逆行長編の3話目から分岐。





――うん。夢じゃない、現実だ。

目の前でうずくまり、プルプル震える男を見ながら思った。
そして、ゆっくりと瞼を閉じる。


はじめは夢だと思った。
これまでの長い長い人生(途中から神生と呼べるかもしれない)の中で、幾度と無く死にそうな目に遭ったことはあったが、走馬燈を見たことはない。
最後の最期でそれが見れたことは行幸であったが、まさかこの場面から走馬燈が始まるとは。
せっかくなら生まれた瞬間から見せて欲しいものだが、自分の生は人よりも若干長すぎる気がするから、最初から最後まで見るのは大変だろうなぁ。
そう考えるとこの場面から始まるのも悪くない。
だけど、ここからが長い(神生突入☆)のだから、最初から見てもさして違いはないし、やっぱり生まれた瞬間から見たい……

もうちょっと、巻き戻しは出来ませんか?

自分の中でそんなことを考えた時、ようやく夢(走馬燈)にしては様子がおかしいことに気が付いた。
目に飛び込んでくる光は強すぎず弱すぎず、風景はしっかりとした質感を持って目の前に存在していた。
夢といえば、極彩色すぎたり白黒だったり色が滲んだりしていることが多いのに、この世界は現実との差を探す方が難しいほど現実的だった。
同じく、音や匂いに至るまで現実に感じるものと酷似しているとなれば、すぐに異変に気が付いた。

初めての走馬燈とはいえ、これはおかしい。

疑問が浮かび上がった瞬間、夢か現実かをはかる手段として最もメジャーな方法を実践していた。
その答えが今も足に響く鈍痛であり、目の前にうずくまるやたらと派手な髪の男なのである。

……少々確認の方法が乱暴だったのではないか、という可愛らしい意見は浮かび上がってくる前に抹消した。

眠る前、この世で最も信頼し親愛した人間がいた。
それと同じ姿形の者が軽蔑を込めた冷徹な眼差しで見つめてきた衝撃は計り知れず、咄嗟に足が出たのはもう性格だと割り切っている。
現実と判明し、嫌な視線も消した、まさに一石二鳥の良い手であった。合掌。


閉じられた瞼の中には、見慣れた、心安らぐ闇があった。


これからの行動を思案する。
これが現実だとして、様々な疑問に蓋をする。
懐かしいはずの見慣れた教室、目の前の金髪長身の男、こちらを注視している数人の女性。

――だんだん近づいてくる、魔性の気配。

時間がない。

時間がない、時間がない!

ゆっくり考えている暇はない、これからの行動を決めた陽子はカッ!と目を開いた。
瞬きの間の思考だったので、いまだ腹を押さえている黒ずくめの男を見て手を伸ばそうとして――



不意に、ねっとりとした気配を感じた。



「――っ!!」

背筋がゾッとする。
心臓が一瞬動きを止め、次の瞬間には爆発したように動き出す。
陽子はついさっき放った蹴りより何倍も俊敏に、ガバッという音がしそうな程勢いよく背後を振り返った。

頬を汗が伝う。

思考が停止したように身体が動きを止め、これまで背を向けていた黒板の上方を鋭い目つきで睨み付けた。
――驚いて固まっている自分がいる。
――この事態に回答を出すため、己の過去を洗っている自分がいる。
――先ほど決めた行動に修正を加え、新たな行動を決める。
――過去を変えるのかという己の声に、力強く是と応えた。

背後で動きがあった。
ようやく痛みから回復……はしていないだろうが、なんとか折り合いを付けた景麒が立ち上がったらしい。
視界の端には怒りを露わにした男と、興味深そうに笑みを浮かべた少女たちがいる。
男が何かを喚きながらこちらに寄ってくるが、その言葉が己の中に入ってくることはなかった。
それよりも恐ろしい気配が近づいていたから。

もしかしたらあったかもしれない時間の余裕は、自分が固まっていたせいでゼロになったようだ。
窓の向こうから黒い影が豪速で近づいていた。


「危ないッ! 離れろ!!」


言葉と共によろよろと立ち上がっていた景麒を押し倒した。
と、同時に轟音が響く。


ガッシャーン!!


続いて、絶叫と悲鳴が響き渡った。
教室には大破した窓ガラスの破片が降り注ぎ、壁の欠片がパラパラと舞い散った。
遠くから怪物の鳴き声のようなものが聞こえてくる。

素早く立ち上がった陽子は、自分より遥かに大きな目の前の男を引き摺り上げた。
その顔は驚愕に染まり、じっと陽子の顔を凝視していた。
陽子もその顔を、その中にある綺麗な紫の宝玉を見つめ返した。


「貴方はこの建物の上に行って、被害を食い止めなさい。私は後から行きます。いいですね?」


反論は許さない、という意志を込めて、じっと景麒を見つめた。

この時、陽子と景麒は出会って間もない。
そして初対面の時に、景麒は陽子の気弱そうな様子に失望していたはずだ。
それなのにいきなり蹴飛ばされたり、押し倒されたり、命令されたり。
ふつうならこんな人間の言うことなんて信じられない。信用できない。
それでも、今は言うことを聞いてもらわなくては困る。
説明をしている暇はない。だから、命じる。
遠き未来であり、近しき過去である『陽子』の全てをかけて命じた。

景麒は驚愕の顔を消し去り、表情の抜け落ちた顔で陽子を見つめた。
視線が交錯する。
永遠のように思える一瞬のあと、景麒が口を動かした。


「……分かりました。使令をお付けします」


陽子は無言で頷き、右腕を水平にあげ、指さした。
今は遮る物のない、蒼穹に向かって。


「行きなさい!」


言葉が響くと同時に、景麒は走り出した。
それまで感じていた鈍痛も忘れて、命を守るために全力を出すことだけを考えた。


景麒が外と通じる境界線を飛び越えた時、周りで事態を眺めるしか出来なかった数人の生徒が悲鳴を上げた。
突如爆散した教室の壁に驚愕している内に、ボロボロになった教室の中の意味不明な寸劇を見せつけられていたのだ。
そしたらいきなり見知らぬ男の方が、見慣れた制服を着た女(顔に見覚えがある人間は少なかった)に命じられて、飛び降りようとしたら驚くに決まっている。
しかし、その次の瞬間には、落ちたはずの男が変な生き物に乗って上に上がっていくのが見えた。
一瞬しか見えなかった(それくらい早かった)が、驚いて外を凝視していた人間にはしっかりと目にうつっていた。


景麒が走り去った後、陽子はすぐに次の行動を起こした。
目の前の散らかった教室の中から、目的の物を見つけてすぐに拾い上げた。

破けているところも少ないし、これくらいの汚れは問題ないな。
むしろ綺麗すぎるくらいだ。

陽子は数枚のカーテン(の残骸)をすばやくたたんで小脇に挟んだ。


「な、中嶋! これは、これはどういうことだ!!」

「すみませんが説明している暇はありません失礼します」

「お、おい待て!!」


近づいてきた男が手を伸ばしてきたが、素早くかわして駆け出した。
ついでに高速早口で事情説明。内容は全く無いから説明しているとは到底言えないが。
教室の出口に集まっていた野次馬たちは、陽子が視線を向けると快く道を空けてくれた。

廊下に出てしまうと、騒動の原因を知っている者は少ないので、走る陽子を見ても不審に思ったりしない。
むしろ、騒動の現場である教室に向かおうとして、陽子とは逆走している者もいた。
陽子は走りながら身体を叩き、服に付いていたガラスの破片や壁の欠片を落としていた。
この廊下の掃除を担当している人、ごめんなさい。

走って、走って、上って、走って。

屋上に向かう道を走りながら、別の場所に向かった。




扉の向こうから漂ってくる濃厚な気配に、立ち止まった足に再び力をいれ、ドアを勢いよく開いた。
油絵の具の独特の匂いが漂ってきた。
静かに足を踏み入れ、視界を巡らせると、部屋の隅に彼はいた。
今現在この学校に起こっている騒動など気にもとめず、静謐な気配を漂わせる青年がキャンパスに向かっていた。

ドアの開く音に気付いたのか、彼はこちらを向いた。


「……何か、ご用ですか」


整えられた漆黒の髪、同じく闇色の瞳は日本人としては珍しくない。
しかし、彼の色だけはなぜか深い色合いを持っているように見え、纏う雰囲気と絡み合って不気味な気配さえ感じられる。

――ただ人ならば、そう感じただろう。

それは人にとって恐畏の存在だった。
本来なら神聖さを帯びるはずの彼は、本来と180度異なる気配まとっていた。
まとわされていた。
それでも、陽子には分かった。彼の本質が。
穢されたものが何なのか、穢れの奥にあるものが何なのか。


「貴方を迎えに来た」

「……迎えに?」

「貴方が帰るべき世界に、共に行こう。貴方は泰麒、戴国の麒麟だ」

「……」


青年は、目を見開いた後、視線を落とした。
何か思案しているようだ。
『泰麒』という言葉に反応していたようだから、もしかしたら記憶の琴線に引っかかったのかも知れない。

その時、青年の影からおぞましい気配が蠢くのを感じた。
陽子は咄嗟に声を出した。


「私は景王、景王中嶋陽子。泰麒の使令殿、私は泰麒に危害を加えるつもりはない。彼を戴国にお連れしたいだけだ」

『……その言葉、真か』

「誓って。この場所は泰麒にとって良くない。彼をこの場から連れ出してもいいだろうか?」

『……泰麒が望むならば』


ゆらゆらと揺れ動いていた青年の影は、青年のもとに戻って静止した。
青年はその様子を驚いて見ていたが、一つ息を溢して立ち上がった。


「僕も連れて行って下さい」


陽子は頷き、手を差し伸べた。


「時間がない、着いてきて」


青年――泰麒は茫洋としていた瞳に輝きを灯して、陽子の手を取った。
その時、美術室の奥の扉から人影が現れ、手を取り合う2人を見て驚きの表情を浮かべた。
走り出そうとしていた陽子は、一瞬足を止めた。


「高里……?」

「今までありがとうございました」


陽子の気遣いをくみ取った泰麒が早口でそう言い、軽く頭を下げた。
今度こそ陽子は走り出し、泰麒も遅れずについて行った。

あとに残されたのは、キャンパスに残された不思議な絵と、呆然と立ちつくす一人の教師だけだった。




屋上の扉を開け放つと、そこは強い風と炎が巻上がる戦場となっていた。
怪物にしか見えない巨鳥が空で暴れ、大きな犬のような生き物が宙を滑走し、地には巨大なゴリラが数人の人間の前に立っていた。
炎に煽られて輝いている金色に向かって、陽子は走った。


「景麒!」


背後でかなり驚いている気配がするが、かまっている暇はない。
自分の騒動に彼を巻き込むのは大変申し訳ない気がするが、この手を離したらさらに大騒動が起こることは間違いないので、この手は極力離さないことに決めた。

陽子の声に振り向いた景麒は、口を開けたまま固まった。
お得意の無表情が剥がれ落ち、かなり間抜けな表情を曝しながら陽子の背後を凝視している。
驚愕の原因も理由も分かり切っている陽子は、瞳に力を込めて景麒の視界に割り込んだ。


「話は後だ、すぐにここを離れるぞ」

「っ、分かり、ました」


景麒はハッした様子で言葉を絞り出し、何事かを呟いた。
すると景麒の前の空間からゆっくりと翼を持った女怪が現れ――


「待ちなさいよ!! アンタが迎えに来たのは私でしょう!?」

「お、おい、優香、落ちつけって、何言ってんだよ」


ゆっくり現れる女怪の側で、制服を着た少女が景麒に掴みかかった。
隣に立つ青年がおろおろした様子で止めている。
景麒は少女を一瞥すると、すぐに腕を振って顔を背けた。
少女は激高した。


「この世界から私を連れ出してよ! 私の世界はここじゃない!!」

「……主上、こちらをお持ち下さい」


景麒は女怪の抱く剣を受け取り、陽子に渡した。
その様子を見た少女は陽子を睨み付けて、声を荒げた。


「中嶋さん!? どうして――」

「ごめん」


陽子は少女の首元に素早く手刀を落とした。
すぐに少女は崩れ落ち、そばにいた青年が慌てて抱き留めた。


「陽子!? お前、何やってんだよ!」

「君がこの娘を守るんだ、いいな」

「え? あ、ああ」


陽子の強い視線に曝された青年は、うわごとのように返事を返した。
必殺、陽子の強気の説得。強制命令とも言う。
切迫した事態の中で余計な問答に付き合う暇はないので、2人には静かにしていてもらうことにした。
青年を言いくるめている(というほど言葉を発したわけではないが)間にもせっせと手元を動かしていた陽子は、剣から解いた組紐を背後にいる泰麒に渡した。


「これを首からかけて、肌身離さず持っていて欲しい」

「……分かりました」


渡されたのは、美しい装飾のされた剣に吊されていた、宝玉とも呼べる大きな水晶。
泰麒は大切な物を預けられたと考え、しっかり組紐を首にかけ、宝玉を服の中に仕舞った。
その宝玉はぼんやりと輝いていたが、それに気付いたのは陽子だけだった。


「景麒、彼を頼む。すぐに片をつけるから、出発の用意をしておいてくれ」

「……はい」


景麒は、陽子を見つめたり、泰麒に視線を向けたり、わりと忙しくチラチラしていたが、陽子の言葉には神妙に頷いた。
返事を聞いて、陽子は駆け出した。

身体から溢れる闘気、滲み出る覇気が空を駆け上がり、獲物を捕らえた。

これが夢であるはずがない。
我が身を切り裂きそうなほどの風と、焼き付くような炎が舞い踊り、目の前に迫る巨鳥の鳴き声が臓腑に響く。
現実と分かっていながらもほんの少し残っていた夢見心地な己の一部が、やっと地に立つ己自身を認めたのを感じた。
両手に握る剣の感触は真新しい肌触りを感じるが、長い間共に時を過ごした水禺刀に変わりない。
剣を振り回す腕も、地を駆ける足も、かなり動かしにくいが自分のものに変わりない。

戦いの中で生を実感するなんて、全く難儀な性格をしているものだ。

心の中で嘆きながら、ニヤリと笑って妖魔を睨み付けた。
陽子の殺気に戦いた巨鳥は、恐れを振り払うかのように絶叫を上げて突進してきた。
対する陽子は風を切り裂き、炎を消し去り、咆吼を上げて妖魔に刃を突き立てた。



この瞬間、陽子にとって記憶と同じようで全く異なる新しい神の生が始まった。







カッとなって書き殴りました。後悔はしてません。
アニメでは陽子と杉本優香が同じ学校、杉本優香と泰麒(高里要)が同じ学校?ぽいので妄想が炸裂しました。
この後、陽子の波乱の旅路に付き合わされた要くんは見事、常世最凶麒麟として生まれ変わります。
この世界で最も恐いのは、好奇心で突っ走る最強陽子と、懐が深すぎて何事にも動じない最凶泰麒の極悪コンビじゃなかろうか。





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