「なぁ楽俊」
「な、なんだ、陽子」
「……なんだか、すまないな」
「い、いや……」
「おいてめーら!! 何くっちゃべってやがんだぁ!?」
「さっさと有り金全部置いていきなァァ!!」
ありきたりな見た目をした男2人が、これまたありきたりな台詞を偉そうに怒鳴り散らした。
筋肉隆々とした体躯に、薄汚れた着物を着込み、手には使い込まれた棍棒が握られている。
厳つい顔にニヤニヤとした嫌らしい笑みを浮かべていた。
周りの人間たちはチラチラとこちらに心配そうな眼差しを向けるだけで、助ける素振りはない。
むしろこの騒動に巻き込まれたくはないらしく、人気が段々無くなってきている。
「あーあぁ、テメーらのせいで俺様の服が汚れちまったじゃねーか」
「痛い目見たくなかったら、早く金を寄こすんだな」
「……」
陽子は笑い出しそうになるのを必死に抑えながら遠い目をしていた。
直視していたら、あまりにも可笑しくて所構わず爆笑しそうだったから。
だってだって、久しぶりに絡まれた台詞が、コレ……!?
長生き陽子にとっては、すでに化石レベルに近い貴重で古くさい台詞だった。
市井に生きる普通の少女にとっては恐怖対象になりそうな、偉そうな口調に恐怖を煽る強面。
しかし陽子にとっちゃー子どもが駄々を捏ねているレベルにしか感じられない。
イヤ待て、隣に立つ楽俊はどう言い逃れるか必死に考えているというのに、横で自分が笑う訳にはいかない。
……笑う、わけには……!!
「……(プルプル)」
「……(陽子も怯えてるみてぇだし、おいらがしっかり……!!)」
震える陽子の隣で、楽俊は己を奮い立たせていた。
旅に出たばかりで陽子のことはよく分からないが、女の子を守るのは男の子としての努めだ。
楽俊はそう言った紳士教育?を母からしっかりされていた。
(さすが楽俊の母)
「おい、ナントカ言ったらどうなんだぁ!?」
「ああ、すみません。つい恐怖で言葉を失ってしまいました」
爽やかな笑みと共に陽子は言った。
どう考えても恐怖を感じているとは思えない明るい声だが、若干震えで声が掠れていた。
それをどうやら『恐怖で声が震えている』と受け取ったらしい(おめでたい思考の)男たちは、ニヤニヤ笑いを深めた。
横で楽俊が驚いたように陽子を見ている。
(彼には分かったのだろう、陽子が真実恐怖を抱いているのではないと)
「衣服の弁償をしてほしいということでしたね。ではまず……」
その場を緋色の残像が駆け抜けた。
「その身体を洗ってからにしましょうか」
バッシャーン ボチャーン
「ごはっ!」
「げぼっ」
楽俊はポカーンとその場に固まった。
舞った……大の男2人が、同時に空に舞ったのだ。
そりゃもう無駄に筋肉のついた男が2人が、小石のように楽しそうに?空を飛んでいった。
先ほどまで男たちの立っていた位置には、陽子が仁王立ちしていた。
え……?
楽俊は目の前の現実を受け止めたくなかった。
(しかしその聡明な頭脳で、すでに一連の事態の全容が把握できてしまった)
「この大馬鹿者共が!! 旅行者に集るとは何事だ!!」
呆気に取られて小さな川の中央に立つ男2人に、陽子は仁王立ちのまま怒鳴った。
男たちは己の身に起こったことが未だよく分かっていないようだ。
いきなり水中に投げ込まれ、とにかく苦しかったので顔を出してみたら、頭上から降る怒声。
状況を把握する暇もなく、揃って間抜け面を曝していた。
「お前たちはそれでも、正義の男衆『筋肉族』の端くれか!?」
陽子はいきなりビシーっと男たちを指さし、怒りと嘆きの籠もった声を出した。
明らかにこの場は陽子の独壇場だった。
男たちは陽子から目を離すことが出来ず、ただ呆然と見つめている。
「いいか!? お前たちの筋肉は可能性だ! その大柄な体躯は世のため人のため、悪人を成敗し女子どもを守るために天から与えられたモノなんだ!! 己自身で必死に鍛えたのだろう、それも分かるがしかし! その恵まれた体格は己の努力以上に、お前たちの持った可能性が大きかったからこそそこまで実を結んだのだ!! それこそお前たちが天から大きな使命を与えられた証であり、お前たち自身が気付かずにいた本当の願望なんだ!!」
陽子は両手を握りしめ、熱く熱く男たちを見つめた。
全身から侠気を全開にした陽子の姿は、それはどんな男も一度は憧れる『真の漢』が持つ圧倒的な気配を放っているように見えた。
(それをなぜ女である陽子が放つことが出来るのかは謎である)
川の中に立つ男2人は、すでに魅せられたような眼差しで陽子を注視している。
「お前たち、本当はこんなことしたくないんだろう? それはお前たちの心の奥底で眠る『正義の心』が憂いているからだ。思い出せ、お前たちの真の使命を……真の望みを! それは強きを挫き、弱きを助けることに他ならない!!」
ガバッと陽子は握りしめていた右手を、横に振った。
その右手はピシリと指先まで綺麗に伸ばされ、開いた手にも力が込められているのがよく分かる。
陽子は男2人を焼き殺すのではないかというほど、熱の籠もった眼で見つめている。
「だが忘れるな……この世には人の数だけ『正義』が存在する。お前たちの求める『正義』が必ずしも『善』であるとは限らない。そして『悪』こそが正義の場合もあるだろう。お前たちは絶えず己自身に問いかけなければならない……『己の正義とは何なのか』と。自身の『正義』に酔ってはならない。盲目になってはならない。だがそれでも! 嘆き苦しむ人々を救いたい、という最も大切な心だけは無くしてはダメだ!!」
陽子はそっと手を広げ、慈愛の微笑みを浮かべた。
「お前たちはもう、自身の奥底に眠る本当の望みに気付いただろう? これまでの行いを悔い、己を律し、これからは正しき『筋肉族』として生きるのだ」
「は、はい……!!」
「あ、ありがとうございます……!!」
男2人は止めどなく涙を流しながら、両手を握りしめて陽子を振り仰いだ。
その顔にはつい先ほどまで浮かべていた嫌らしい笑みの面影はなく、幼子のように純粋な笑みに彩られている。
憑きものが落ちたように清々しい表情であり、背後にキラキラ輝く何かが見える。
「さあ、まずはその身に溜まった汚れを洗い落としなさい。そして粗末であろうとも清潔な衣服を見に纏い、常に心に清い光を宿しながら生きるのです」
陽子は漢オーラを消すと、赤児に微笑みかける母のように暖かい笑みを浮かべた。
その声も優しさに満ち、誰であっても従いたくなるほどの甘い強制力があった。
男たちが必死に己の身体の汚れを洗い落とし、衣服も洗い出すのは当然のことだったのかもしれない。
怒濤の教育的指導
「……」
楽俊は固まったまま陽子と男たちのやり取りを見ていた。
おそらくしばらくは固まったままで動けないだろう。
目の前では暑苦しい笑みの男2人が陽子に近寄っていった。
「姐さん! これでいいっスか!?」
「あ、俺も終わりやした!!」
「ああ。心身を清めることは、何事に置いても大切だ。これからは清潔にしなさい」
「「はい!」」
巧国に正義の男衆『筋肉族』が生まれた……たぶん。
陽子の勢いに任せた説得第二弾。
段々どんな話を書くつもりだったのは忘れてしまった緋翔なのでした……↓↓
ちなみに筋肉族の元ネタは、キ○肉マンです。なぜか浮かんできました。
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