?」
「……そう」
クシナは悩む様子もなく答えた。
いきなり不思議な力について知れると聞いて驚いたが、知りたくない訳ではない。
だって、愛しい娘のことだから。
その答えを聞いて、迦陵はきらりと瞳を輝かせた。
「クシナさん、合格」
「え?」
「ま、あと二人いるけど頑張りなよ」
「あら……ありがとう」
クシナはいきなりの迦陵の発言に驚いた。
しかしその言葉の意味を知ると、嬉しそうに微笑んだ。
おそらく、自分はルイナと繋がる者の一人に認められたのだ。
あと二人というのは、噂に聞くほかの影の子なのだろう。
(九尾を倒した後、ルイナの元に同じ年頃の少年たちが光と共に現れたことは知っている)
もしかしたら……明日のその場で会えるのかも知れない。
明日の晩が少し楽しみになった――心の奥底にある不安を押し殺して。
火影も来ることを言うのを忘れてた……ま、いっか。
迦陵は部屋に戻る途中に内心呟いた。
いや、それけっこう重要なことだろう!
←
■
→