作戦5 策をしっかり覚えましょう


「策はこうです。一言で言うとリオウくんが紋章で眠らせる、これで終わりです」

本日も昼食会兼作戦会議の場になったアップルの部屋に、リオウ、ナナミ、アップル、クラウスの四人が集まっていた。
素早く食事を終えたアップルが、食事を続けているリオウとナナミの前に立って策を披露している。
昨日『極楽★同盟』を結んだばかりだというのに、すでに策が出来上がっているようだった。
もちろん、執務の間を縫ってアップルとクラウスの二人がかりで考え出したものだ。
(執務より本気になっていたなんて、そんなことありませんよ。by アップル&クラウス)

「え、それだけでいいの?」

「もちろんこれだけではありませんが、一番重要なポイントはリオウくんがシュウ軍師を上手く眠らせられるかどうか、なんですよ。それに至るまでの流れも考えてありますが、シュウ軍師相手では何が起こるか分かりませんから」

「そっかぁ、そうだね。シュウさんは何考えてるか分からないもん」

ナナミの言葉に、アップルも深く深く頷いた。
おそらく彼女がシュウの底知れなさを一番知っているはずだ。
しかし、アップルはすぐにカッと目を見開いた。もう、兄さんに振り回されるだけの私じゃないのよ!

「では詳細を説明しますね。まず、策の決行は三日後以降にお願いします。それまでにシュウ兄さんがいなくても大丈夫なように体制を整えておきますから、それ以降にリオウくんが良いと思う日に決行を決めて下さい。シュウ兄さんの極度の疲労に気づいたリオウくんでしたら、吉日を選択できるでしょう」

シュウの疲労に気づけなかった、ということについてはアップルも少なからず敗北感を感じている。
しかし、それもリオウ相手なら仕方がない、という思いも確かにあった。
シュウの気が抜けている時を選んで策を実行することも成功に繋がる重要なポイントなので、リオウに任せるのが一番なのだ。それが軍師として冷静な判断を下した結果だった。

「リオウくんが決定を下しましたら、ナナミさんは食堂に行って特製栄養剤を作ってもらえるように頼んで下さい。頼むのは二人分、リオウくんのカップとシュウ兄さんのカップを持って行くことを忘れずに。特製栄養剤が出来るまではその場で待機し、完成し次第、執務室に持ってきて下さい」

秘密の水は無難に特製栄養剤という名前が付けられた。
無難な名前に決まる前に無惨な候補が多数あがっていたが、彼らの名誉のために省略する。結局、凄いレシピの凄い飲み薬、ということがバレないようにフッツーの名前に落ち着いてしまったのだ。

「ナナミさんが特製栄養剤を持ってくるまでの間、リオウくんはいつも通りの執務をこなしながらシュウ兄さんに最後の追い打ちをかけて下さい。その時点で一番困難な書類をお渡ししますので、分かるところも分からないところも逐一質問して下さいね。出来ればシュウ兄さんも困るような難解な質問をお願いします」

「書類を渡す際にいくつか質問の候補をお知らせしますので、質問に困った時は参考にして下さい」

いつも通り柔らかな笑みのクラウスだが、発言内容は少々不穏だ。しかしアップルも「当然」とばかりに、この発言に対して何も感じていない様子だった。
シュウを追いつめるための策は万全だ、という二人の本気の姿勢が見える。
ちなみに、分かりやすそうで微妙に分かりにくい書類を作るのはクラウスの役目だった。彼は過去にこの方法で上司を蹴落とした経験があるらしく、書類作りにかけてはアップルも凌駕する実力をもっている。

「そこに、ナナミさんが特製栄養剤を持って登場します。その時、ナナミさんは何も嘘をつく必要がありませんよ。素直に、リオウくんとシュウ兄さんのために特製栄養剤を作ってもらった、と言って二人に渡して下さい。そしてすぐに執務室を出て、ビクトールとフリックを呼びに行って下さい。その後は私の部屋で待機してもらうことになります。ここで、ナナミさんの役目は終わりです」

ナナミは頭に指を当てながらう〜んと唸っている。
すでに許容量がオーバーしている様子が、この場にいる皆に伝わった。
クラウスがアップルに視線を向けると、アップルも一つ頷いた。

「ナナミさん、難しく考えなくて良いんですよ。ナナミさんの役目を簡単に言いますと――」

「そして、リオウくんの最大の仕事はこの後です」

頭から煙を出しているナナミに、クラウスが分かりやすいように再度説明していた。
その横でアップルはさらに言葉を続ける。

「ナナミさんの持ってきた特性栄養剤を、まずリオウくんが飲んで見せて下さい。それで兄さんの警戒心が薄れるはずです。先ほどハイ・ヨーさんから聞いた話では、すでにこの栄養剤の改良品も完成したらしく、眠気を起こさないものも用意出来るそうです。リオウくんのカップには眠くならない栄養剤――仮に不眠栄養剤と名付けますが、そちらを入れてもらい、シュウ兄さんのカップには睡眠栄養剤を入れてもらうよう手配しますので安心して下さい。もし兄さんが栄養剤を飲まないようだったら、飲むように誘導して下さい。リオウくんが一言『これを飲んで頑張ろう』とでも言って下されば確実に飲むと思いますので」

妹弟子アップルの推測は当たった。
リオウがシュウを心配そうにのぞき込み『シュウ、疲れてる。これ、飲んで……頑張ろう』と言ったことが、シュウに栄養剤を飲ませた決定打だった。

「本来なら、その後は効果が出るまで待てばいいだけですが……確実性を期すためにリオウくんにもうひと頑張りしてほしいんです。それが最初に言った『紋章で眠らせる』ということです。いま、リオウくんの右手には烈火の紋章が宿っていますね? それは決行日まではそのままにしておいて、当日に風の紋章に変えておいて下さい。そして、シュウ兄さんが一瞬でも意識を飛ばしかけたら、すぐに『ねむりの風』を発動して下さい」

アップルは右手をギュッと握りしめた。
あまりの気合いに、その右手に風の紋章が宿っているかのようだった。

「もし、栄養剤を飲ませることに失敗してしまっても、リオウくんが無事に紋章を発動させてくれれば問題ありません。シュウ兄さんは、真面目なリオウくんが自分に紋章を発動してくるとは思わないでしょうから、油断しているはずです。そこを狙います」

策を成功させたいなら、敵の油断をつくことが最も効果的である。
もしも敵に油断が無いのなら、こちらから油断させるように働きかければいい。

「出来ることなら、シュウ兄さんがうっすらと意識を保っている時、聖なる盾の紋章を発動させるのも良いでしょう。リオウくんがこっそり近づいて紋章を発動させる時までは気づかず、紋章を発動させた瞬間気づくくらいの絶妙な意識……兄さんがそうなった場合で、リオウくんがそれに気づいた時は迷わず実行して下さい。そうすればさらなる油断を招くことが出来るでしょう」

兄を陥れる策を語るアップルの様子は、最近見たことがないくらい生き生きとしていた。

「後は、リオウくんがシュウ兄さんの肩に手を置いて、こっそり紋章を発動させれば簡単に引っかかります。額ではなくて手に紋章をつける理由はここにあります。額の紋章は、発動時に目に付きますから」

いっそのこと、シュウ兄さんに抱きついてでもくれれば確実に眠らせることが出来るのに――そうは思っても言わないアップルだった。
兄が変な道に走ったら困る。今でさえ軍主をかなり大切にしている様子なのに。

「無事、シュウ兄さんを眠らせることに成功したら、部屋の外に出てきて下さい。私たちも近くに待機していますから、すぐに合流します。この後の仕事はビクトールとフリックに任せれば大丈夫でしょう」

こうして、長々とした説明は終わった。
アップルは手元のお茶を一口飲むと、改めてリオウに目を向けた。

「何か、分からないことはありますか? 聞き逃したことがあれば言って下さい」

「ん、大丈夫」

いつものように頷いたリオウは、すでにしっかりとした目をしていた。
その目を見て、アップルはリオウが内容を理解していることが分かった。
最後の忠告をするため、アップルは再び口を開いた。

「策を聞いて分かったと思いますが、要はリオウくんになります。もし、不測の事態が起きたら自由に行動して下さい。結果が同じであれば、リオウくんの意向にお任せします」

「(こくん)」

「よーっし、リオウ! 一緒に頑張ろうね! 私も自分のすることはちゃんと覚えたから」

にこにこ笑うナナミは、さっきの苦悶の表情が消えてさっぱりした顔をしている。
クラウスの説明が良かったようだ。
そんなナナミの様子を見て、クラウスとアップルも笑みを浮かべた。
しかしナナミはすぐに笑顔を消して、リオウをじっと見つめた。リオウは頷いた。
リオウとナナミは並んで立つと、神妙な顔をして副軍師二人を見つめた。

「アップルちゃん、クラウスさん、二人ともありがとう! 私たちだったらここまで考えられなかったから凄く助かったよ。シュウさんを眠らせるって本当はいけないことかもしれないって思ってたから……二人が手伝ってくれて本当に嬉しい。本当にありがとう」

「シュウを休ませると、二人に負担がかかる。でも、僕はシュウに無理をしてほしくなかった。ごめんね、ありがとう」

そう言った後、二人揃って頭を下げた。

感激したアップルとクラウスは、しばし言葉を失ったままその場に立ちつくした。





作戦5.5 策士たちのひととき


「実際のところ、あの策で大丈夫でしょうか?」

「そうですね……五分五分、といったところでしょうか」

クラウスとアップルが、腕に大量の資料を抱えたまま話していた。
本日も執務日和のようである。
今回の策はアップルが主体となって作っていた。ターゲット(シュウ)に親しいアップルが適任だったからだ。

「睡眠不足とはいえ、推測能力や判断力に低下は見られません。少々集中力が落ちているようですが……これは策を妨げる効果しかありませんから」

「そうですね。こちらに気づかないほど集中していただければ、紋章を発動することも幾分楽になってのでしょうけど」

しかし、逆に集中力があったせいで神経が尖り、不穏な気配に気づいてしまったかもしれない。
結局、この考えは堂々巡りになるので、考えても仕方がないことだ。
言葉にせずとも二人ともそのことに思い至り、互いに気づいていることが分かっていたので別の話題に移った。

「栄養剤を運ぶ役をナナミさんにしたのは面白いですね」

「はい。一見、私たちが持って行った方が自然に見えますが、ナナミさんが持って行った方が疑われにくいという判断です。それに、ナナミさんなら嘘をついているとバレても裏を読まれなくてすみます」

ナナミが『リオウとシュウを心配して持ってきた』と言いながら、嘘をついていると分かったら、シュウはどう考えるか。
その言葉にも嘘はないが、ナナミの本心としては『リオウが心配』が大部分を占めていると考えるだろう。ナナミの過保護は今に始まった事じゃない。
それに、ナナミが考えることで危険を伴うことと言えば、破壊兵器ならぬ破壊料理しかない。
――栄養剤を持ってきたとすれば、その危険に当てはまるかもしれない、という考えもある。
しかし……

「それに、ナナミさんが栄養剤の完成を待つ間、じっとしていられる訳がありません。ハイ・ヨーさんとさんざん問答をした上、結局待たされることになるでしょう。栄養剤を持ちよった時に、その話でもしながら場を暖めてくれるはずです」

まさしく、その話をしたナナミだった。
『私も手伝おうと思ったんだけどハイ・ヨーさんに止められちゃったよ。この栄養剤を作るには料理人20年分の鍛錬か、医者の10年分の繊細さが必要とかなんとか色々言われてさ〜』
それを聞いたシュウは『これはハイ・ヨーの口から出任せだな』と思いつつも内心その行為に感謝した。
ナナミが手を出した料理(と呼べるか謎のもの)には極力手を出したくない、というのが本心である。

「そうですね。ナナミさんのお人柄でしたら、容易にシュウ殿を油断させることが出来そうです。そもそも、お二人は銀のカップを使用されているので、それほど警戒していないでしょう」

銀器は毒物に反応して黒く変色する。
同盟軍の中枢にいる人間、中でもトップに近い二人はこの処置をもって警戒していた……ナナミの料理を。
銀器が黒くなったときは『料理中に食材同士が喧嘩をして毒になったんだよ、ナナミは悪くない』と言って料理を口にしない手はずになっている。幸運か残念か分からないがいまだにこの言葉は活躍していない。
敵国の陰謀への対策ではないところがなんとも悲しいが、陰謀もシャットダウンしてくれそうなので好都合だ。こっちがついでって感じが否めないが。

「とにかく、二重三重の手は打ったつもりなので、あとは結果を待つだけです。きっと……リオウくんならやってくれます」

そう言ってしっかりと前を見据えたアップルを見て、クラウスも微笑んで前を見つめた。

リオウならやってくれる……そこには絶対の信頼がある。
もしかしたら策なんて必要なくて、彼がそっと近づいて紋章を使えば一瞬で片が付くことかもしれない。シュウから信頼されていて、武人としても能力が高いリオウなら、それも可能だ。
でも、彼は――彼らは、自分たちを頼ってきてくれた。それが何より嬉しかった。
自分たちだってシュウを心配してきた。その思いは身近で働いている分、大きかっただろう。
ただ、彼なら大丈夫と思っていなかったとは言えない。ナナミからリオウの言葉を聞いたとき、その思いに気づいてしまった。
それでもリオウは、そのことを咎めなかった。同じく身近に働くもの同士、どうして気づかなかったのかと責めなかった。そこにはただ『心配』という瞳だけがあった。

ああ、この人が私たちの仰ぐべき軍主。

私たち自身も気づかない疲労や苦悩に、きっとこの人が一番に気づく。
そして、こうして意識的に動いてか、もしくは無意識の行動で、いつの間にか癒されてしまうのだろう。


自分たちが心の奥底に持っていた、シュウに対する懸念はこうして晴らされているのだから。






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