す、すまない。
実は王気を視覚化出来ないかと思って特訓していたんだ。
それで、なんとか黄金色の着色(!?)に成功したので、皆に見てもらおうと思って……
そ、それがまさかこのような事態を招くとは……
いや、本当に、こんなことになるとは思わなかったんだ。

しどろもどろに語る陽子と、それを聞く者の間には不自然な距離が開いていた。

「……そうですか。それでは私は執務に戻らせて頂きます」

「ま、待ってくれ浩瀚!」

「主上! 動かないで下さい!!」

「う……あ、ああ」

腹にガッシリと回された腕に、元居た場所に戻された。
そしてまた膝の上に先ほどと同じくふわりとした重みが降ってくる。
ごろごろとした猫のような鳴き声が聞こえてくるのは、耳の錯覚だと思いたい。
(が、恐らく無理)

「主上と台補は執務はご無理のようなので、本日はゆっくりお休み下さい」

「こうかん……!」

「祭典の準備をこれ以上滞らせる訳には参りません」

それでは、失礼します

爽やか〜な笑みと共に浩瀚は室外へと出た。
この場に残されたのは慶の至高の存在(のはず)の主従2人のみ。

「……け、景麒?」

「はい、主上」

「その……少し離れて……」

「主上……(うるうる)」

「……、……、……暖かいから、やっぱりそのままでいいよ」

「はい」

桃色に頬を染めた景麒がうっとりとした眼差しで己の腹に顔を埋めるのを見て、陽子は心の内でため息を溢した。
表に出せば、この神獣がまたしても先ほどのように絶望一歩手前の悲痛な表情をして己を見上げて来るに違いないので。
景麒は常の様子からアリエネーほどふわふわとした雰囲気を纏い、目を反らしたくなるくらい乙女な表情を浮かべ、幸せいっぱいの笑みを浮かべていた。
そして片時も離れてなるものか、という(乙女は表情には似合わぬ)ほどの強力で陽子の腹に抱きついているのだ。
腹と足にぽかぽかとした暖かさを感じながら、陽子はぼんやりと空中に視線を漂わせた。



昏倒者全員に呪文を唱え終わり、意気揚々と執務に戻ろうとした陽子だったが。
立ち去ろうとする陽子の前に一人の官吏が立ちはだかった。

『解決策を見つけられたそうですね。ぜひ仁重殿にもおいで下さい』

すぐさま走り去ろうとする陽子に、官吏は遠慮無くしがみついて言葉を重ねた。
残念なことに、主上直属伝達隊としての誇りが今回は陽子にとって仇となった。
あの純粋で心根優しい稟医師のご要望を無視なさるのですかぁぁぁああ!?
そう言われて無視できるはずもなく、陽子は泣く泣く仁重殿に赴き、彼の希望通り景麒にも治療を施した。

施した、ハズなのだが……



「ぐ」

「主上、主上」

「あーはいはい」

よしよしと手元の金髪を撫でると、締め付けが弱まりごろごろとした音が聞こえてくる。
(麒麟は猫と親戚だったのか?)
陽子が意識を反らして考え事に集中すると、それを察したかのようにこの人型の獣はこちらに気を引こうとしていた。
先ほどからこの繰り返しである。



何故か景麒だけは可笑しいままだった。
(むしろ、景麒にこそ治ってほしかったのに!!)
最初はやはり驚きにエクトプラズムとなりかけた陽子だったが、時間が経てばそれも慣れる。
(慣れるまで共にいなければならなかった己が可哀想だった)
景麒は自分から離れようとしないし、むしろスリスリしてくる始末だし、それを見たら女官も文官も武官も一瞬で昏倒するし。
きっと彼らは自己防衛機能が働いたに違いない、彼らは記憶を失っていたのだから。
(それほどの衝撃!?)
無闇に動き回る事も出来ず、そもそも景麒がしがみついていて動きがとりにくいので、こうして2人で仁重殿の一室でごろごろする羽目になった。



「お前も、難儀な体質をしているな……」

「主上?」

恨み言のような一言を溢す陽子に、景麒は不思議そうな眼差しを向けた。
ホント、今まで一度も見たこと無い純粋で幼子のような表情である。
それを見て毒気が抜かれた陽子がニコリと笑みを向けると、景麒も嬉しそうに頬を緩ませた。

「いや、今回のことは私のせいか。まぁこんな休日も悪くないかもな」

「主上、主上」

「なんだ」

穏やかな雰囲気を纏い、慶の主従が微笑み合っていた。





猫にマタタビ、麒麟に王気



意識を失った高官たちは、その日一日魘され続けた。
それは突然強力な王気を見せつけられた弊害と言えるだろう。
常日頃王気を感じている麒麟ならいざ知らず、王気という人にとっては未知なるものを浴びせられたのだ。
(それも麒麟でさえ倒れるほどの超強力なモノを)
人体へかかった負担は相当のものだったのだろう。

そして高官一同が一斉に倒れたせいで、金波宮はてんてこ舞いに加えてきりきり舞いの二重乱舞に変化した。
(どんな舞いかは各自ご想像下さい)
その間は王がいつも以上に奔走し、各官府を纏め上げることで事なきを得たのだが。
陽子にかかった負担は(自業自得とは言え)かなりのもので、高官たちが意識を取り戻した時には珍しく憔悴しきった様相であった。

これ以後、王気を視覚化することは厳重に禁止され、さらには各方面から長々とした説教をくらった。
浩瀚は微笑みの中の瞳が全く笑っていなかったし、桓タイの遠慮のない言葉遣いは久しぶりに聞いた。
(己が倒れている間に御身に何かあったらどうするつもりだったのだ! という心配混じりの怒り)
夕暉や蘭桂といった各官府の長からは自分たちの仕事を取るなとのお言葉を頂いたし(つまりこのような事態を引き起こすのはやめて下さいという遠回しの説教)、笑って許してくれたのは三公だけだった。


こうして珍しく陽子の面白発想は大失敗を遂げた。


これが慶東国裏歴史に刻まれた『超奇跡景王の乱』の真相である、マル。





       


ああー終わったー!!!!
なんてことでしょう、脅威の11話です。長らくお付き合いして下さった皆さま、ありがとうございます↓
下記に作者のあとがきを載せますので、気の長い方はもう少しお付き合い下さい。

気付けばこのお話は、はじめはたった一話で終わっていました。
読んだ方は分かるかと思いますが、第1話と第11話を繋げて一つの話にしていました。
しかし『え、これだけじゃあまりにも説明口調すぎて面白くない!?』と思い至り、こうして詳細編も付け加えたのですが…
まさか、空白の10行の中に9話もあったとは……もう作者自身も驚きです(笑)
話の展開上、医師2人に名を付けたり(そしてそれが出張ったり)、うっかり伝達隊の設定を考えて楽しんでしまったり、あのお方の描写に異常に熱を入れてしまったり……色々ありました。
しかし、自分の中では『失敗談』と『序章』を上手く詰め合わせることが出来たのではないかな〜と思います。
作中のあのお方に関しては放置しっぱなしの伏線がたーっくさんあります。
……が、それを回収していたら序章じゃなくなるし、話が終わらないし……ここで終了です。

地枝様、如何だったでしょうか? 少しでも楽しんで頂けたなら、凄く嬉しいです。
読んでくれた皆さま、如何だったでしょうか? ちょっとギャグに走りすぎたかな〜と思いましたが、楽しんで頂けたなら幸いです。
ちなみに一番楽しんだのはおそらく書き手である私でしょう。ウッフフ〜☆笑

できれば感想をもらえると嬉しいのですが……まぁ作者の我が侭なので、お気になさらず(笑)
さて、ここまで読んでくれた皆さまに、最後のおまけをお贈りします。


治療後、意気揚々と歩いていた陽子と、立ちはだかった官吏の会話です。ドゾー☆





陽子は浮かれていた。
ふんふんと楽しげに鼻歌を歌い、足取りはスキップ混じりに楽しげだ。
それもそのはず。

だって、先ほど昏倒者全員の治療が終わったのだから!!
(最後の一人になった時は、その場の全員で呪文の大合唱になった)

彼らは一度目を覚ました後、もう一度眠りに着いていた。
魘され続けたせいで体力を消耗していただろうし、いくら碧双珠で治療したとはいえ、いまだ万全とは言えないだろう。
彼らが再び目覚めるまで陽子の負担は変わらないが、いつか終わると分かる負担ならどれほど重くても構わない。
先の見えない負担は恐怖すら感じるが、先の見える負担ならどんとこいこんにゃろめー!と言えるほど陽子は嬉しかった。

にこにこと笑みを浮かべながら歩く陽子の前に、一人の官吏が立ちはだかった。

「……? どうした、何か用か?」

「主上、黄医が呼んでおります。仁重殿にお向かい下さい」

仁重殿!!

それを聞いた瞬間、陽子はその場を走り去ろうとした。
しかし、それを察した官吏が俊敏にしがみついた。
もちろんその行動に遠慮なんか欠片もない。

「主上! 『解決策を見つけられたそうですね。ぜひ仁重殿にもおいで下さい』と黄医が申しておりました!! どこに行かれるのですか!?」

「イヤだ、離せ、行かせてくれ! 私は仁重殿には行きたくない〜!!」

「その命は承伏しかねます、主上! あの純粋で心根優しい稟医師のご要望を無視なさるのですかぁぁぁああ!?」

「――!!」

「金波宮における一輪の花、優しくたおやかな空気は誰もが癒されるあの稟医師の! 主上の半身たる台補とも(珍しく)お仲良くていらっしゃり、時にはあの!台補が優しげな笑みを見せる相手である稟医師の! 主上が気疲れをお感じになられた時には、こっそりと遊びに行ってお茶を共にする――」

「な、なぜお前がそれを知っているんだ!?」

「皆様ご存じでいらっしゃいますっ! 知らぬのは主上だけです!!」

「なに!? そうだったのか!!」

陽子はガーンとショックを受けた。
しかしそんな陽子に、官吏はたたみ掛けるように言葉を続けた。

「主上! 主上が来られないと知ると稟医師はどれほど悲しまれることかっ!! 『ああ、私は主上に嫌われてしまったのでしょうか……何か粗相をしてしまったのでしょうか……どうしましょう、主上に嫌われては、私の心は張り裂けそうに悲しいです……グス』」

「な、泣くな、泣かないでくれ稟医師ー!!」

官吏の声真似に動揺した陽子は、全速力で走り出した。
その方向は仁重殿へ向かう道がある。



「……フッ、任務完了」



走り去る王の姿を目に、官吏はボソリと呟いた。
彼は主上直属を誇りにもつ、伝達隊『颶風』の一人。
例え相手が主上であろうとも任務のためには労を惜しまず、達成のために全力を尽くす。
今回は疲労によって思考がちょっぴり怪しくなっていた主上だからこそ、この方法を実践した。
そして見事、任務『黄医の伝言及び仁重殿への来訪依頼』を果たすことが出来たのだ。
彼はこの任務達成に満足すると、すぐさまその場を後にした。
『颶風』に暇は無い。まだまだ任務は山積みだ。
しかしそれも彼にとっては誇りでしかなく、足取り軽く走り去ったのだった。

主上直属の誇りが主上自身を苦しめていた。残念。





こんどこそ終わり。チャンチャン♪