「――ッ!」
「! リオウ!!」
「っリオウー!!」

戦闘中、一瞬の判断が危険を招くことがある。
リオウが迷いを浮かべた瞬間、すでにその身体は空中にあった。
人型の鷹と言える魔物―スカイナイト―の足に捕まり、リオウは空中に連れ出されていた。

バサッ

「――!」

スカイナイトの大きな羽ばたきが響いた。
その瞬間、リオウは空高くからその身を放り出された。
その場から落ちればいくらリオウでも大怪我は免れない、そんな高所から。
魔物は集団で現れていた。
前衛陣はその対応で手を話すことが出来ず、後衛陣もピクシーの攻撃を受けていた。
なので他のPTはいまだ戦闘から逃れることが出来ず、リオウを庇うことも助けに走ることも出来なかった。
リオウ自身も怪我は免れないかと諦めた時。

――漆黒の風が吹いた。





先ほどのようにリオウが魔物に捕まってしまうのは珍しい事だった。
PTメンバーが戦闘に気をとられた一瞬に狙われたので、リオウを庇うことができなかったのだ。
いつもなら本当に危ない時には誰かの守りがあった。
リオウを失うことは同盟軍の瓦解を招く。
遠征の時も戦争の時も、リオウの傍にいる者は事前に軍師から必ずリオウを守るようにと言い聞かされている。
(あの鬼軍師が笑顔で言うのだ『リオウ殿に何かあったら……分かるな?』いやいやいや、鬼軍師の笑顔もさることながら、何されるのか分かりそうで分からないのがさらに恐怖を誘う)
軽い擦り傷切り傷(最低限でもおくすりや回復術で治る)程度ならば鬼軍師も黙認するしそれすら庇っていたら戦闘にならない。
しかし頻繁に庇わなければならない事態になる程リオウは弱くなかった。
そして今回訪れたのは二度目の洛帝山で、油断した一面もあったのかもしれない。

だから思ってしまっていたのだ――リオウなら大丈夫――と。





「クライブさん、ありがとう」

ダンジョン中で比較的魔物の少ない場所で休息をとっている時。
リオウはPTの端の方で休んでいるクライブのもとに近寄るとそう言った。
先ほどの戦闘直後はみんなに(凄く)心配されて囲まれてしまったので、今まで言い逃がしていたのだ。
(リオウを心配しているというより、シュウの雷に恐怖してリオウに怪我がないかあたふたしていた者もいたが)
リオウが空中に放り出された時。
ただ一人戦闘から離れて仲間たちの支援をしていたクライブのみが反応して走り出していた。

「……いや。礼を言われることではない」
「ありがとう」
「……」

リオウはお礼の言葉を繰り返す。
それほどクライブに感謝しているようだ。
クライブが無言でリオウを見返すと、リオウは無表情だが瞳に暖かい光を浮かべていた。
無表情なのに目だけはきらきらくるくると光を変え、分かりやすいほどリオウの感情を伝えてくる。
この瞳から想いが聞こえるようになったのはいつからだっただろう、とクライブは内心考えた。

「ありがとう」
「……どういたしまして。気をつけろよ」
「うん」

クライブが観念して礼を受け取り返事を返すと、今度こそリオウはその無表情をうっすらと笑みに変えた。
それを見てクライブは自身も気づかぬながらもうっすらと頬に熱を集めると、うろうろと視線を彷徨わせた。
リオウの笑顔を見るのは初めてではないが、こうして直接向けられるのは少ない。
リオウは珍しくいまだに笑顔を浮かべたままクライブを見つめている。
(いつもなら笑顔はすぐにまた無表情に戻ってしまう)
それがさらにクライブの戸惑いを大きくした。

「黒い風」
「……?」
「クライブさん、黒い風みたいだった」

いきなりよく分からない単語を呟いたリオウに、クライブは無言で疑問の目線を向けた。

ああ、こうして無言でいても気楽な相手はそう多くなかったな

そう関係ないことを考えながら。
その思いを正しく汲み取ったリオウは、言葉を増やして自分の想いを伝えた。

「上から見てた」
「……そうか」

どうやら自分のことが黒い風に見えたと伝えたかったらしい。
クライブが分かったという風に頷く。
するとリオウはクライブの方に手を伸ばし、そっと彼を包む黒いマントを掴んだ。

「?」

クライブは珍しいリオウの行動を不思議そうに眺めていた。
先ほどリオウの話したいことは終わっただろうに、まだ何か用事があるのだろうか。
それにこうやってマントを掴まれたのは初めてだった。
クライブが変わらず見ていると、リオウは恥かしそうな笑みを浮かべながら言った。


「クライブさん、格好良かった」


クライブは面食らった。
その明け透けな言葉にも驚いたが、リオウの表情はいつもの無表情やたまに浮かべる微笑とは違って、顔全体で嬉しさを表現しているように華やかな笑顔だった。

「? クライブさん?」
「……」

クライブはすぐにリオウから顔を背け伏せていた。
今はもうはっきりと顔に熱が集まっているのが分かる。
見た目にもくっきり赤面しているのが分かるのではないかと思った。
不思議そうに声を声をかけてくるリオウに上手く返答することなど出来そうもなかった。
しかしまだリオウは不思議そうに見つめてくる(おそらく返事を返すまで、ずっと)
クライブがどうしようか迷っていると、明るい声が響いてきた。

「リオウー? もうそろそろ出発しないと今日中に帰れないよ?」
「……うん。行こうか」

出発を促す姉の声に、リオウは頷き立ち上がった。
クライブはその声に助けられたような残念なような気持ちを抱きながら立ち上がる。
まだ顔はうつむき加減で、表情は黒い布の影に隠れている。
そして一行はまた目的地に向けてダンジョンを歩き出した。





初めはただ目的のために利用するつもりだった。
この地方の戦争の余波に巻き込まれてしまい、苦々しく思いながらも足止め食っていた時に出会ったのがリオウだった。
いや、本当はそれ以前にも会ってはいたが、しっかりと言葉を交わし相手を認識したのはその時だ。
あの女を追うためにレイクウェストに行かなければならない。
それなのに王国軍の制圧のせいで船が出せない。
早く行かなければ……そうして何か方法はないかと探していた時、リオウはその方法を提示してきた。
その代わりに『仲間』になることを条件に。

その時はレイクウェストに行けるなら(あの女を追い詰めることが出来るなら)とすぐに頷いた。
『仲間』といっても仮初のものであるし、この戦いの間だけそれなりに力を貸せばいいだろうと思って。
以前も国を左右する戦いに参加したが、最低限の干渉をすることもされることもなかった。
その戦いが終わればまた使命を果たすためにすぐにその地を後にした。
今回もそうして最低限の交流とそれなりの尽力(命を落としたら元も子もない)をすればいいと考えていた。
そして今はあの女の情報があり、それを追うことが至上の使命だったから。
とにかくレイクウェストに行けさえすればいいと思って、利用したのだが――

「なぁ、そういえばどうしてココに来たんだ?」
「そうだよなー。前にボスは倒しちまったんだろ?」
「ここに取り忘れてた宝箱があるんだ。ね、リオウ」
「(こくり)」
「あの時は荷物がいっぱいで誰も持てなかったからねぇ」

楽しそうに会話をする少年少女たちを見て、クライブはさらに思考を深めていく。
初めて本拠地である城に来てすぐ、時間を見つけてはリオウはクライブを連れて城の様々な場所を案内した。
その時は言葉少なではあるが必死に伝えようとする様を、柄にも無く微笑ましく思ってしまった。
気づいたらこの少年の目の輝きを読み取れるようになっていた。
気づいたらこの少年と居ても自然体でいられるようになっていた。
気づいたら城の者たちと(多くはないが)交流を持つようになっていた。
気づいたら『利用するため』や『仮初の仲間』といったものを超えてこの少年―リオウ―を守りたいと思うようになっていた。

先ほどの戦闘だって。
使命のためには自身の身を危険にさらすわけにはいかない、と離れた場所からの支援を行っていた。
いつあの女と対峙してもいいように、いつでも身体に欠損がないようにしなければならなかった。
武器がガンである己にとってはそう珍しいことではないので、誰も不審には思わない。
しかしリオウが魔物に空中に放り出された瞬間――気づけばもう足は動き出していた。

あの高さから落ちてくる人間を受け止めると、自身もただではすまない。
最悪、ガンを扱うための手や腕に重大なダメージを受けることになる。
紋章を使い衝撃を吸収させればリオウに大きな怪我はないだろう。

そんなこと思いもつかずに、ただ全力で足を動かしてリオウの体を受け止めた。
リオウに怪我がないことを一瞬で判断すると、瞬時に片手でガンを操りスカイナイトを打ち落とした。
リオウに目立った怪我がなくクライブの腕にさほどの衝撃がなかったのは、リオウの受身が上手かったのとクライブが上手く衝撃を殺して受け止めたからだった。
腕の中のリオウが変わらず元気そうな様子でどんなに安堵したことか。
そしてそんな暖かい感情を抱いている自分を、躊躇いもなく受け止める己自身に気づいた。

クライブはもう、自覚しないわけにはいかなかった。





「クライブさん、行こう?」

クライブがPTから少し離れていたことに気づいたリオウは、そう声をかけた。
いつもは静かなリオウはしかし言葉を惜しんでいるわけではない。
必要な時に必要な言葉をかけることに関しては、むしろ誰よりも饒舌であると言えた。
その言葉のひとつひとつがクライブの頑なになっていた心を溶かしていたのかもしれない。

「……ああ」

いまだ人とのこんなさり気無い会話は苦手だった。
しかし、リオウとならそれも出来る……出来るようになっていた。
それがこの少年の魅力であり、自分もそれに囚われてしまっていた。
自身がある組織に属し、あの女を敵として追っていることに変わりはない。
しかし……










黒い風の囚われた白い光
(風のように一瞬の交わりでも輝きはあると光は微笑む)



この手の届く限り、リオウを守り続けよう

そう心の中で決意をしながら、クライブは少年少女たちのもとへと足を速めた。
そこには暖かい日の光が満ちているように感じられた。






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