きれいに洗ってあげたムクムクは、やっぱりむくむくしていた。


この森には僕よりも小さな動物はいなかった。
いや、大きさで言えば小さい動物はたくさん居た。
だけどみんな僕より年上で、僕はいつもみんなに子ども扱いされていたんだ。

確かに見た目は子どもだけど、中身はけっこう大きいのに

みんなみんな優しくて、暖かいから反発なんかもっての他だけど、ちょっぴり不満に思っていた。
でもこの森に、新しい仲間が出来た。
ムクムクは生まれたばかりだったのに、運悪く母親とはぐれてしまったそうだ。
そしてそこを他の魔物に襲われたらしい。
ムームー言っている言葉を聞いて、人の言葉もしゃべれるインコが教えてくれた。
それよりも僕はムクムクの鳴き声を聞いて、名前とぴったりの鳴き声だと思った。

なんだ。やっぱりムクムクってとてもいい名前じゃない

僕は聖獣に面白いと思われたことを、まだちょっぴり気にしていた。
それにしても、ムクムクが生まれたばかりだとしたら、推定年齢3歳の僕の方がお兄さんだ。
しっかりムクムクの面倒を見てあげようと思った。
ムクムクは小さくて、見た目はちょっと大きめのハムスターのようだった。 




だから、気づかなかったのかもしれない

僕はもう、物語に囚われているということを。 




僕はあの森とは別の森の中で、夜空の中に寂しげにぽつんと浮かぶ月を見ていた。
まるで今の僕のようだ。

ムームムムー!!

腕の中でムクムクの抗議の声がする。
どうやら僕の心の声が分かったらしい。

なにをいってるの?ぼくがいっしょでしょ!?

言葉にしたらこんなところだろうか。
この子だって悲しいはずなのに、僕のことを気づかって心配そうな眼差しで見上げてくる。

ありがとう。大丈夫だよ

僕はムクムクを安心させるためにゆっくりと微笑んだ。
そして腕の中にしっかりと抱き込むと、一定のリズムで優しく叩いてあげた。
僕の笑顔に安心していたムクムクは目をうとうとさせると、緩やかに眠りに落ちていった。


「こんなところで、何をしている?」


静かな森の中、密やかな声が響き渡った。
僕は軽いデジャビュに囚われながらも、驚くことなく声のほうを向いた。
鬱蒼と生い茂った木々の陰に隠れ、その声の主がどんな姿をしているのか分からなかった。

何をしていたのだろうか

そう考えるも、答えは一つしかない。
僕はこの場所であの森とあの聖獣と動物たちを想い、月を見上げていただけだ。
僕はそっと月を見上げ、返事を返さなかった。


「これから、何処かにいくのか?」


これから?

ああ、そうだった。
僕はこれから、何をしてでも生きていかなければならない。
でも、何処に行けばいいんだろう?

あの森以外に、僕の帰る場所はあるのだろうか
あの聖獣の側が僕の居場所だったのに

僕はぼんやりと考えていて、また答えを返さなかった。


「わしと一緒に来るか?」


一緒。いっしょ。

どこまでも懐かしいやりとりに僕は目眩がしそうになった。
優しく抱いていたはずのムクムクをぎゅうっと抱きしめた。
(ちょっと、うめき声が聞こえた。ごめんね)


「その子も一緒に。わしと一緒に、おいで」


僕は何も考えられずに、こくりと頷いた。
それは頷くと言うより、首の力をぱっと抜いたので、まるで俯いてしまったようにも見えただろう。
それでも、声の主には伝わった。


「一緒に、帰ろう」


この時になって初めて、僕の頬を生ぬるい感触が伝わった。
でも僕にはそれが未だに止まらない汗なのか、目から出た涙なのか分からなかった。
それでも僕はその場に立ち上がり、ゆっくりと茂みに向かって行った。

もしかしたら、盗賊の一人かもしれない
もしかしたら、人さらいなのかもしれない

そんなことには全然気づかなかった。
だってさっきから聞こえてくる声は、まるで僕を抱きしめるように包み込むように暖かかった。
それは久しぶりに聞く、嗄れているが柔らかい、人の声だった。


「名は、あるか?」


茂みの中にいたのは、壮健な老人だった。
顔にしわがあり、身体も小さくて角張っているが、身に纏う覇気がその老人を若々しく健康的に見せていた。
事実、身体は老人とは思えないほど鍛えられていて、がっしりとしていた。
僕は老人の言葉にこくりと頷いた。
僕には宝物のように大切で、命と同じくらい代え難い、とてもとても素敵な名前があった。


「なんという?」


僕は老人の目をしっかりと見据え、ゆっくりと口を開いた。


あの森の新入生が、聖獣を見つめるように、真摯に真っ直ぐに見つめ

あの森の聖獣が、新入生を見つめるように、慈愛を込めて瞳を輝かせ

あの聖獣がくれたたくさんの宝物の中でもとびきり大切な言葉を呟いた





「リオウ」





『りりは、ようみょう。りおうこそが、おぬしのしんのな』

あの美しい聖獣は、新入生に向ける眼差しを僕に向けて、言った。

『りりよ、いとしいこよ。いきなさい、いきなさい』

生きなさい
そして、早く行きなさい
聖獣は炎に包まれながらも、瞳に変わらない慈愛の火を灯しながら、僕に言った。





「リオウか、良い名だな」

老人は、目を細めてそう言った。

「わしの名はゲンカク。よろしくな、リオウ」

老人が差し出してきた手に、僕はそっと手をのせた。
片手でムクムクを抱っこするのは大変だけど、そのしわしわの手が、とても暖かそうだった。





この日、僕はリリではなく、リオウになった。

いや、リリでありながらリオウとして生まれたと言った方がいい。

だってリリという名じゃなくなっても、リリとして生きていた時のことはこれから先もずっとずっと忘れないから。

あの暖かな森も、あの聖獣も、森に住む動物たちや植物たちも、ずっとずっと忘れない。





あれ?初めて僕がこぼした言葉はいつ言ったのかって?
先に名前を名乗っているじゃないかって言いたいんだね。
でも、さっき月を見上げている時に呟いたんだよ。

なにこれ、信じられない

ってね。
あの聖獣に真名を教えてもらうまでこの世界のことに気づかなかったんだ。
だって今まで僕はリリとして生きていたんだから、気づくわけないじゃない?
ムクムクだってちゃんと考えて名前をつけたんだもの。

これまで森では、言葉は必要なかった。
聖獣も動物たちも植物たちも、僕の心をしっかりと読み取ってくれた。
瞳にね、気持ちを込めると伝わるんだ。
僕にも段々、みんなの瞳を読み取ることが出来るようになった。
今ではムクムクが何を言っているのかだってちゃーんと分かるよ。





僕は老人−ゲンカクの手をぎゅうっと握った。

そうしたらゲンカクもしっかり握り替えしてくれた。


こうして僕はまた、物語の中の歯車の一つと出会った。 






リリという名前はこういう意味でした。
ちなみに、
リリ→麗々(十二国記みたいな幼名) 聖獣はリオウの魂の輝きがとても綺麗だと感じた。
リオウ→麗煌(美しい光) そして内に秘めた意味として麗皇(麗しの偉大なる王)
『麗』は『り』っても読むんですね、漢字辞典で知りました。






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