「クッ……」 

「四代目、ここは我らに任せてお下がりください」 

「貴方がこの里の最後の希望なのです」 


火炎に吹き飛ばされてなんとか起きあがったミナトは、側に現れた気配に顔を上げた。
そこにはミナトと同じく満身創痍で立つ幾人かの暗部の姿があった。
九尾は勢いを衰えさせることなく、いまだに里を蹂躙している。
すでに多くの忍が命を落としていた。 

ここまでか……

ミナトは内心呟いた。
もうあの禁忌と呼ばれる術を使うことしか道は残されていなかった。
妻もその身に宿る子も己自身も、もしかしたら娘すらも犠牲にしたその方法しか。
里を守るためには、もうそれしか、ない。
しかしミナトは火影である前に、夫であり父でもある。
だから全力で九尾と戦った。
もしかしたら九尾が襲ってきてすぐにその方法をとったら、ここまで犠牲は出なかったかもしれない。
それでも、犠牲になる妻と子を守るために(彼らを犠牲にすることを己自身に納得させるために)ギリギリまで九尾と戦った。

里の希望が僕だというなら、僕の希望は愛しい妻子だったのに

もう己の身に残されたチャクラも少ない。
あの術が出来るギリギリの量だ。
ミナトは悲しげに目を伏せた。
そして次に顔を上げた時には完全に火影としての顔をしていた。
ここまで、一瞬の出来事である。 


「クシナはどこにいる」 

「奥方は第二避難場所に避難されていました」 

「――!! まさか、先生!?」 


ミナトの言葉を聞いた犬面の暗部はすぐに答えた。
しかし側で聞いていた小柄な暗部が驚愕したように声をかける。
顔は隠れているが、声に多分に含まれた感情のせいで面はその意味を成していないように思われた。
しかしその声に気づいていながら気づかないふりをして、ミナトは冷徹に言葉を続ける。 


「ここのこと、少し頼めるか」 

「はい」 

「お任せください」 

「手の空いた者は準備をしていてくれ」 

「御意」 

「そんな……」 


悔しそうに悲しそうに呟く少年暗部。
しかしもうその方法しか残されていないことは彼にも分かっていた。
それは周りの暗部も同じだった。
もしもの時のために、とその術のことは指示されていた。
そんな事態にならないように皆必死に戦っていた。
だが、その想いすらも踏みにじるかのように、九尾は強かった。
そして今にもその場を離れようとしたミナトの耳に、聞き慣れた(だがこの場では聞こえるはずがない)声が聞こえた。 





「ぱぱ」 





「――!」 

「!?」 


舌っ足らずで可愛らしい幼子の声が、不意にその場に響いた。
周りに満ちる悲鳴や戦いの声に押しつぶされてしまいそうなほど小さな声なのに、その場にいた皆の耳に入った。
いきなり戦場に現れたのは幼い少女−火影の娘のルイナだった。
驚いていた暗部はしかし瞬時に己を取り戻すと、その子を避難させようとした。
ミナトは驚いているようだが、一刻の猶予もないと判断したからだ。
しかし。 


「ルイナ! なぜここに――」 


「るぅね、ぱぱのことだいすきだよ」 


また、声が響いた。
少女の瞳は、少女らしからぬ深い色合いをしていた。
今度こそ周りの暗部たちも驚きに動きを止めた。
少女の周りにチャクラとは違ったなにかがゆらめいている。 



「ぱぱがすきな、このさとも」 


「ままがすきな、さとのひとたちも」 


「みんな、すきだよ」 


「だいすきだった」 



そう言って浮かべた笑顔は、幼い少女が浮かべるものとはかけ離れていた。
全てを受け入れた、慈愛の微笑み。
幼子が浮かべるような満開の笑顔ではなく、泣きたくなるほどの美しい微笑。
戦場ということも忘れ、周りの者はただその笑顔に見入っていた。 



「――! 四代目、避けてください――!!」 



不意にこの場の空気を切り裂くように、遠くから声が聞こえた。
固まっていたミナトと暗部たちは、ルイナを視界に入れつつも、その攻撃が放たれるのを見た。
九尾がこちらにその凶悪な口を広げ、灼熱の火炎を放ったところを。 



「――!」 



一瞬の躊躇だった。 

恐らく気づいた瞬間にその場を離れていれば、皆逃れることが出来た。
しかしこの場にはなぜか無防備なルイナがいた。
ルイナを諦めれば、助かっていた。 

しかしこの子は――

その一瞬が命取りになった。
立ちつくす男たちに、紅い波が襲った。 



「「「四代目ーー!!!」」」 



その光景を見ていた忍たちは、最悪の結末に絶叫した。 

そんな、まさか、うそだ

そんな想いが巡るも、目の前の光景が現実だった。
四代目と数人の暗部がいた場所を、今も灼熱の火炎が舐め尽くすように踊っている。
人々は絶望に、戦意を失いつつあった。 





ピカッ 





いきなり溢れた暖かい新緑の光に、人々は目を覆った。
あの九尾でさえ眩しそうに目を細め攻撃を中断していた。
そして光が徐々に収まる。
その光のもとには数人の人影。 


「――四代目!」 

「四代目火影様は無事だ!!」 

「四代目ー!!」 


無事に立つ火影とその周りの暗部の様子を見て、人々は安堵の息をついた。
おそらく先ほどの光は火影様の術で、それで九尾の火炎を退けたのだろうと思った。
チャクラの流れを見ればそんなわけないと分かったが、人々にとって火影が無事であることこそが重要だった。 





『貴様……何者だ』 





喜ぶ人々の声を押しつぶすかのように凶悪な声が響き渡った。
ひどく嗄れていて、低く響き渡る声はどこから出ているの不思議なほどだ。
先ほどまでは人々を蹂躙しながら、狂喜に濡れた哄笑をあげていた声だと気づいた。
何があってもどんな攻撃をされても破壊を止めなかった九尾が、ぴたりとその動きを止め、ひたりとその鋭い視線を誰かに向けていた。 



「もうやめて、うちにかえって」 



そうして恐れ多くも凶悪な九尾に向かって自然なようで不自然なことを言ったのは、幼い少女だった。 


『貴様、先の光は、なんだ』

「かえってくれないの」

『答えろ、人の子』

「どうなってもいいんだね」 


なぜか九尾と少女は噛み合わない会話を続けている。
周りの者はどうしていいのか分からない。
この好機に、九尾を攻めるべきなのかもしれないが、いつにない九尾の様子に手を出しかねている。
火影から指示がないことも不思議だった。

ミナトは目の前の光景が信じられなかった。
自分の最愛の娘が九尾と会話しているのだ、そんな馬鹿な、という思いでいっぱいだった。
それは周りの暗部も同様である。
しかし暗部たちはすでに火影の前に揃って立っており、火影を守る位置にいる。
自分の娘が九尾と会話していたら、それは固まるしかないだろうと思う。

膠着した事態の中で、ルイナがすっと右手を上げた。
幼い容貌には不釣合いな、決意に満ちた透き通るような瞳で九尾を見つめている。
そして、右手を顔の横まで持ち上げ、甲を九尾に向けた。
太陽の輝きを受けて、人には見えないはずのはじまりの紋章が煌いた。
ルイナが言葉を発しようとした瞬間、九尾の驚きに満ちた声が響いた。


『……よもやまさか! 母を宿す者か!!』

「! どうしてそれをしっているの」

『面白い、面白いぞ、人の子! いや、はじまりの子よ! 母がこの地に降り立ったか!!』

「しつもんに、こたえて」

『この地に生を受けて幾星霜。よもや母に会える日がくるとはなぁ!』

「……」

『他の者共も喜ぼう。歓迎するぞ、母よ』

「……」

『さて、このような地におらずともよいのではないか? 我が森に招待しようぞ』

「ふざけんないいからてめぇもしつもんにこたえろこのやろーどんよくなるともー!!」

『ぎゃー!!!』



「「「「え?」」」」



あたりに満ちた赤黒い光に包まれてその場の時は凍るように止まったのだった。








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