うっかり購入してしまった『黄昏の岸 暁の天』をパラ読みしながら思いつきました。
明らかに壊れすぎている人がいます(いつものことか)

それでもいいという人は読んで下さい。












「どうか――どうか、お願いです。戴国をお救い下さい……!」

血濡れの女性が声を荒げた。
生気の欠けたその身体から、奔流のように巨大な意志を滾らせて。





陽子は常と変わらぬ体で執務に精を出しながら、その内心は酷く荒れ狂っていた。
しかし激情を押さえ込むことに慣れているので、一欠片もその想いを表に出してはいない。
その様に気付く者はなく、誰もがいつもとかわらないと思っているだろう。
そうして誰に知られぬ事無く、己の不甲斐なさを強く噛みしめていた。

正直に言う。
私は、登極直後のことをほとんど覚えていない。

長い長い気の遠くなるような年月の中、何もかもを詳細に覚えていることなど不可能だ。
ましてや生まれて10数年の頃のことなど、すでに記憶の奥底に沈殿している。
それは10の子に1つの頃を聞くような事、80を迎える者に片手に足りぬ年の頃を聞くような事だ。
登極間もない頃は激動の時だった。
全てに紛糾しながら乗り越えていったが、度重なる事変は容易に記憶を薄れさせる。

つまり事件が多ければそれだけ記憶の底に埋もれるのだ。
どんなに衝撃的で劇的な事件であっても、時の流れには勝てない。
どうしても忘れてしまうことはある。

だから、戴の将軍が訪ねてきたと聞いた時。
記憶の片隅にあるナニカが引っかかったような気がしたが、その全容を思い出すことは出来なかった。











泰麒……
遠い過去というほどでもないが、最近とも言い難い過去のことを思い出す。
長い時の中でも珍しい黒麒麟だった、同胞の友。
彼のことを思い出そうと必死に頭を捻るのだが……

出てくるのは晩年の、腹に一物抱えている黒い微笑のみ。

はじめは優しく誠実な人だった……いや、別に黒くなったからといって誠実で優しくなくなった訳ではない。
しかし何というか、こう……時の流れって残酷だよね、と月に向かって呟いてしまった記憶がある。
気付けば使令が増えていたし、気付けば笑みに種類が存在するようになったし、気付けば……いや、止めておこう、上げればキリがない。
しかしその顔をしっかりと覚えているかと言われると、ちょっと怪しいのは勘弁して欲しい。
何度国の始めと終わりを眺め、何人の王と麒麟と見えたことか。
その中でも一際記憶に残る蓬莱生まれの泰麒とは言え、事細かに全てを覚えているわけではない。

だから、ここは一つ、知っている者にしっかり聞いておかねばならないだろう。










「と言うわけで、泰麒の似顔絵を描いてくれ」

そう言って、陽子は持ってきていたらしい紙と筆を渡した。

「は……似顔絵、ですか?」

「……」

渡されたのは寝台に横たわる李斎と、何故か机についている景麒だった。
李斎の手元には『あ、コレを下敷きにしてね』と言って分厚い書簡が置かれている。
(題名『実録!面白悪戯百選 金波宮編 著者陽子★』)
そして景麒の座する机と椅子のセットは、こちらに来る時にわざわざ虎嘯に運ばせた物だ。
豪華な室内に似合わず簡素な造りをしたその机と椅子は、明らかに蓬莱の学校でよく見られるものに見える。
景麒の大柄な身体では、この机と椅子にはちょっぴり荷が重いようで、微妙にギシギシ鳴っている。

「……主上」

景麒は、不承不承椅子に腰掛け、言われるままに机の上に両手を置いている。
しかし不満を感じていることは一目瞭然、その不機嫌な無表情が語っていた。
声もいささか低い。

「そうだ。今の年齢を想定して描いてくれるとなお助かる」

にこにこにこにこ

陽子は相変わらずの笑顔で、李斎の驚きも景麒の不満も全く気にかけていないようだ。
彼らを不憫に思った虎嘯が背後から声をかけた。

「陽子、いきなり似顔絵ってどういうことだ?」

「ああ、実は泰麒の捜索に水禺刀を使えないかと思ってな」

「!!」

泰麒の捜索と聞いて、李斎はすぐに陽子を振り仰いだ。
景麒も驚きの表情を浮かべている。

「たぶん、水禺刀ならすぐに見つけられる。あれは過去現在未来、さらに千里の先まで見通すからな」

「では……!」

「だが、一つ問題があってな」

喜びに声を荒げた李斎に、陽子が申し訳なさそうに言葉を続けた。

「私は泰麒の姿を知らない。知らぬ者の姿を捕らえるのは難しい。しかもそれが遠く離れた蓬莱ならばなおさらだ」

「あ、それで……」

「そうだ。少しでも見つける可能性を上げるために、似顔絵を描いてもらい、それを参考にしようと思って」

陽子の言葉に、その場にいるものたちは納得したようである。
しかしすぐに李斎が悲しそうに顔を俯かせた。

「すみません、景王……私はこの通り利き腕を失ってしまいましたので、上手く描けるかは……」

「いや、それは私の配慮が足りなかった、すまない。ただ、李斎殿の泰麒の思われ様なら、たとえ利き腕でなくても描いてもらえるかと思ったのだが……」

「はい! それはもちろんでございます!! この李斎、何が何でも可愛らしく稚くあられました台補のご容貌をこの書面一杯に書き表してご覧にいれます!」

「……あ、ああ。頼みました。景麒、景麒も頑張ってくれ」

「……にがおえ……」

その場には熱く燃えたぎる李斎と、放心したように紙を見つめる景麒の姿があった。





「景台補! それが泰麒だとおっしゃられるのですか!? 貴方の目は節穴ですか!!」

「……」

いつの間にか景麒の机は寝台の傍に移動していた。
そして李斎はプルプル震えながら筆を動かす景麒に熱血指導を繰り返している。
李斎の背負う灼熱は囂々と燃え上がり、正直この部屋の室温が微妙に上がっている気がしてならない。

「……李斎殿、私には無理です」

「何を仰いますか! 私にはこのように利き腕が無く、残った手すら体力不足で満足に動かせぬ有様。今は景台補だけが頼りなのでございます! さぁさぁさぁ! あの可愛らしくて純粋で素直で可愛い可愛い泰麒のお姿をココに!」

「……」

李斎は泰麒スキーを存分に発揮していた。

「お前……絵心全く無いな」

「!!」

「というかコレは人なのか? なぜ頭から手と足が出ているんだ……」

「……」

少し部屋を出ていた陽子は、景麒の手元を覗き込みながら言った。
本音をぶちまけすぎて、言われた景麒はショックに目を潤ませている。

「このままでは泰麒が……!! ああ、私が不甲斐なく、景台補に絵心が皆無だったせいで、泰麒はこちらにお帰りになることが出来ないなんて……!!」

「!!」

「さぁ、頑張りましょう景台補! 描けば描くほど上達するはずです!! 5枚目にしてやっと手と足が生えてきたではありませんか。これは大進歩でございますよ。次は顔に鼻を描きましょうね」

「李斎殿……」

景麒はキラキラと輝く瞳を李斎に向けた(無表情はそのまま)
それは工作を褒められた園児が先生に向ける純粋な喜びの表情だ。
李斎も力強い笑みを浮かべ、そっと景麒に筆を渡した。
そうして景麒は暖かい眼差しに見守られながら、真っ白い紙に静かに筆を下ろした。





「……ダメだ。このままじゃ一向に泰麒が見つからない」





2人の邪魔しちゃマズイかなーと思った陽子が入り口近くでポツリと呟いた。
こうして十二国を巻き込んで『景麒のための似顔絵教室!』が大開催された。
無駄に十二国を巻き込んだ景麒への熱血指導は、『あ、私も泰麒を見たことがありますよ』そう言ってサラリと描き出された鈴のメチャクチャ上手な似顔絵の前に静かに幕を閉じた。






最初はちょっとだけ真面目に書いてみようと思っていました。
でも、やっぱりさっさと書きたいところを書きたいと思ってしまい……。
最後は無理矢理しめましたが、普通に考えてこんな終わり方ないはず。
でもなんか面白いからそのままです。後悔はしていない!!笑





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