「私は景の女王として、この国のために尽力しよう」
陽子は目の前に居並ぶ百官を見渡しながらそう言った。
――ひっそりと“女王”という言葉を強調して。
そして陽子の言葉を聞いた百官のほとんどは、表に出さずとも落胆の思いを抱いていた。
『慶は女王に恵まれない』そう市井でも言われるほど、近年慶に即位した女王は治世が続かなかった。
しかも先代女王の禍根がいまだに生々しく残る現状では、その思いは強くなっていた。
陽子の言葉に落胆した者たちはそのことを思い出し『この女王も今までの女王と変わらないだろう』と失望していたのだ。
――それが、陽子の思惑であると知らず。
しかし百官の中にも聡い者はいた。
麦州候浩瀚もそのうちの一人だった。
彼は周りのものが言葉もなく落胆した雰囲気を出す中、少女の言葉に不審を覚えていた。
少女王である陽子の決意の言葉は明け透けすぎるような印象を受けるが、その年齢を考えれば相応しい素直さであるとも言える。
なんらおかしな点はないような気がする。
だがいくら少女であるとはいえ、今の慶の状況くらいは知っているはずだ。
先王の禅譲の顛末や、慶が女王に恵まれなかったので民も官も女王を望んでおらず、自身が初めから危うい立場にいることを。
しかも海客であるという大きな壁もある。
それなのに、なぜこのような場であえて“女王”という言葉を口にしたのだろうか。
もしかして、わざと口にされたのか……?
まさかと思いつつ浩瀚はそっと少女の顔を盗み見た。
周りに居る官のほとんどの者は落胆したように目を伏せているか目を閉じている。
今、主上の様子を窺っている者は無きに等しいと言ってもよい状態だった。
――!!!
陽子を目に入れた浩瀚は息を呑んだ。
玉座に座る少女は、鋭い光を放ちながら官たちを見ていた。
つい先ほどまでは緊張しながらもそれを必死に押し隠し、王として在ろうと気を張っている少女にしか見えなかった。
儀の最中の様々なことにそっと驚き、言葉を出す時は(間違えてしまわぬように)丁寧に話し、官の言葉を聞く時は初々しい様子で真剣な表情をしていた。
それらは少女の反応として、全く違和感がなかった。
しかし、この瞬間この少女が纏う空気は、まるで師が弟子に試練を与えている時と酷似しているように思えた。
その表情は(はっきりと見えないながらも)生徒の反応を見逃さないように真剣で、答えを待っているかのように暖かい。
とにかく、少女は新王から一気に名君へ変化したかように取り巻く雰囲気が変わっていた。
それに驚いて珍しく驚きに固まっていた浩瀚は、ふと少女と目が合ったような気がした。
そして少女は浩瀚のほうを見ながらにこりと笑った。
「――!」
今度こそ心臓がとまりそうなほど浩瀚は驚いた。
目の前の少女の笑顔は、一見若い女性なら誰でも浮かべそうな輝く笑顔と言えた。
しかしその一瞬前の真剣な表情を見ていた浩瀚には、違った意味を持った笑顔に見えた。
『正解ダ。ヨク分カッタナ』
まるでそう言わんばかりに楽しげで、気づかれたことへの喜びを含み、正解を祝う母のように暖かい微笑だった。
つまり、先ほどみなが油断した一瞬だけ見せた深く暖かい空気を纏った姿こそが彼女の本当の姿であり、我々を試すためにあのような言葉を出して反応を窺っていたのだ。
その笑顔を理解した一瞬後にはその表情は消え、今まで見てきたように初々しい少女王の姿に戻っていた。
――その必死な姿には好感を持てるが、どうしても“女王”であることを意識せざるを得ずに失望を内に感じてしまう姿に。
面白い。今の主上のご様子に気づいたものが如何ほどいようか
浩瀚は奥底から湧き上がる歓喜を感じていた。
自分は、直感で刹那的に不審を感じ主上を窺い、一瞬の素顔を見ることができた。
その一瞬の綻びすら主上の策の内のはずである(その一瞬を見るまでは自分ですら主上の擬態を見破れなかった)
あの一瞬を見れた者はおそらく『有能で国のことを思う官吏』のみ。
咄嗟に不審を感じることの出来る聡く有能な者。
その判断が出来たのは噂に流されず真実を見ようとしてた者。
そして国を思い今度の王こそお支えしようと王のご様子を真摯に知ろうとしていた者。
あの言葉に嘲笑と安堵を感じていたのは、己の欲望に溺れこれからも傀儡の王にしようと画策していた者。
そしてその者たちに権力をかさに脅され協力していた者は、初々しい王を直視出来ぬ後ろ暗い思いを抱いていたはず。
こうして主上は少女王の擬態をして確信的な言葉を放ち一瞬の素顔を見せることで官吏たちを選り分けた。
おそらくその時の百官の反応をつぶさに見ていたに違いない(そしてもしかしたら皆の反応を記憶しているかもしれない)
まさか、海客であり、真実17歳という若さであるらしい少女がそのような策を用いてくるとは。
その情報すら金波宮内をまことしやかに囁かれる噂話によるものだ。
『今度の王はまた女王ですってね』
『しかも海客なんでしょう? こちらのことはよく分からないと仰られていたわ』
『まぁ、本当に大丈夫なのかしら?』
『とても誠実そうな方だったけど、いつも緊張されている様子だったわ』
『ああ、そういえばあの衣はもう用意した?』
『今から向かうところよ。やはり王と言えど女性ね。美しい衣や飾りにたいそうご執心のようだったわ』
『ふふふ、それが許されるお方なのだもの。仕方ないわ』
王を世話する女官たちの言葉は、そのままその王の評価へと繋がっていく。
恐ろしい速さで宮を駆け抜け、どんな下官もそんな王の様子を知ることになった。
この場に集まる官吏はみなその噂を聞いているだろう。
だからあの王の様子に何の違和感も不審な点も感じなかったのに。
それすらも策の内ということか
浩瀚はこの時この場に居て主上の一瞬の素顔を見れたことに、今まで感じたことがないほどの喜びを感じていた。
主上の策を知ることが出来た己への誇りも湧き上がってくる(主上が策と分かるように示してくれたのだとしても)
この王こそ、私の仕えるべきお方。
このお方こそ、私の持つ全てを捧げるに相応しい、私の王。
やっと見つけた……!!
浩瀚の身の内を熱い想いが駆け巡った。
今まで多くの者に切れ者よ聡い者よと賛辞を受けてきた。
事実、自分自身でも自分のことは愚かではないと自負していたし、それなりの努力をしてきたつもりだ(例えそれが他のものより効果を上げ、一足飛びに優秀になっていったとしても)
しかしそうして全てのことを見通せるようになると、気づいたら世界が色あせて見えるようになっていた。
仕えるに足らぬ上司、腐敗しきった国の上層部……それらに心の奥底では嫌悪の思いすら感じていた。
なぜ心細く感じている女王を真にお支えして差し上げないのか。
こんなにも国と民は疲弊しているのに、どうして己の欲望ばかりを満たそうとするのか。
浩瀚が女王を支えようと行動を起こしても、朝を支えようとしても、それを察知した愚劣な官吏たちに阻止された。
いくら浩瀚とはいえ、朝の頂点であるあの男―靖共―に対抗するのは難しかった(有する才は勝っているが、地位と権力の差のせいで後れを取っていた)
浩瀚には、少しずつ暗躍し人材を集めることと、己が治める麦州を正しく統治するしか術はなかった。
次の女王がこれまでのように朝廷の官吏たちに飼い殺しにされ、またしても国と民を疲弊させていくとしたら。
その予想は実現される可能性の高い未来として存在した――靖共が冢宰にある限り。
あの油断ならない男なら言葉巧みに自分を信用させることは容易く、それが少女でしかも海客であるとしたら確実と言っても良かった。
そうなるくらいなら――
国と民のため、この命をかけて主上のお心をお救いしよう
浩瀚はそう決心していた。
自らも偽王を打ち倒すために前線に立ち、己が力で麒麟を助け出した王にならその甲斐もあると信じて。
しかし。
主上は自分の予想を遥かに上回るお方であった。
慶の国を安寧に導き、民に安息をもたらす……そして官には仕える幸福を与える至上の王。
この時ほど天帝の存在を強く意識し、感謝したことはないだろう。
主上を慶にもたらしてくれたこと、慶が主上を引き寄せたこと、主上が慶を選んでくれたこと……そのどれもに感謝したくなった。
このお方に終生の忠誠と敬慕の念を
浩瀚は無言の誓約を目礼に乗せて放つ。
それは自身の中だけの儀式であったが、浩瀚はまたも主上の視線を感じた気がした。
そちらに目礼を終え目を向けると、なんと主上はその意を汲み取ったかのようにまた、薄く微笑んだ。
『許ス』
――そう、声が聞こえた気がした。
天より使わされし我らが母よ
浩瀚はこの後、長い間主上にお目通りすることは適わなかった。
それらは朝を牛耳る悪官の手回しのせいであり、それを心配する部下のためでもある。
しかし浩瀚の胸に宿った忠誠はどんなことがあっても揺るがず、主上と再び見える時にまたその思いを強くするのである。
原作でもアニメでも絶対に有り得ない話です。(書いた後で気づきましたけどね!!涙)
本当なら浩瀚は謹慎中ですもんね……ホントなんで書く前に気づかなかったのか……↓
結構頑張って書き上げたので、ちゃっかり上げときます。
実際原作時の陽子にも覇王の資質があったわけだし、妄想覇王陽子なら一瞬で能吏を虜にしそうです。
この浩瀚に言いたい『そりゃーこの陽子は貴方に王様教育されてますから!笑』 浩瀚の理想像に近いのも必須?
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