一つの授業で教室が二色の空気に満たされるのは珍しい。
しかしながらこの授業ではいつものことなのでさして珍しくない。
全くもって大人げない教授の授業、魔法薬学では左右で対照的な表情を浮かべた生徒たちが授業を受けていた。

「――――となる。この調合については今後も重要な理論があるのでよく復習しておくように」

いつもながら不機嫌な顔のスネイプ先生が、低い声で言い終えた。
その時、揃って憂鬱そうな表情を浮かべているグリフィンドール生たちに緊張が走った。
同時に部屋の反対側で、忌々しい敵寮の人間たちがこちらを馬鹿にしきった顔を向けてきたが気にしている余裕は無い。
(本当は敵も味方もないはずなのだが、彼らの心情ではこの表現が正しい)

くる……

「では、今日の調合についてのレポートを課す。期限は次の授業まで。ああ、そういえば――」

くる……!!

「どうやらグリフィンドールの生徒諸君は己の調合に大変自信がおありのようだったな。我輩の注意をあれほど無視した、その偉大な実力を存分に発揮してほしい。なのでグリフィンドール寮の生徒は通常の倍、レポートを書くように」

きた……

がっくりと肩を落とすグリフィンドール生たちに、スリザリン生は勝ち誇ったような笑みを向けた。
それはとても大人げない教授、セブルス・スネイプの寵愛を一身に受けるドラコも同じコトでニヤニヤと強気の笑みを浮かべている。
それに対してハリーが密やか(というか結構明け透け)な殺意を抱いていると、授業の時間にも終わりが来た。

「それでは今日の授業はここまで」

そう言ってスネイプ先生は教室を立ち去ろうとした。
実はこの先生、先生としては珍しいことに授業終了と共に一番に教室を出てしまうのである。
(登場も退場もバターン!と劇的に行うのが彼流なのだろうか)
他の先生たちは最後まで残って教材の後かたづけをしたり、生徒の質問を受け付けるために残っていたりするのに、スネイプ先生だけは全くそんな様子がない。
どんな魔法を使っているのか(比喩表現にならないマジだ)教材はいつも授業終了と共にどこかに消えるし、質問は絶対受け付けない!というダメダメな雰囲気がプンプンしている。
(代わりに、レポートに質問を書くと答えが返ってくる)

それもこれも、たった一つの理由からだったのだが。

「スネイプ先生!」

立ち去ろうとした彼の足をその場に縫いつけるように、鋭く強いしかし優しい声が響いた。
地下に作られた鬱々とした教室の中で、仄かな明るさを撒き散らすようにその声は人々の耳にするりと入り込んだ。
自然と生徒たちが声の主に視線を向ける。

「……何かね、ミスナカジマ」

スネイプは自寮の生徒に向けるにしては珍しい、重々しい声で返答した。
その声はグリフィンドール生に向けるほど憎々しげではないが、それでもそれに近い重低音である。
しかし、それを向けられた陽子はいつも通り、いや、いつも以上に上機嫌な笑みを浮かべながら手を挙げている。
その笑顔がこの教室中に光を運んでいるような錯覚に陥った生徒たちが、こしこしと己の目を擦った。
(もちろん教室の大半の生徒だ)

「質問があります」

「……レポートの最後に書きなさい。返却時に――」

「先生ご自身にお聞きしたいです。……ダメですか?」

陽子は不安そうに眉根を寄せて、コトリと首を傾げた。
その様子に(スネイプよりも先に)スリザリンの生徒たちが反応した。
陽子を見つめていた面々が、ビュンと音がしそうな程素早くスネイプに視線を向ける。
スネイプは即却下するつもりで開いた口を、一度閉じた。

こ、この視線の突き刺さり様は何だ……

キラキラ通り越してギラギラしている子どもたちの視線は、まるで小さな刃物のように彼に突き刺さった。
いつもは尊敬いっぱいのキラキラ光線を浴びせてくるドラコも、今まで見たこと無いほど熱い(むしろ痛い)目をしている。
初豹変を目撃中のスネイプはかなり戸惑っていた。

しかし、それを隣で見ていたグリフィンドール生はなんだか微妙に納得した雰囲気に包まれた。
きっとおそらく、いや確実に、これはある少女への思慕が生み出す華麗なる連携なのだ。
それを一度目の当たりにしたことがある彼らは、敵から同級生に格下げ……格上げ?されたスリザリン生たちを生温い視線で見つめていた。
ていうか早く授業終わってほしい。
一人ネビルだけがおどおどした様子でスネイプと陽子をチラチラ見ている。
彼は問題のシーンを見ていないのでこの異様な空気の理由を知らないし、彼にとっては命の恩人である陽子を心の底から心配しているのだ。
ついでにハリーも強い視線でスネイプ教授を睨み付けていたりする。

「……では、この後部屋に来なさい」

「はい」

パァァァアアアアと世界(教室)に光が満ちあふれた。
もちろん錯覚なので生徒たちはまたこしこしと己の目を擦ることになった。





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それは突然現れた。
暗闇の中に突如生まれた閃光のように唐突に。
深い森の中に落ちた落雷のように強い衝撃をもって。

真白の紙にじんわりと浮き出された紋様は、いきなり現れて強く彼を浸食した。
それは知らぬはずの光景、覚えのない風景、初め見るのに懐かしさを感じさせる、少女。


少女、少年、緋色の、誰にも媚びぬ、孤高の、力強い声、優しい笑み、碧の宝玉
一番の友、短い思い出、途切れ消える、思い出す、イヤだ、また、そう、もう一度



「また会おう」



少年……いや、少女はそう言った。
そう言って彼の前から消え、そして彼は少女のことを忘れた。





凍り付いたように新入生を見つめる彼に、誰も気づきはしない。
今は組み分けの最中で、皆が皆、新入生に視線を向けているのだから。
その中で視線に気付いたらしい少女が、結い上げられた髪をふわりと揺らしこちらに振り向いた。

きっと見つめてくる瞳は、最高峰の翡翠にも負けぬ美しきライムグリーン。

彼の予想通り、彼女の瞳は遠き日に恋い焦がれたモノで。
その生命力に満ち溢れた目を大きく見開きこちらを見つめる彼女から、彼も目を離すことなど出来なかったのだ。





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セブルス・スネイプはここ数年感じたことのない混乱の渦の中にいた。
突然取り戻した過去の記憶に戸惑い――きっとこれはあの少女の仕業に違いない。その理由も方法も分からないがそれを裏付けるだけの諸々の記憶すら今は己の中にある。コレはあの少女の仕業だ!
さらには記憶の中よりも幼い少女にさらに戸惑い――記憶の中の己と少女が出会ったのは(今の彼女にとって)先のこと……なぜだというか色々な様々が理解不能意味不明なんだ何故だ何が起こったんだ!?(混乱中)
とにかく戸惑い尽くしの彼がとった行動は全力回避だった。
しかしそれも少女の搦め手によって打破されてしまっただから不憫極まりない。

ここはスネイプの自室である。
奇跡的に二脚あった椅子にそれぞれ腰掛け、彼らは対面していた。
視線を合わせずに沈黙を守るスネイプに、陽子が柔らかい声で話しかけた。

「スネイプ先生、酷いです。私が何度話しかけようとしても、いつもお逃げになっていたのでしょう?」

「……」

「もう、新学期が始まってどれほど経っていると思っているんですか? これまでずっとお話したいと思っていたのに」

「……」

「いつもいつも、私が近寄るだけでお逃げになるなんて。本当に先生は意地悪ですね」

「……その口調は、やめろ」

スネイプは苦々しさを全面に押し出した重低音で声をかけた。
子どもが聞けばその声の禍々しさに涙するに違いない。
しかし陽子は貼り付けるように浮かべていた笑み(偽物)を消し、すっと目を細めた。
その表情は母が子を眺めるように暖かなものである。

「やっと返事をしてくれたな。いい加減、ヘソを曲げるのを止めてはどうだ」

「私のヘソは曲がっていない!!」

「ただの比喩だが。怒るのを止めろと言っているんだ」

「……」

スネイプはむっつりと押し黙った。
それに対して陽子は苦笑を向ける。

「悪いが、貴方が何に対して怒っているのか私には分からない。あの呪は確かに私がかけたもののようだったが、今の私には知らぬことだからな」

「……どうして」

「さぁ。それも今の私には分からない」

隠された悲痛な声音に気付いたが、気付かぬフリをして明るく返す。
(きっと彼は己の出した声にこんなにも感情がこもっていることに気付いていないだろうから)
陽子の言葉を聞いて、スネイプは不満げな表情を浮かべた。

「……お前は何者なんだ、なぜ何も教えてくれない?」

「今の私に語る機会を与えてくれなかったのは貴方だ」

「……何故、何も言ってくれなかったんだ」

今の彼女に言っても仕方のないことで、彼女の言葉通り逃げ続けたのは自分だ。
そう分かっていても詰ることが止められず、こうして憎々しげに小さく責めることしかできない。
(そう、それはただただ彼女がいなくなってとても――かったから)

俯くスネイプの様子を見て、陽子は苦笑を浮かべた。

「……そうか。悲しい思いをさせて悪かったよ、セブルス・スネイプ」

間にあったテーブルを避けてスネイプのそばに立った。
そっと手を伸ばして、目の前にある俯いた頭に添えた。
スネイプの腕が一瞬ピクリと震えたが、陽子の手を振り払うことはしなかった。

「そうだな……『君とまた会えて嬉しいよ、セブ。私と友になってほしい』」

「!!」

「きっと私はそう言ったんだろう? この言葉をもう一度貴方に贈ることを許して欲しい」

「……『君はいきなり何を言っているんだ、正気か?』」

これは小さな賭だった。
彼女自身が気付いているかは分からないが、同じ言葉を彼女に突きつけ試そうとしている。
しかし陽子は気付いた風もなく緩やかに笑みを浮かべながら語る。
いつも通り、思い付く言葉を伝えれば大丈夫だと分かっているから。

「酷いな。私は紛れもなく本心を語っているのだが。貴方と友になりたい、その気持ちを素直に伝えてはいけないのか?」

「……そうか」

「それで、私は貴方が友になってくれたと思っていいのかな」

「好きにしろ」

「ああ、好きにする。これからもよろしくな、セブ」

「……」

スネイプはそっと目を細めた。
彼にしか分からないことだが、どこまでも懐かしいこのやり取りに心が温まるのを感じた。
そして目の前にいる少女こそが、突如現れた古い記憶の中心に住む少女だということがハッキリと分かった。

「悩まなくていい。おそらくセブが何を言っても私は同じ行動をすることになる。むしろセブの中にある私はすでに『この時のセブの言ったことを踏まえて行動している私』だろうからな。悩むだけ無駄だ」

「……無駄とは随分な言葉だな。今までの私の悩みを、全て意味の無いものにするつもりか?」

「意味が無いとは思っていないさ。だから十分に時間を空けただろう? しかし無駄なものは無駄なんだから、言わずにおくのは勿体ないだろう」

「フン、相変わらずだな」

「当たり前だ。数年くらいで変わるほどの若さじゃないからな」

「……そう言えば昔の君もそんなことを言っていたな。実際はいくつなんだ?」

「なんだ。この若々しい姿が目に入らないのか? どこからどう見ても私はピチピチギャルじゃないか」

「その言葉がすでにその見た目の若さを裏切っているようだが?」

スネイプの切り返しは悩む暇もなく即答だった。
陽子は言い知れぬ感動を感じ、そのままを相手に伝えることにした。
無駄にキラキラした空気を纏ってしまうのもご愛敬……一言前よりもレベルアップしたからかい体勢なのは付き合いの長い人間にしか分からないだろう。

「そうか。お前はきっと成長したんだな、セブ。なんだか今、とてもジーンときた」

「……ヨーコ。君、もしかして本当は何もかも知っているんじゃないか!?」

「そんな! 私が嘘をつくと思っているのか、酷いぞセブりん! 酷い酷い、あんまりですわスネイプ先生!」

「……は、ぁ?」

後半部分は微妙に猫かぶりな可愛い女生徒の声だった。
そんな声を出されるとはあまりにも予想外で、スネイプは目を丸めて固まった。
無意識に零れた声からもその混乱加減が伝わってくる。
がしかし、陽子はニヤリと笑みを浮かべながら声は可愛らしく整えたまま言葉を続けた。
(そのギャップの素晴らしさこそ彼女の鍛錬の歴史です。主に面白関連の★)

「いくら私の物覚えが悪いからって、そんなに強く仰らなくてもいいのに……あ、いえ。すみません、先生。これからはもっとしっかり予習をしてから質問に窺います」

そして今度は神妙に(しかし落ち込んだ風情もしっとりと出しながら)声を出し、スタスタとドアの方へ歩いていった。
すでに固まったままのスネイプは完全放置である。
陽子はドアに手をかけ、彫像と化した彼女にとっての新しい友に向かって振り返ってキラキラ笑顔を炸裂させた。

「それでは、失礼します」



パタン



『どうしたヨーコ! さっきの大きな声は何だったんだ!?』

『よ、ヨーコ……先生に何か言われたの? 大丈夫よ、ヨーコ。今度聞きに来る時は私もついて行くわ!』

『あ、僕も一緒に行こう! だから安心してくれ、次は先生に酷く言われないように僕が、その……守ってやろう!』

『そうよ、ヨーコ。私たちがついているわ! 次に来る時は逆にスネイプ先生をアッと言わせてやりましょう、ね!?』

『2人とも、ありがとう』

『『!!』』

『い、いいのよ私たちの仲でしょう!?』

『そうだぞ。僕たちの仲だ!!』

少しずつ離れていく会話に、スネイプは背筋にスッと汗が滑るのを感じた。

「まさか、ヨーコは……」

今まで封じられていたせいで、いまだ真新しい記憶の中の少女が脳裏を駆けめぐった。
そのどれもが己を惹き付けて止まなかった言動の数々であり、少なくはない人間の心をつかみ取ったものだった。
それを今、全ての人間(今はとりあえず自寮中心)に解きはなっているならどうなるのか?

自寮の生徒たちに先ほど向けられた、不可解な視線の答えがそこにあった。









   


無節操な私は、絶対いつか過去編(親世代編)に重複トリップさせるでしょう。なのでそれを踏まえてみました。
謎が多い感じですが……実は私自身も色々謎が多いまま書いてます(;´∨`)
そして過去編の内容はこっちではあまり書かないようにします。
と言いつつ本当に過去編書くかは微妙〜なのでちょこちょこ入れるかも知れません……未定!笑