とりあえず無難な道を選ぼう。
そう決意した陽子は、この身体には馴染みのない気配を根性で練り上げた。
その気配があたりに満たされ、結界内にいた者はみな驚きの顔で陽子を見上げた。
「決めました」
景麒と泰麒のみならず、彼らの背後に控えた使令たちもごくりと唾を飲み込んだ。
ようやく、王の選択が告げられる。
告げられる言葉は天国か地獄か。
選ばれるか選ばれないかで、この先の未来は大きく変わるだろう。
すでに陽子に心を奪われてる両麒麟は懇願するような眼差しで少女を見つめた。
自分こそが、この人の半身になりたい。ずっと一緒にいたい。
そんな思いを乗せて、熱い眼差しを送る。
いつの間にか立ち上がっていた陽子は、王者の風格を漂わせて辺りを見渡した。
誰もが自分を注視している。
それはそうだ。この先の自分の言葉は彼らの運命を変えるのだから。
だからこそ、この言葉に力を込めて世界に放とう。
「延麒! 私と一緒にかけおちしませんか!?」
「へ?」
間抜けな声を漏らして間抜けな表情を浮かべる延麒。
完全に自分は蚊帳の外だと思っていた彼は、いきなり舞台の中央に引きずり出された。
陽子は椅子を蹴飛ばして延麒の近くに膝をつく。
いまだに椅子に腰掛けていた延麒の両手をギュッと握り、必殺の表情を浮かべて真摯に見つめた。
「このような小さな身体で国を背負うのは辛くはありませんか? この機会に休養をとってはいかがでしょう。大丈夫です。寛大なる賢王でいらっしゃる延王ならば、いつも頑張っていらっしゃる延麒がお休みをとられてもお怒りになることはありますまい。私を遠い地まで連れて行ってはくれませんか?」
一息で言い切った。しかもそれは聞き取れるギリギリの早さ。
声には過剰に甘さと切なさを乗せてみた。そして表情は百発百中の必殺の笑顔である。
最後に、延麒の手をちょっとつねるのがポイントだ。
景麒と泰麒が固まっている間に、延麒は現世に舞い戻った。
「ああ、陽子。俺に任せろ。お前が望むならどんな場所にも連れて行ってやるよ」
延麒は陽子の手を力強く握り替えした。
しかし、その瞳はどこか虚ろで、熱病にかかっていっちゃた人の目をしていた。
ここで求愛行為(違)をしていた両麒麟が息を吹き返した。
予想を急転直下でぶった切る答えを聞いたことで、柄にもなく固まってしまった。
自分の運命を決める極度の緊張に満たされていたせいだ。そうじゃなければこんな遅れはとらない。
二人は『その手に握られるのは私の手であるはずなのに!』と麒麟生初の憎悪を込めて延麒を睨み付けた。
激怒が驚愕を上回り、ついに麒麟にあるまじき罵声が口から飛び出そうになった瞬間。
「『閉じよ』」
力のある言葉が延麒から発せられた。
依然として熱に浮かされたような状態の延麒だったが、その行動の的確さと迅速さはいつも以上であった。
両麒麟を包んで新たな結界が出現し、彼らの使令たちも巻き込んで場に固定してしまった。
実は(こっそり)使令を差し向けようとしていた(わりと)過激な二人は愕然とした。
完全に閉じこめられた。相手は自分たちより上手だった。
二人にとって、麒麟として大先輩である延麒の生み出した結界を解くことは不可能だった。
延麒が妖艶に微笑んだ。
「陽子は貰っていくぞ」
「「−−!!」」
小さな結界の中に色づいたような怒りのオーラが満ちた。
発生源はもちろん、慈愛の生物(のはず)の麒麟二人。
使令たちも延麒の言葉に怒っちゃいるが、それ以上に自分の主が恐ろしかった。涙目。
その間にも、延麒の影から次々と使令が現れた。
数匹が己のそばで頭を垂れたのを確認すると、延麒は陽子に優しく微笑んだ。
「さぁ、陽子が乗りたい奴を選んで。俺たちの楽園に行くために」
「……はい」
陽子が頬を染めて延麒の手に、自身の手を重ねた。
側近くの結界内では憤怒と悲哀と驚愕と恐怖が上手い具合に混じり合って混沌としている。
結界の色は半透明のはずなのになぜか中が見えない。
両麒麟たちも必死に結界を解こうとしているが、やはり無理矢理解くには延麒との経験値の差が痛かった。
こうして陽子は延麒の手をとり、2人だけの優しい世界へと旅立ちましたとさ−−
「はは、陽子って面白いやつだな〜。考える時間が欲しかったならそう言えばいいのに」
「……言える状況でしたか? 景麒も泰麒もいきなり迫ってきましたし……」
「ああ、そこはあいつらの落ち度だな。自己紹介も国の説明も全部飛び越してたんだし、フラれるのも仕方がないってことか〜」
陽子のすぐそばで延麒が笑った。その震動が伝わってきて少しくすぐったい。
二人一緒に悧角に乗っているのだが、その時の景麒と泰麒の表情は凄かった。
それを思い出して陽子が笑っていると、前に座っていた延麒がクルリと振り向いた。
「?」
「陽子、さっきの言葉に偽りはないぞ」
いつもの悪戯っ子のような表情ではなく、大人の色気をまとってニヤリと笑う。
「陽子が望むなら、俺はどこへでも、どこまでも陽子を連れていく」
そう言って、陽子の頬をするりと撫でた。
一瞬目を見開いた陽子は、すぐにクスリと笑って手を伸ばす。
「では、私たちだけの安息の地へ連れて行って下さい」
延麒の側頭部を優しく撫で、風に舞う髪に指を通した。
「……ちぇ、陽子は動じないんだな」
悔しそうに呟く延麒に、陽子は無言で笑みを返した。
その笑みを見て延麒は思う。
自分もこの時代の麒麟に生まれたかった。
そうしたらきっと、今回の争奪戦に自分も加わって、思う存分彼女に愛を囁けたのに−−
陽子の必殺攻撃は普通に直撃していた。
十二国に嵐の予感。