「……なんだか、寂しい」
ぱちりと部屋の電気を付けて、広い室内を見渡す。
いつもならそこに居る愛しい妻と可愛い娘の姿は無い。
妻の穏やかな声も娘の明るい声も聞こえない、ただ広いだけの空間は彼に寂しさしか与えなかった。
「やっぱり、ルイナちゃん怒ってたな」
ミナトは自分で呟いた声にズーンと落ち込んだ。
確かに置き手紙には『探さないでください』と書かれていたけど、心配で心配でそれどころじゃなかった。
『るっく』という名前を手がかりに探そうと思い至ったのだが、なんだか聞いたことがあるような気がした。
復興の指示を出す傍ら、うんうん唸っていたら弟子に気味悪がられた。
その場のノリで相談してみると、なんと答えが返ってきた。
九尾が倒された時に現れた子どもの一人が、そう呼ばれていませんでしたか?
おお!そう言われてみればそうだ!
と、その時その場に居た暗部を呼び出して、一体誰なのか検討した。
容疑者(違)は雷影の子か水影の子か風影の子だ!
(なんて豪華な容疑者たちなんだ)
間違えたら大問題なので慎重に記憶を呼び覚まし、なんとか風影の子と突き止めることが出来た。
なのでさっそく手紙を書いたのだが……
やっぱり居場所を探されたのがイヤだったのかな?
まぁそれだけじゃないのだが、親ばかには何を言っても無駄だ。
さっきまで老人3人組にトリプル説教を受けたのだが、すでに空の彼方のようだ。
(常識的な言葉を使え、文の長さは必要最小限にしろ、そもそもこんな娘自慢に公式文書を使うな、ていうかこんな戦を吹っ掛けるようなことはヤメロ!などなど)
ドンマイおじいちゃんおばあちゃん!
はぁぁあああああぁぁ
もの凄い重たいため息が漏れた。
『遅かったな、四番目よ』
そこになぜか聞こえるはずのない声がした。
「! なぜ君がここに……九尾くん」
え、もう九尾くんはデフォルトなの?
『母から手紙と伝言を預かったのでな。時間がない、手短に言う』
そう言うと九尾は今までゆったりと横たえていた体をすっと持ち上げた。
『明日の日付が変わる頃、ここに迎えが来る』
『信頼できる者を他に2名』
『それが真実を知ることを許される最低限の者だ』
ああ、ギリギリだったか。
そう言って九尾はうっすらと消えていった。
ミナトはいきなりこの場に居るはずのない者から理解し得ない言葉を投げかけられて固まっていた。
『母から手紙と伝言を預かったのでな』
――つまり、ルイナからなにか用事があったのだ。そのための伝言と手紙。
『明日の日付が変わる頃、ここに迎えが来る』
『信頼できる者を他に2名』
――つまり、明日の夜中に信頼できる者をここに連れてこなければならない。
そして一番引っかかる言葉が――『真実』
スーッとミナトは表情を厳しいものにしていった。
ルイナは生まれた頃から“異質”だった。
賢いだけではない、聡いだけではない、早熟なわけではない、それ以外の“何か”を持つ本当に不思議な子だった。
何かを抱え、何かを恐れ、何かを求めているように見えた。
何かを負い、何かに怯え、何かが欠けているように見えた。
可愛い可愛い娘であり、本当に大切な自分の子、愛する人との結晶。
今までもこれからもずっと大切で、守っていきたい愛しい子。
だけど極たまに、自分こそがあの子に守られているのでは?と感じることがある。
自分が遙かな高みから慈愛の眼差しで見守られているのではないか、と感じることが。
おそらく、九尾の事件で見せた力、あれこそがルイナが持つ不思議と関係しているのだと思う。
そして、あんなことさえなければ彼女はその力を出さずに過ごしていたに違いない。
九尾を一撃で倒し、里中の負傷者を癒す。
言葉にすると簡単だが、成した事は計り知れないほど大きいものだ。
今はまだ里の者も脅威が去ったことを喜び、その力を不思議に思いつつも受け入れている。
しかし、もしそれが自分に向けられたら?
そう考える者が少なからず生まれるはずだ……いや、すでにいるのかもしれない。
力の器であるルイナが幼いこともあり、傀儡にしようと考える者も出る。
……そんなこと、自分がさせないけれど
それにあの時のあの子の顔……忍として最前線に立つ己は何度も見たことがあった。
――あれは、死を覚悟した時の人間の顔
死を覚悟して仲間を守り、敵を討とうとする時の顔に酷似していた。
しかしそれ以上に神聖で美しい微笑だった。
あれは、子どもの浮かべる顔じゃない……!
自身の不甲斐なさに腹が立つ。
自分たちが窮地に立たされたからこそ、あの子は決断を迫られた。
言っていたじゃないか「ぱぱが好きな里」「ままが好きな里人」と。
それはつまり、ミナトとクシナが大切にしている里と里人だからこそ守ろうと思ったということだ。
そしてそれほどの覚悟がいるほど、あの力はルイナに負担のかかるものだったに違いない。
だいすきだった
そう言った時のあの子の顔が忘れられない。
あの顔を思い出すと、絶望に塗りつぶされた心があの子を失いたくないと泣きわめく。
あの場であの子の前で土下座して泣き叫びながら懇願してしまいたくなる。
お願いだ逝かないで僕たちを置いて逝ってしまわないで――!!
「……はぁ」
ふるふる
ミナトは暗くなった思考を打ち消すように頭を振った。
我が子のあんな姿、あんな顔、あんな瞳はもう二度と見たくない。
「ん?」
九尾のいた場所に視線を下ろすと、見慣れぬ封筒が置いてあった。
ああ、九尾くんの預かった手紙はこれかな?
そう思ってそれを手に取った。
そこには可愛らしい―しかし幼子が書くとは思えないほどの整った―字で『四代目火影様、ぱぱへ』と書いてあった。
おそらく火影としての自分にあてた手紙なのだろうが……『ぱぱへ』の一言がこんなに嬉しいとは。
「……」
四代目火影様
先日の九尾襲来の事件の折の力についてお話します。
しかしこの力のことはあまり多くの者に知られたくはありません。
真実を話すのは数名、他の者には事実を伝えて頂きたくお願い致します。
私の都合ではありますが、こちらの用意した場所でお伝えさせて下さい。
また、この時に他の方も同席して頂くことになりますが、どうかご了承下さい。
明日の日付が変わる時、お迎えにあがります。
信頼できる方を数名お呼びしておいて下さい。
ルイナ
ギリッ
手紙を読み終えたミナトは思わず手に力を込めてしまった。
手紙にしわが寄っている。
他人行儀な文章が胸に刺さる。
「あれ?」
追伸
あまり多いと移動が出来なくなるから、連れて行く人は少なめにお願いね。
5人くらいが限界だと思う。
忙しいのに、いきなり決めちゃってごめんなさい。
ママも一緒に聞いてもらうから安心してね。
「はは、やられたな」
小さく折りたたんで入れられていた紙に、ルイナらしい言葉で書かれていた。
それにしても、あんな難しい言葉を使うとは……なぜか代筆とは思えない。
きっとあの言葉もあの子に隠れた一面なのだろう。
それにしても、手紙には5人と書いてあるが、先ほど九尾は2名と言っていた。
……ここはおそらく九尾の方が正しい。
きっと5人でも大丈夫なのだろうが、負担になるに違いない。
とにかく今日中に信頼できる者を2人選んでおかなければならない。
『真実』は2人でも『事実』は他の者に言って良いようだから、本当に信頼出来る者を連れて行くべきだろう。
それにしても……
「どうしてクシナは連れて行ったのに、僕はお留守番なのルイナっちゃぁぁああああんぅぅ!!!」
ミナトの叫びが夜の木の葉に木霊した。
いや、火影がほいほい出かけちゃいけないでしょう復興中なのに!
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