「貴方の子よ。貴方が愛さなくてどうするの?」

泣き疲れた自分の前に現れたのは、自分と同じようにお腹が大きくなっている女性だった。
彼女は自分とは反対に、とても穏やかな微笑を浮かべている。
初めて見る人なのに、なぜかとても安心感を感じた。

「その子を守れるのは、愛で包み込めるのは、貴方だけなのよ」

「もう一つの鼓動を聞いてごらんなさい。とても、暖かいわ」

彼女は自身の腹部に手を当て、とても幸せそうに微笑んだ。
自分は、このお腹から鼓動が聞こえてくるたびにいつも怯えていた。
この子がこのお腹を突き破って出てくるのではないか、と恐ろしくてたまらなかった。

「ねぇ。この子は貴方を選んで、貴方に宿った」

「貴方の命に育まれた、たった一つの命」

目の前の女性は、私の両手を掴んで、私のお腹の上にそっと宛がった。
この子がこの身に宿ってから、そんなことをしたことがなかった。
ただ、ただ、恐ろしかった。
でも今この手を振り払えないのは……。
もしかしたら、いつものようにこの子に恐怖を感じるのではなく、目の前の女性のように微笑んでみたい、と思ったからかもしれない。

「この子はもう、こんなにも貴方を求めている」

「こうして蹴ってくるのは怖い事じゃないわ。貴方に早く会いたいって伝えているのよ」

手に、振動が伝わってきた。
いつもなら恐怖に襲われ、そのまま突き破られてしまうのではないか、と思っていたはずだ。
でも、目の前の女性は、この子が会いたがっているからだと言う。
コンコンと扉を叩いているの?

「あら?」

そう言って片手を、目の前の女性のお腹に宛がわれた。

「貴方の子と一緒ね。この子も早くみんなに会いたがっているんだわ」

また幸せそうに女性は笑った。
今、両手にそれぞれのお腹の鼓動が伝わってきている。
たまに伝わる大きな振動は叩いているのか、蹴っているのか。

「もしかしたらこの子たち、とってもいいお友だちになれるかもしれないわ」

「こんなに元気なんですもの」

ね?と微笑む女性は本当に嬉しそうな表情だ。
ぽろりと涙がこぼれ落ちた。
いつも悲哀と慟哭に流す涙とは違って、とても熱いような気がした。

「お、とも、だ、ち?」

「ええ、お友だち」

掠れて聞き取りにくい自分の声に、目の前の女性はとても楽しそうに微笑みながら答えてくれた。
そしてまた、両手を自分のお腹にのせられた。

「ねぇ、暖かいでしょう?」

「……あたた、かい」

今度はしっかりと感じられた、自身の腹部の熱。
ゆらゆらと悲しみに囚われていた加流羅の瞳に、仄かな熱が灯った瞬間だった。

ごめんね、ごめんね、私の赤ちゃん
今まで怖がってばかりで、ごめんなさい
あなたはこんなにも私を呼んでいたのに
今もとても怖いけど、あなたは私が守らなきゃ
私の赤ちゃん、私の子
とても暖かい、命










「本当に、ありがとうございました」 

そう言って夜叉丸は深々と頭を下げた。
ベッドに眠る加流羅は、いつもの憔悴した寝顔とは違い、とても安らかな顔をしていた。
身重になってからそんな顔で眠る姉の姿を見たのは初めてだ。
夜叉丸は目の前の女性−クシナ−に心の底から感謝していた。

加流羅はルイナが来てから、精神がとても安定していた。
いまだにお腹の中の子どもに恐怖を抱いている様子だったが、半狂乱になって泣きわめくことはなくなった。
夜叉丸は加流羅が恐怖のあまり少しずつ精神を壊していっているのを知っていた。
間近にいながらそれを止める術はなく、ただ側に付いていることしかできなかった。
どんなに慰めようとしても、腹の中の守鶴がちょっと気配を表に出すとすぐにまた精神を病んでしまっていたのだ。
今がチャンスだ。
守鶴が落ち着いて、加流羅が正気を残している内に少しでもその心を癒してあげたい、と思った。
しかしそれも難航していた。
今はもう子が育ちお腹も大きくなっているので、何をしていてもお腹の子に意識がいってしまうのだ。
お腹の子への恐怖を取り除いてあげたいとは思うが、自身も恐れる砂の守鶴の取り憑いた赤子を怖がるな、とどうして説得できるだろう?
どんなに言葉を並べても、自身も恐ろしく思っているのだから、説得が上手くいくはずがなかった。

そして、今日は久しぶりにまた姉が半狂乱に陥った。
(執務室の九尾のチャクラを感じて、守鶴が騒いだのだが)
いつものように宥めるのだが、一向に収まらなかった。
このままでは体の負担になってしまうかもしれないが、強制的に眠らせるしかない
そう思っていた夜叉丸を救ったのが、風影の客でルイナの母であるクシナだった。 

「いいえ。ただ少しお話をしただけですよ」 

そう言って笑うクシナは力強い母の顔をしていた。
夜叉丸は、この人は天の御使いに違いない、と本気で思った。
え、まさかの夜叉丸暴走? 

「なんとか、なった……」 

「まったく。面倒を引き起こしてくれたね」 

女性たちの心の触れ合いを側で見ていた子ども二人も安堵した。
ルイナはこっそり紋章で守鶴を鎮めていたので疲労困憊だ。
迦陵は苛立たしそうに元凶である九尾を睨み付けている。
九尾はやり返したそうだが、チャクラの開放は禁止だと厳重に何度も何度も言い聞かされていたので低く唸るに止めている。
直接お腹に手を当てて鎮めるのとは違い、遠くから鎮めるのは大変だ。
しかも胎児に憑依しているので非常に神経を使った。
しかしせっかくクシナが宥めているので邪魔は出来ない。
と、いう訳で今回ルイナは後方支援に回ったのである。まる。 

「でも、終わりよければ全てよし、だよ」 

「まぁ……もう大丈夫だろうね」 

眠り落ちてしまう直前、加流羅が瞳に意志を宿したのを二人はしっかりと見ていた。
あれは母親が浮かべる慈愛の瞳だ。
まだ守鶴への恐怖が残っているようだが、愛情も持ったのだったらもう大丈夫だろうと思う。
あとは加流羅自身が乗り越えなければいけないことだった。 

「でも、加流羅さんと部屋が近くてよかったね」 

「ああ。そうするように言ったからね」 

「お願いしたの?」 

「丁重にお願いしたよ」 

おそらくそれはもうお願いの域を飛び越えて脅したって言うんじゃないのだろうか。
実際、迦陵はマジで脅していた。 

おぃおぃ、守鶴憑依させてるったーどーゆーことだ、ぁぁああ!? 

といったオーラを背負いながら主張をごり押しした。
シマキは後ろ暗いことが実はバレていたことにかなり焦った。
しかしまぁバレているなら仕方ないか、と開き直った。
それに最近の妻の様子は良好だと聞いている。
(それもルイナのおかげなんだけどね)
迦陵も拍子抜けするほどあっさり許可は出た。
あまりにも簡単に許可がもらえたので、迦陵は逆に腹が立った。
せっかくあんなに本気を出そうとしてたのに。
これを人は逆ギレという。たぶん。 

「……ねぇ、明日の夜のことだけど……」 
「……なに?」 
「加流羅さんは、このまま安静にしていた方がいいよ」 
「そうだね」 
「これ以上は負担になる」 
「……ま、それはあの男が決めるだろ」 
「あの男って! 父親でしょ?」
「ふん」 





“その時”は、着々と近づいている。

まだ誰も知らない、真実が明かされる日が。 








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