城の中を走りぬけ、少しずつリオウの寝室に近付くと歌声がかすかに聞こえてきた。
なるほど、こうして悲哀に満ちた声がうっすらと聞こえてきたら、幽霊のうめき声に聞こえるだろうと思った。
旋律は途切れ途切れだし、歌詞もない音の羅列もうっすらとしか聞こえないのに、込められた悲しみの感情ばかりが伝わってくる。
それが戦の後にどこからともなく聞こえてきたら、そりゃ恐ろしいだろう、と。
そして、リオウの寝室の前にたどり着く前に、歌は唐突に消えた。

パタン

「リオウ……」

リオウの寝室に躊躇いなく入ったナナミは、中に誰もいないことを察するとすぐに出てきた。

「うわっ!?」
「熊さん、邪魔!!」

そして丁度部屋に入ろうとしていたビクトールに怒涛のタックルを食らわせ、そのまま部屋の横手の通路を一直線に進んでいった。
咄嗟の言葉に日ごろの思いが微妙に込められているようだ。

「熊さんって……」
「ほら、落ち込んでないで行くぞ」
「そうだよ。他のみんなはもう行っちまったよ?」
「……みんな薄情だな」

落ち込むビクトールに声をかけてあげたのは、傭兵隊の時からの仲間の2人だけ(フリックとレオナ)
なんとも世知辛い世の中だった。
しかし、調査中の噂にリオウが関わっていたとなれば、誰でも興味を引かれるだろう。
その証拠に、日ごろ「頭脳勝負しかしません」宣言を態度で表しているシュウですら全力疾走してナナミを追いかけてきたのだ。
(しかも息切れすらしてなかった……鬼軍師恐るべし)
3人も急いでナナミを追って、その階の外(いまだ工事中のテラス)に出た。





バン!!

勢いよく外への扉を開けたナナミは、さっと視線を走らせすぐに人影を見つけることが出来た。
その人影はちょうど良い高さの瓦礫に座り、そっと夜空の月を見上げていた。

「リオウ!」
「……ナナミ」

リオウは呼び声に振り向いて扉のほうを見た。
そこにはナナミの他にも数人の人影が見える。
ナナミは急いでリオウに駆け寄り、そっとその手を握った。

「リオウ、手冷たいよ。ずっと外にいたの?」
「うん」
「もう! ホウアン先生に安静にしなさいって言われたでしょ?」
「だから、ここにいる」
「……そう、でもここは危ないよ」

ナナミはリオウの手を握りながらそっと目を伏せた。
リオウはナナミを見つめながらも、その目はもっとずっと遠くを見ているように儚げだ。

「リオウ殿」

そこに、シュウが声を響かせた。
真摯な眼差しでリオウを見つめ、手に持っていた肩掛けをそっとリオウにかけた。
(さすが軍師、準備がいい)
リオウは感謝の気持ちを込めた暖かい瞳でシュウを見つめた。
シュウはその声無き感謝の言葉をしっかり受け取りつつも、真剣な表情で問いかけた。

「先ほどの歌声は、リオウ殿ですか?」

扉の近くの人影たちからはっとした空気が伝わってくる。
その人数はナナミが来た時より多くなっている。
この場にいるすべての者が返答を期待する中、リオウはそっと口を開いた。

「うん」
「なぜ歌っていたのですか」

リオウの顔は無表情なのに、瞳いっぱいに含まれた悲哀と慟哭が伝わってきた。
シュウは、その悲しみに引きずられそうになりながらも質問を繰り返す。
もしかしてと、その答えが己の胸の内にあったとしても。

「今日、人が死んだ。僕は、歌うことしか出来ないんだ」
「リオウ殿……」
「僕が戦場に連れて行った。僕は彼らを死なせてしまった。それなのに、僕は彼らに何も出来ない」

いつもは言葉少ななリオウが饒舌に思いを語る様子が、その言葉以上に痛々しく感じられた。
まるでいつもは止めていたものが、ぽろぽろと零れてしまうように思いが言葉として流れ出しているようだ。
間近で見ていたシュウも、少し離れた地にいた他の者たちもリオウの悲しみが伝わってきて悲しげな表情をしていた。

「いいえ、リオウ殿。彼らは己の信念の為に戦いました。決してリオウ殿のせいで命を落としたのではありません」
「そうだよ、リオウ。リオウは頑張ってるじゃない。みんなそれを知ってるよ?」
「うん。僕が歌うのは、僕のため」

彼らが亡くなったことを自分のせいだけにするのは、彼らに対して失礼だろう。
彼らは彼らの意志で戦いに参加したということは分かっている。
しかし、自分が軍主として戦場に連れて行ってしまったというのも事実なのだ。
亡くなった人のために歌うとは言えない。
結局は……残された者のエゴでしかないのだから。

そんな思いを込めながら、リオウは透き通る眼差しでその場の者たちを見つめた。

「ごめんなさい。僕も噂のこと知ってた……でも――」 










僕はすべてを護りたいんだ
(無理だと分かっていても捨てられない願いを胸にせめて護れなかった者たちには惜別の歌を贈りたい)




噂の真相はゆっくりと新同盟軍の者たちに知られていった。
慈愛と悲哀の織り混ざる人を惹き付けて止まない歌声が、いつしか人々の意志を高めることとなる。

こんな哀しい歌を歌わせないように、必ずこの城に帰ってこようという決意へ
こんな美しい歌を歌ってもらえるなら、全力で戦うことが出来るという意欲へ
例え一兵卒であっても軍主はこんなにも胸を痛め、歌ってくれるのだという喜びと安堵へ

これより後、戦いの後の新同盟軍の本拠地はひっそりとした気配に包まれることになる。






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