☆ こ う こ く 再 誕 秘 話 ☆
長い長い夢を見ていたような気がする。
目を覚ましたときに飛び込んできた景色はとても馴染みのあるものだったので、一瞬、何が起こったのか分からなかった。
自分が引き金を引いた世界の破滅を見た。
空がかすみ大地が枯れ、人々が死に絶え悲鳴がこだまする、崩壊していく世界。
国がひとつ消え、またひとつ消え、破滅の連鎖がついに世界を飲み込んだ。
人々の悲しみの声が連鎖し、まるで自身を責め立てているようだった。
――お前のせいで!!
――お前の愚かな行いのせいで、この世界が!!
――この世界が壊れたのは、お前のせいだっ!!
愚かなことをしていると分かっていた。
だが、それが世界の破滅を招くことになろうとは、誰が予想できただろう。
知らなかった!とは言えなかった。
犯してはならぬ罪の先、愚か者への咎が、まさか世界の破滅に繋がるとは思ってもいなかったのだ。
ゆっくりと滅びに近づいていく国々を見つめ、鳴りやまぬ絶叫を聞き続けた。
国が倒れ、人が死ぬ。
そんな当たり前のこと、自分が犯そうとしていたことを目の当たりにして、今さらながら心を痛めた。
王がいないと、国は荒れる。
そんなこと分かっていた。分かりすぎていた。しかし、それは言葉だけだったのかもしれない。
人々は塵芥を捨てるように死んでいく。人に限らず動物も植物も簡単に命は散った。
なんと惨いありさまだろう。たった一人、王が道を誤ったせいでこれほどの生命が消えていくのだ。
――王がいると天災が減る。それだけで、王は民の助けになっている。
誰の声かは分からない。
だが、痛みを癒すように、言い諭すように優しい声が聞こえた。
ああそうだ。王が立つことは厄災の終わりを意味している。
意味もなく死んでいく恐怖に怯えることなく、穏やかな暮らしを約束される。なんと素晴らしいことだろう。
だから人々は王を望む。厄災を治められるのは王だけだから。
王に正しい治世を求めるのは、その後のことだ。
存在するだけで人々に安穏を与える、それが王。
民の全てがそう考えているわけではない。
しかし、これも事実のひとつであることには変わりない。
……こんな考え方もあったか。
あまりに当たり前。そして楽観的にもほどがある考え方だったから、誰もこんなことを言ったことはなかった。
国を豊かにすることを目指したが、すでにある豊かな国と比較し、全く良くならない自国に苛立ちを覚えた。
豊かな大国に挟まれ、縮まらぬ国力の差を目の当たりにすることに、酷い疲れを感じた。
悩みに悩み抜いて政策を考えても、国は変わらないまま。むしろ貧しさが増した。
その間も豊かさを増す隣国たちに的はずれと分かっている憎悪を抱いて、いつしか尊敬も忘れてただ憎しみを募らせる日々。
誰もが言った。
王の出来が違うから、こんなにも国力に差が生まれるのだと。
国が良くならないのは王が悪いから。生活が豊かにならないのは王が愚かだから。
そうして忘れていったのは、王になった時の初々しい感情だったのだ。
ただ理想を追い求めただけの稚拙な感情こそ、なによりも忘れてはならない王の心構えだったのに。
――この国を豊かにしたい。人々が幸せに暮らせる国にしたい。
真っ赤に染まった血にぬれた世界を見て、再び心に灯火が宿った。
こんな世界を迎えないために。せめて自国の民だけでも救うために。いつしか他国にも救済の手が伸ばせるように。
理想は高く、今度こそいかなる苦難も乗り越えると、この赤い世界に誓ったところで、景色は変わった。
羨むあまり憎しみすら抱いた他国の歴史をかいま見た。
王を支える家族を見た。意見を言い合い、互いに助け合い、王のため民のため国のために行動する。
時には喧嘩をしながら国を形作っていく家族たちの絆は、自身が得たことのない尊いものだった。
数多くの困難を支え合うことで乗り越えている様を見て、思わず納得してしまった。
なるほど、これならば道を誤ることなく、長く治世を敷いていけるわけだ。
――そして、長い治世は長い安寧となり、国の豊かさに繋がっていく。
壊れかけた国を与えられた男の生き様を見た。血潮の中ひとり生き残ってしまった男のはじまりを。
自国よりも酷い国、自分が慰みとしていた隣国よりもさらに酷く、滅びの一歩手前まできている国を初めて見た。
そこから這い上がるのは並大抵のことではなかった。
自分では思いつかなかったような策の数々は、形振り構わなければ救いがなかった証だった。
確かに王としての出来が違うようだ。だが、それはそれぞれのやり方が異なるだけであり、良策は見習えば良い。
――そして、少しでも国を豊かにするため、己を研磨していくのだ。
そうか、そうなのだ。
王ひとりで国を守るのではない。支え合い助け合う仲間がいなければ、王とて道を誤る。
一人で悩むだけ無駄だ。ひと一人の思考などたかが知れている。
多くの意見を見聞き、望みを肌で感じ、それを形にするのが官吏の仕事、王の役割。
王の存在とは国の安寧への扉であり、人々の思いを一つにする導きなのだ。
豊かな国の素晴らしい策は見習うべきだ。
限られた人間の考えに限界があるなら、尊敬すべき先達の善政を学べばいい。
たとえ模倣であろうとも、模倣を蔑まれようとも、国と民が豊かになるならなんということはない。
そこから自身のやり方を模索し、自国に合った形に変えていく。それこそが王に求められること。
新たな世界が開けていく。
狭く閉ざされていた視界に光が差し込む。
今までの自分はなんと小さな人間だったのだろう。過ちの多さにめまいがする。
だが、これからは――
ゆっくりと目を開けると目の前には見慣れた景色が広がっていた。
いつも寝覚めを繰り返す、代わり映えのしない寝台の天井だ。
目覚めの感覚は決して良いものとは言えなかった。大人になってから感じたことのないような脳が痺れるような感覚は、子どものころ眠りすぎた時に感じたもの。
寝坊して頭が重くなるなど、官吏になるための勉強を始めてからは一度もなかった。そんな暇はなかったから。
ぼんやりとした思考の中、夢の中の出来事が少しずつ消えていく。たった一つの言葉、絶対に忘れたくない一言だけを握りしめた。それ以外は両手ですくった砂がさらさらとこぼれ落ちるように、記憶から消されていった。
忘れたくない、とは思わなかった。ただ、何となく少しだけ寂しい気持ちになりながら、消えていく記憶を見送った。
――印象深い夢を見た。
それだけを心に残し、夢を見た事実以外は忘れてしまった。残ったのは、大事に握りしめたこの言葉だけ。
忘れてはいけないものだったような気がする。いや、夢を見て感じたことさえ覚えていれば、夢の内容は忘れても良かったのかもしれない。
そう、夢の内容が重要なのではない。大切なのはこの想い。今まで考えたこともなかったような、だが、今の自分には何よりも大切で大事で重要な、この想いさえあれば。この想いを表すこの言葉さえあれば。
「……、ここ、は……」
「っ主上!」
聞こえた声は、自分のものとは思えないほど嗄れていた。
喉の渇きを感じながら瞳を動かすと、そばに金色の光を見た。
心底安心した表情の塙麟が目に涙を浮かべている。
「お目覚めになりましたか。お体の具合はどうですか? 何か、ご必要なものはありませんか?」
身体を起こす自分に手を添えながら、塙麟は優しい声音で言った。
必要なもの……これからやりたいことはたくさんある。話したいことはそれ以上にもっともっと。
だが、今は体調が万全とは言えない。
喉は渇いたし、お腹も空いた。少々汗臭い気がするから風呂にも入りたい。ついでに身嗜みも整えたい。
残念だが、やりたいことの前にやるべきことが山積している。
その前に一言、どうしても塙麟に言いたいことがあった。
今まで眠っていたとは思えないほど、勢いよく塙麟の肩を掴んだ。
驚いてこちらを見た塙麟の目をじっと見つめ、力一杯カッと目を見開いた。
「これからの巧国は『Let’s go オタク大国vv』をスローガンに、国民一丸となって最高の萌えを追求していこう!!」
奇跡を呼ぶ言葉、萌え!! この言葉さえあればわしはもっと長生きできるふぁっふぁっふぁっふグフォオェ
握り拳を振り上げて笑い狂う主を見て、塙麟は柔らかい微笑を浮かべて素早く右手を振った。
スパーン!!
「寝言は寝ておっしゃって下さいな」
塙王は再び眠ることになった。
同じ室内に控えていた女官は、ガタガタ震えながら部屋の隅にうずくまっていた。
そこからは呪詛のように「私は何も見ていません聞いていません知りません何も見ませんでした聞きませんでした何も何も何も……」と呟く声が聞こえた。
それは、何かが突き抜けて人格が再構成された巧国主従が、巧に(そして世界に)大混乱を巻き起こす数日前の出来事だった。
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