本日の朝議もいつもと変わりなく進んでいた。
いまだ荒廃が目立つので復興を最優先に、様々な対策を施行していた。
陽子は浩瀚の奏上を聞きながら様々なことを考えていた。
(ああ、あの政策は分かりにくい問題点があるのだが浩瀚は気づくだろうか)
(あの官吏はまだ悪さをしていそうだな)
(この前入った女官はおそらく刺客か。一体どこの州候が送ってきたのか)
(あの地域には独特の風習が在るからその政策では難しいだろう)
一度に色々なことを考えるのは、長い時をかけて身につけた特技の一つだ。
初めは今日の朝食のことを考えながら朝議に出ていたことがきっかけなのだが、ずいぶん進歩したものだと思う。
陽子は官吏たちをつぶさに観察し、述べられた政策に対するあらゆる利点と欠点と改善点を考えていた。
……考えているだけで、口に出したりはしない。
よく分かっていないフリをしながら、官吏たちが意見を出す様子を見ていた。
人材を育てるには、陽子だけが全てを執り行うわけには行かない。
今の陽子になら、以前にかけた時間の半分にも満たずに復興を終え、さらに発展させることが可能であろう。
しかしそれでは真実、国としての成長がなされているとは言えないのだ。
その地に生きる全ての者が必死に考え、必死に生き、必死に己を成長させることが国としての成長として実を結ぶことになる。
特出した者が全てを決めてしまうのは逆に怠慢を招くことにもなる。
(やはり浩瀚はこの時からとても有能だな)
(ん? あの官吏は大丈夫か、寝ているぞ)
(あの女官はしばし泳がせても大丈夫だろう。というか刺客はしばらく放置していると何時の間にかその役を捨てているのだがなぜだったのだろう?)
(ほう、この問題点に気づいたか。やはりこの者にも将来性があるな)
(そういえば今日の朝食の胡麻団子は美味しかったな。やっぱり餡子は漉し餡だな!)
(……ん?)
陽子は、表面上は真剣に、所作は初々しく、しかしにじみ出るのはよく分からない雰囲気をという新王擬態セットを無意識に出していた。
一瞬で脳裏を駆け巡る思考は見事なものだが、誰にも気づかれていない。
しかしその高速回転を止め、陽子は珍しく思考を止めてしまった。
そして表面上にも若干の変化が見られ、動作が止まっている。
(今まで律儀に頷いたり考えるしぐさをしたりしていた)
「……あれ?」
陽子は今度は小さな声を出した。
いまだに浩瀚の奏上は続いているが、日ごろならありえないことに陽子の耳には届いていない。
陽子の小さな声が聞こえる位置に居た景麒は、ちらりと横目で陽子を見た。
いつもは新王とは思えないほど飄々とした雰囲気を出すことがあり、いまだによく分からない自分の主の心配は欠片もしていない。
(己の主のことだ、陽子が隠れて最強なのには薄々気づいている)
「……んん??」
しかし陽子の様子を見た景麒は、常に無い主の様子に目を見開いた。
陽子は本当に何かが分からないようで眉根を寄せて虚空を睨みつけていた。
……いつもは分からなさそうに聞いている政策について、二人だけの時は怒涛の勢いで考慮すべき点と問題点と改善点を上げ連ねる陽子が、である。
これはいよいよ何かあったのだろうか?
「主上、何か気になる点がございましたか?」
どうやら常に無い陽子の様子に気づいたのは景麒だけではないようだ。
浩瀚も心配そうな眼差しで陽子を見ている。
(ちなみに彼は現在の陽子崇拝者NO1である)
他の官吏たちの中には、またか……、これだから胎果の王は、といった目で見てくる者も多かった。
しかし、いつもの分からないフリの裏の主上の底の見えない思考を知らないからこそ思えることである。
「……なにか引っかかるような……まてよ、そうだ。粒案と漉し餡はどっちが美味しいか……それで、茶会の時間の話になって……仙水の質を上げるためにどうするか……んん?子を求める夫婦のことで喧嘩になって……あれ、天綱の言い合いが……甘いものの食べすぎを……」
陽子は周りの注目に気づかないように小さな声でブツブツと何事かを呟いていた。
しかし陽子の声は澄んでいるので、小さな声でも音の無い朝議の間にはかなり響いていた。
官吏たちは蔑む様な視線で陽子を見る者もいれば、呆れたように見ている者もいる。
いきなり朝議の途中に呟きだしたことの内容が悪かった。
浩瀚は呆気にとられたように見ているが、景麒は米神がピクピクしていた。
いきなり何か悩みだしたと思ったら『粒案と漉し餡』?心配して損した気持ちで一杯だった。
しかし呟きの中にはよく考えれば凄い内容も含まれていたが、誰も気づいていないようだった。
景麒が怒りの表情で陽子に話しかけようと息を吸った瞬間。
陽子は勢い良くその場に立ち上がった。
「……!! 思い出した、私は――」
『陽ちゃん! 見つけたー!!』
カッ!!
いきなりその場に光が差した。
朝議の間の虚空から突然生まれ出た光が、陽子を包み込んでいる。
「!! 主上!」
「主上!?――扉を固く閉じろ!!」
「な、なんだ!?」
「一体何事だ!!」
景麒は青ざめて陽子を包む光に触れようとするが、まるでガラスのように景麒の手を拒んだ。
日ごろの無表情を捨て去り、泣きそうな顔で何度も光の壁を叩いている。
浩瀚は突然の異常事態に一瞬の硬直を見せたが、すぐ下官に指示を出した。
何が起こったのかは分からないが、とにかく事を広めるわけにはいかなかった。
他の官吏たちは立ち上がりおろおろとするだけだ。
数名は陽子の傍に走りより、光の様子を調べたり光を破ろうとしている。
一瞬の出来事で人々の内面がしっかりと現れている。
“――!! これは”
陽子は驚愕に目を見開いたまま上空を見ている。
その声は光に遮られているのか、少し変質して聞こえた。
「「「「!!!」」」」
「主上ー!!」
人々が光の傍であたふたしていると、光の様子が若干変わった。
そして陽子がふわりと宙に浮くと、そのまま上に浮上していた。
まるで、光に連れて行かれそうに見えた。
「主上! お待ち下さい!! 主上ー!!」
景麒は声の限り叫んでいた。
この主が光に包まれてから、王気が遮られたように感じられなくなった。
このまま二度と陽子に会えなくなるのではと、心が悲鳴をあげていた。
そしてその様子が諸官の不安を誘っていた。
(日ごろ無情無口無表情の男が泣き顔で絶叫してたら何事かと思うだろう)
その様子が目に入った陽子は、驚愕の表情を憤怒に変えた(怖っ!)
そして上空を睨みつけると勢い良く右手で手刀を放った。
「っはぁあ!!」
腹の底から気合の入った一声は、ビリビリと空気を震わせた。
そして手刀からは見間違えの無いほどの鮮やかな光が放たれた。
その光が、陽子を包む光の筒を切り裂いた。
自由になった陽子はうまく着地して、そのまま虚空を睨んだ。
「じゅじょ〜!!」
しかしその陽子の腰に顔も声も総崩れさせた景麒が抱きついた。
景麒は相当心配したようであるが、キャラが壊れすぎだった。
近くに居た官吏たちは思いっっっきり引いていた(少しずつその場から離れていっている)
(なにやら不審な光は無くなった様だし)
「よしよし、ごめんな。景麒、景麒、もう大丈夫だよ」
しかし陽子は動じた様子もなく腰に縋り付く景麒の頭を撫でている。
……この王は器の大きな方なのかもしれない
意外なところで官吏たちの意識改革が起こっていた。
そんなびみょ〜な空気が流れていた空間に突如声が響いた。
『酷いよ、陽ちゃん!』
その声を聞き、その場にいた者は声の聞こえた方へ勢い良く振り向いた。
その場の空中に人影が浮いていた。
なぜか顔が良く見えないが、少年くらいの男の子が豪華な衣装に身を包んでいた。
「貴様!! 何者だ!」
「妖か!?」
「どうやってこの場に入った!」
「先の光はお前の仕業か!」
それを見てさっきまでは驚いて固まっていただけの面々が騒ぎ出した。
その人影の正体を知ったらその勢いのまま自害しそうなほどのセリフを吐きながら、人影を睨みつけていた。
『やっと見つけたよ、陽ちゃん。ねぇ……もう帰ってきてよ』
グスンと鳴き声交じりで人影は言った。
無能官吏たちの追及は総スルーで小気味のいいほどの完全シカトだった。
叫んでいた官吏たちは、人影の後方からさらに罵声を浴びせているが、無視され続けている。
人影の前方に居た陽子と景麒と浩瀚以下能吏たちは静かに人影を見つめていた。
陽子は懐かしそうに目を細めながらも、若干呆れ混じりだが。
人影が現れた瞬間、それに使令を差し向けようとした景麒を陽子が止めていた。
なので周りの官吏も人影はそれほど危険ではないのだろう、と予想していたのだ。
(かなりの異常事態でしかも主上を連れ去られそうになりつつ今も連れて行かれそうな雰囲気がただよっているが)
「天ちゃん、いきなり連れ去ろうとしただろ。それはダメだよ」
『だって、陽ちゃんに会いたかったから……』
この人たちは『天ちゃん』『陽ちゃん』と呼び合う仲のか……
どうでもいいことに思考が支配されつつも官吏たちは事態を諦観していた。
(叫んでいた者たちも相手にされないことを悟って不満そうに見ている)
浩瀚は歯軋りしそうなのを耐えていた。
我が至上の王を『陽ちゃん』と呼ぶなどと……!!と怒りを押し込めているようだ。
景麒はいまだに陽子の腕の中にいる。
せっかくだからとこの体勢をキープしてうっとりしていた。
「……なんで喧嘩してたのかももう覚えてないし、帰ってもいいが……」
『なら!!』
「主上! 我々を置いてどこかに行かれるのですか!?」
「主上!?」
陽子の言葉にそれぞれの反応が返された。
人影は嬉しそうにしたが、官吏たちは衝撃を受けた顔をしている。
景麒も陽子の腕の中から出て立ち上がった。
「でも、そんなことできない。それは天ちゃんがよく分かってるだろう?」
『……ふふふ。さすが我が妻よ』
陽子はキラリと光る眼差しで人影を見上げる。
人影は今までの幼い様子を一変させて老獪な雰囲気を纏いながらクツクツと笑っている。
その表情は(顔は見えないけど)満足げであることが伝わってきた。
しかしお互いに分かり合っているらしい二人以外の周りのものには、衝撃的過ぎる一言が脳内をグルグル回っていた。
(妻!?)(つま!)
(妻とはどういうことだ!)
(奥さん!?)(主上は人妻!!?)
「お待ち下さい妻とはどういうことでしょうか王は婚姻出来ぬはずです(しかも貴方は人かどうかも分からわかりませんが)主上は即位以前に婚姻してはいないご様子でしたが妻とは婚姻関係の男女のことですか(というかそもそも貴方は男性なのですか)どういうことですかどういうことですかどういうことですかご説明下さい」
浩瀚は無表情を貼り付け、声をおどろおどろしく低めて一息で言い切った(凄い肺活量だ)
ゆらりと立つ様は幽鬼のようで、目がギラギラと妖しく光っている。
しかも括弧の中の言葉は口にしていないがなぜか皆の心に響いてきた。
凄い技だ。
しかし実は浩瀚はこの人影の正体に薄々気づいていながら、こんな怒涛の尋問を行っている(括弧を用いた突っ込みはいちおうの配慮らしい)
さすが主上至上主義の本領を発揮している。
さておき。
『良い臣よな、妃よ……ふふ、陽ちゃんならそう言うって分かってたよ。ちょっと驚かせようかと思って』
しかし人影はかなりのツワモノだった。
幽鬼と化した浩瀚の呪詛塗れの言葉を軽〜く聞き流すと、楽しそうに陽子に見つめる(何度も言うが、顔は見えないけどね)
その時には老練で強大な雰囲気は納まり、逆に面白がって言うような気配さえする。
陽子はその言葉を聞いて呆れた顔で言葉を返した。
「天ちゃんがこうしている間にも、誰かが天綱を破ったらどうするんだ。それに子宝を願う夫婦は世界に何万といるぞ」
『送生と送子は今も頑張ってるから大丈夫だよ』
「……いや、王母が困るから早く帰ってやれ」
会話の内容はよく考えなくても壮大なものだった。
『天綱』『子宝』『送生と送子』『王母』
これらが導くこの人影の正体とは?
陽子の周りに居た者たちはその正体(正体と表すのも畏れ多いが)に思い至り流れる冷や汗を隠せなかった。
そしてその目は隠し切れぬ畏怖に彩られていた。
人影は『ええー?』という不満そうな顔を(いや、見えないけど)していたが、反論する気はないようである。
今までの軽い気配をまた奥深く偉大なものに変化させた。
それに合わせて陽子も深遠で暖かい気を漂わせた。
(――! な、なにが……!)(う、あ)
(くっ……!)(空気が、)
その場に居た官吏たちは二人(ひとつは影)の纏う空気に完全に圧倒されていた。
離れた場所に居た官吏たちはそのまま気を失い、陽子の周りにいる者たちは辛そうな顔で耐えている。
そして人影と陽子は見つめあい、荘厳な空気を出す。
『薄情であるぞ天妃よ。まぁよい。またいずれ見えること心待ちにしていよう』
「哀しまれるな天帝よ。我が心常に傍らにありましょう。またいずれ」
放たれる言葉は、人の用いる同じ言語とは思えないほどの神聖な音をもって周囲に響き渡る。
『「すべては愛する世界のために」』
その想いこそが互いを繋ぐ絆だった。
そのまま帰るかと(消えるかと)思われた人影は、何かを思い出したようにまた話し出した。
その時には人影と陽子を包んでいた神聖な雰囲気は霧散しており、暖かい想いの余波のみがその場を満たしていた。
耐え切った者たちは肩で息をして二人を見守っている(もう口を挟む隙も無い)
『ああ、この子を連れてきたんだった。凄く寂しがっていてね。天麒よ、此方に』
「――! ……」
今まで漂っていた人影の傍に、また新たな人影が生まれた。
天上からキラキラと降り注いだ暖かい金色の光がふわりと収束し、美しい青年を模した。
こちらの人影はしっかりと顔も確認することが出来た。
それを見て陽子は驚愕に目を丸め何事かを呟く。
しかし何もその青年の影を見て驚いたのは陽子だけではなかった。
浩瀚たち官吏も息を止めてその青年の影を見ていた(今まで荒い呼吸をしていたのにいきなり息を止めたので、おそらく数瞬後にはまた逆戻りだろう)
景麒は驚き顔を蒼白にして固まり、口から言葉にならない掠れた息をもらした。
『心配致しましたよ、陽子。お会いしとうございました』
人々の驚愕の視線を一身に受けながらも、その人影は意に介さない様子で穏やかに言った。
白皙の美貌、傾国の美と言われた美しい尊顔を愛おしそうに嬉しそうに微笑ませ、瞳には溢れるほどの敬愛をのせて。
『これからは私も傍に』
そう言った青年の影は、驚愕に固まったままの景麒に近付くとふわりとその輪郭を溶けさせた。
青年がまた光になり、景麒を包み、景麒に吸い込まれるように消えていく。
「――!! こ、れは……なぜ……しゅ……ようこ、さま……」
景麒は目を虚ろにさせ虚空を見つめたまま涙を流した。
口から漏れる呟きは無意識のもので、本人にもその意味が分かっていないだろう。
周りは次々と起こる予想のつかぬ展開を静かに見つめていたが、景麒の泣く様にはまた驚いたようだった。
(さっきから驚きの連続だが)
そして景麒は涙を流したまま陽子の方に倒れ込んだ。
陽子は危なげなくその身体を受け止め、愛おしそうにその泣き顔を見つめた。
それを見て人影も安心したように頷くと、楽しそうな声を上げた。
『じゃあね! 国の発展を見守ってるよ』
「ああ。寝ぼけて蝕ばかり起こさないようにな」
その声を最後に、人影は虚空に吸い込まれるようにして消えていった。
こうして人々を混乱に陥れた騒動のタネは消えて行ったのだった。
その場には神妙な沈黙が流れていた。
書いて楽しんで満足する作者の自己満足シリーズ第二弾(笑)
まず天帝を捏造、陽子の未来を捏造、景麒の未来も捏造、とにかく突っ込み所多すぎですが楽しかったので無問題です!
こんな感じのバレネタ好きなんですよね……でも自家発電してもあんまり面白くないです。
やっぱり尊敬する作者の皆様の素晴らしい作品を読むのが一番楽しいです。
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