「なぁ陽子……聞きたいことがあるんだ」
「ああ、なんだ楽俊?」
「おめぇ、ホントにただの海客か?」
「ははは! 今さら何を言っているんだ?」
陽子は戦利品を片手に爽やかに笑った。
「ああこれ、楽俊にお詫びだってさ」
「……」
キラキラ輝く笑顔と共に渡されたもの。
それは。
「まさかこんなにたくさん饅頭をくれるなんて、あの店主は太っ腹だな」
その店主は背後で泣いていた。
「あ、ねぇ楽俊。あれ美味しそうじゃないか?」
「ああ、そろそろ昼飯にすっかぁ」
とことこ歩く2人組は、ある店に入ろうとしていたのだが……
「おい、ちょっと待ちな」
「はい?」
「悪いがお連れさんは入れることが出来ねぇなぁ」
仏頂面の店の主人が、低い声を出した。
お連れさんとして指名されたのは、鼠姿の楽俊だった。
「それはどういう――」
「陽子、別の店に行こう」
「おうおう、そうしな……半獣なんかに食わせる飯なんかあっかよ」
店主の呟き(しかしそれは聞かせるかのように響く声だった)に、陽子がギランと鋭い眼差しを向けた。
「あなた今なんと言いましたかもしかして彼を侮辱する言葉ではありませんでしたかいやそもそも彼自身を知らぬというのに彼の姿形に囚われて何か酷い言葉を吐きませんでしたかどうですか」
陽子は下から睨み上げるように店主を視線でグサグサ突き刺した。
驚いたのは店主だ。
先ほどまでそこら辺を歩いている男と何も変わらぬ青年が、いきなり豹変したのだから。
しかも向けられる視線は大の大人であっても泣いてしまいそうなほどギラギラと強く輝いている。
「貴方は今『半獣なんか』と言いましたね。それはつまり半獣という特性を持った人間全てを蔑ろにする言葉ですか? では私の問いに答えて下さい。貴方の髪はなぜ黒いのですか、瞳はなぜ青いのですか、なぜそんな肌の色をしているのですか、そもそも貴方はなぜ男なのですか?」
「な、なにを……」
「貴方の言っていることはそういうことです。ではこう言った方がいいですか? 私は自分より背の高い人間全てが憎い。だから今貴方を殺しても良いですか?」
「や、やめろ!!」
さっと剣に手を置いた陽子に、男は後ずさりした。
陽子は全身から闘気を迸らせ男に叩きつけているので、男も陽子が真剣に言っていると思ったのだ。
そして陽子の目は相変わらず危険な光を宿し続けているので、本気に取られるのも無理はない。
(そもそも陽子の狙いはそれだが)
「なぜ? 私は貴方の『背が高い』ことがとても憎い。そして私は私の気持ちに忠実に、貴方を殺したいと思った……何が間違っているんですか?」
どこもかしこも大間違いのような気がするが、陽子があまりにも真剣に深刻に話しているので誰も何も突っ込めなかった。
楽俊は陽子の少し後ろで呆然と陽子と男のやり取りを見ている。
まだ陽子の豹変に慣れておらず、毎回固まる羽目になる楽俊だった。
しかし直接敵意らしきものを向けられている男は、楽俊のように固まっている訳にはいかなかった(殺されそうだし)
震える身体を叱咤して、必死に言葉を吐き出した。
「お、俺は好きででかくなったわけじゃねぇ! 何でそんな理由で殺されなきゃなんねぇんだ!!」
「そうですね。でも仕方ないじゃないですか。貴方は現に私より背が高い……死んで下さい」
さっと陽子が動き、店主は絶望に目を瞑った。
「……、……?」
「ねぇご主人。彼は好んで半獣として生まれた訳ではありません」
店主がそっと目を開けると、そこには先ほどと変わらぬ出で立ちで立つ陽子が居た。
陽子が瞬間的に殺気を叩きつけたことにより、男は本当に殺されたと思っていたのだろう。
座り込んだまま呆然と陽子を見上げていた。
「貴方の髪が黒いように、瞳が青いように、肌が褐色なように、背が高いように、彼はただ半獣という一面を持っているにすぎません。それは悪いことですか?」
陽子は男の傍に腰を下ろし、じっとその瞳を見つめた。
言い諭すように言葉は柔らかく、先ほどまでの覇気をすっかり消し去っている。
「さっき私に言いましたね。『好きで大きくなった訳じゃない。なんでそんな理由で』って。それは彼にも当てはまりませんか? 好きで半獣に生まれたわけじゃない、なぜそんな理由で……と」
男はハッとしたように身じろぎした。
確かに己は咄嗟にそう言った。
「半獣とは天に二つの姿を与えられたということにすぎません。それは明晰な頭脳を持つことや優れた身体能力を持つことと何も変わりません。それにもしかしたら彼らは、天に二身を律することが出来ると期待されているのかもしれませんよ」
天に、と言ったところで陽子はそっと頭上を指さした。
男はその指の向こうに本当に天が存在するのかも知れないと錯覚した。
それほど陽子の言葉は確信に満ち、なぜか抗いがたい響きがあったからだ。
「私が言ったように『己より身長が高いから』と人を排除することは、その人の人格を否定することです。貴方の言ったように『半獣だから』と人を排除することも、その人の人格を否定することではありませんか?」
陽子はそっと男の手を握りしめる。
無骨な手に、柔らかくもしっかりと張りつめた肌の感触が伝わってくる。
「考えてみて下さい。彼は貴方と同じように生きている。話すことが出来る。それなのに何も知らない内に人格を否定することは、とても勿体ないと思いませんか?」
陽子は男の手を優しく引き、立ち上がらせた。
男は手を引かれるままによろよろと立ち上がり、ただ無言で陽子を見つめていた。
目が離せない様子であった。
「貴方は私のことを『旅の者』だと思っていた。しかしこうして話してみて印象が変わったでしょう? 彼も『半獣』ではなく、彼のことを知ってから判断しても良いのではないですか?」
男は呆気に取られた顔をし、ぼんやりと楽俊のほうに目を向けた。
しかしはじめに向けた蔑むような眼差しではなく、それは初対面の人間に向ける目だった。
そう言われて見てみると、鼠姿であっても瞳には理性の光が宿っているし、先ほども利発そうな声を出していた。
じっと見つめていると、その目の輝きに、彼の子の姿が重なった。
「――っ!」
店主はせり上がった熱を感じると、すぐに楽俊から目を反らした。
そうだ、こいつも生きている。
これくらいの大きさだと、もしかしたら俺の息子と同じくらいかもしれない。
息子がひ弱なせいで近所のガキに苛められたと聞いて、彼はたいそう腹を立てたことがあった。
生まれつき力が弱いのに、なぜそんな理由で苛められなければならないのか、と。
この鼠……いや、この少年も同じなのか。
俺は気付かずに、近所の子どもたちと同じことをしていたのか。
目を反らした先に、陽子が暖かい笑みを浮かべていた。
「彼は半獣であること受け入れて、こうしてしっかりと立っています。どんな目を向けられようとも、それを誇りにしています。それは彼の心が強い証であり、普通の人間も持つことが難しいものだと思います。貴方が己に巣くう偏見を捨て、純粋な目で彼を見てくれたように、それは人として当たり前でありながら……とても大切なことです」
男はついに一筋の涙を流した。
二身の友を紹介します
男は楽俊に謝り倒すと、すぐに店を閉めてしまった。
そして『あり合わせのもんですまねぇな』と言いながら昼食をご馳走してくれたのだ。
男も一緒に食べながら、楽俊に色々と話しかけ、楽俊も楽しそうに会話をしていた。
楽俊は、男と話しながらもそっと陽子を窺い見た。
彼女は今も笑みを浮かべながら言葉を交わす男と楽俊を眺めている。
しかし先ほど語った言葉は全て、楽俊にとっても衝撃の強いものだった。
店の男が涙を流した時、楽俊もひっそりと雫を溢していた。
陽子が当たり前のように己を認めてくれた言葉に、楽俊の心の奥底に眠る痼りも緩やかに溶けていったような気がして。
陽子の言葉を聞いたこの時が、己が世界に認められた瞬間だと感じた。
陽子と楽俊の旅は、陽子の演説の旅なのでしょうか?
怒濤の説得は『反論出来ない雰囲気を作る(相手を呆然とさせる)→その人に合った空気を作る(呆然とした人間にも無理矢理聞かせる)→言葉は勢いよく惜しむことなく垂れ流す(全力で言葉を尽くす)→最後には持ち上げる(その人を認める)』という流れになっています。
(むしろ反論されると作者が困るので、いつも無言体勢を整えてしまいます;)
もちろん楽俊も巻き込まれて呆然としてしまうのも必須。笑
しかも楽俊は『少年』だと思われてますよ……おそらく店主の息子は10歳くらい?笑
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