「次は君だ! ヨーコ!」
陽子は己の思考が定まらぬままだったが、呼ばれたので前に出た。
目の前にはロープでグルグル巻きにされている怪物がいる。
しかし陽子が出てくるとソレはゆらりと煙に包まれ、何かに変化していった。
今やクラス中の生徒が陽子とソレを凝視していた。
今までの気怠そうな雰囲気が一変し、薄笑いを浮かべていた人間たちも興味津々の表情を浮かべている。
はじめはバカにしていた教師の授業だったが、気付けば真面目に取り組んでいた者も多い。
それでも、この瞬間に流れた空気は今までの中で一番真剣な空気だった。
色を変えたように集中した生徒たちの様子を見て、ルーピンは少し驚きながら今まさに名を呼んだ生徒を見た。
彼女はこれまでの生徒たちとは違い、落ち着いた雰囲気を纏ったまま真似妖怪の前に立っている。
自分が在籍していた頃のスリザリン生の中には、こんな風に彼ら全員の気を引くような人物はいなかった。
きっとスリザリン生の気質は変わらない……ならばよっぽど彼女が彼らの心を捕らえる『何か』を持っているのだろうか?
ルーピンが思考している間にも、真似妖怪はゆっくりと姿を変えていった。
「……なるほど」
陽子はポツリと呟いた。
目の前に立つのは美しい衣装を見に纏った男性。
イギリスでは珍しい、魔法界でも見たこともないその衣装は、陽子にとっては見慣れたものだった。
『主上、お仕事が溜まっておられるようですが?』
ニコリと浮かべる笑みは、その美しい顔に相応しい爽やかな微笑。
しかし目はギラギラと輝きこれっぽっちも笑っていないことが十分に伝わってくる。
美人の笑顔に眼福!というより、絶望に叩き落とし恐怖を感じさせる脅威の笑顔に大ショック!である。
シュジョーって何だろう?と思う前に、自分に向けられた訳では無いその笑顔を目に入れてしまったスリザリン生たちは、その恐ろしさに顔色を変えた。
ルーピンもちょっぴり冷や汗をかいた。
(これは……中々見られない腹黒い笑みだな)
自分も腹黒族だからこそわかる同族の匂いを感じていたりするが、何だか自分よりもレベルが数段上に感じられたことは秘密にしておこうと思った。
(誰に秘密にするの?)
さて、外野に恐怖と絶望を与える笑みを直接向けられている陽子といえば、いつもと変わらなかった。
むしろ笑みを浮かべてコーカン・ボガートに語りかけた。
「とてもいい着眼点だ。しかしそれでは私を恐怖させるには足りないようだな、20点」
真似妖怪はまたしても煙に包まれた。
どうやら彼女の言葉が彼(彼女?)のプライドに火を付けたようだ。
笑顔の破壊兵器が消えたことで、生徒たちは安堵の吐息をついた。
そして余裕が出てきたことで、今出てきた男性について悶々と考え出した。
どういうことだ……我らのヨーコとどういう関係なんだ!!
そんな思考に囚われつつも、次に出てくる『陽子の恐いモノ』に興味津々なのは変わらない。
じっと真剣に陽子と真似妖怪を見つめた。
次に出てきたのは、儚げに座り込む男性の姿。
「―― 」
陽子が驚きの表情を浮かべて、何かを呟いた。
その声は小さすぎて誰にも聞こえなかったが、陽子が顔色を変えたことに生徒たちは驚いた。
いつもは暖かい笑みを浮かべて自分たちを見守っている陽子が、こんなにも驚きと悲しみに満たされている様子を初めて見た。
彼らは今度こそ『陽子の恐いコト』が出てきたと思い、現れた男性を凝視した。
『……主上』
顔を上げた男性の顔中に、醜い斑点があった。
目を見張るほど美しい造作をしているのに、頬の肉が削げ落ち、蒼白な顔色をして、さらには斑点があるのでその醜さが際立っている。
パラパラと流れ落ちる金色の髪は水分を失って傷みきった様子で、彼の壮絶な見た目に拍車をかけていた。
弱々しく伸ばされた手にも顔と同じ斑点があり、原因は分からないが何かの病に冒されていることが見てとれる。
しかし、瞳に浮かぶのは病に冒された弱々しい光ではなく、狂おしいまでに何かを求める強い光。
伸ばされた手の先に陽子が立っていることで、彼が求めているのが陽子であることが分かった。
誰もが見知らぬ男性の見た目に同情し、そうなってまで求めている(らしい)陽子に対して興味深そうな目を向けた。
そして陽子に視線を向けた途端、またしても驚愕に目を見開いた。
「……どうやらそれなりに力はあるようだな。近いぞ、80点」
陽子は先ほどと変わらない笑みを浮かべているように見える。
しかし纏う空気がいつも以上に張り詰め、この場にピリピリとした何かが張り巡らされた気がした。
陽子は珍しく心の底から怒っていた。
自分の恐怖するものと言われて、浮かんできたものの中にソレらはあった。
しかし、恐らく自分が真実恐れていることはソレらではない。
だから別にこうして目の前に現れても、気を乱すほど恐怖を感じたりしない。
感じたりしないが、目の前の光景は見せられて気分が良いものではないむしろ最悪だ。
何が悲しくて半身の病む姿を見なければならないのか、今まで自分はこんな姿にさせたことなんか無いのに!!
陽子は、最近では感じることが少なくなった心を突き動かすような殺意が、グルグルと腹の底を蠢くのを感じた。
その場にいる誰もが息苦しさを感じた瞬間、陽子自身がその空気を霧散させた。
すでに陽子はいつも通りの輝く笑みを浮かべている。
「しかしコレはチャンスだ! サンキューボガート! お前の犠牲は無駄にしない☆」
は?
みんな豹変した陽子の様子についていけなかった。
もちろん、後に続く呪文の後半がおかしいことに突っ込める強者はいない。
「リディクラス! カモン☆面白景麒!!」
バチン
「ナイス! サイコー! さすがだボガート〜!!」
陽子一人だけハイテンションになりながら爆笑していた。
そしてどこからともなく取り出したカメラでパシャパシャとボガートを撮っている。
「……」
「……」
「……」
先生も生徒もポカンとその様子を眺めるしかできない。
目の前には先ほどまで病んでいた男性が、見たこともないような仰々しい服装を纏い恥ずかしげに立っていた。
すでに彼に病魔の様子は見られず、美しい美貌が露わになり、艶めく髪も煌めきを取り戻している。
写真を取られて、なぜかボガートが満足そうな雰囲気を出している気がするのだがこれは錯覚だろうか?
彼らには陽子が笑う理由が分からなかったが、しかし陽子が笑っているということは一応授業内容には合っているらしい。
「えー、次は……」
「先生待って! もう一度だけ! もう一度だけ私にチャンスを下さい!!」
陽子はキラキラ輝く笑みを浮かべながらルーピンにそう言い放った。
その手に杖がギュッと握られており、もう一発行くゼー!!という雰囲気がビンビンに伝わってくる。
チャンスも何も、君はすでに大爆笑しているから大成功しているではないか。
ルーピンはそう思いながらも、少女に引きつった笑みを返した。