今日もそれなりの量の課題を出された孔也は、自室にて勉強中だった。
氷帝学園は一般人には敷居の高い上流階級出身の人間が多いが、学業に手を抜いているわけではない。
生徒たちの家柄を配慮することもあっても、だからといって課題を出すことに遠慮することとは話が違う。
むしろ、高貴な人間となるためには多くの知識を持ちなさい、とばかりに小難しい課題も少なくなかった。
そんな訳で今日も課題に勤しむ孔也は真剣に机に向かって手を動かしていたのだ。




コンコン




突然鳴り響いたノック音に、ハッとして孔也は扉を振り向いた。
集中していたせいで人の気配を感じなかったので、幾分か驚いた。


「……ラズロ、今大丈夫?」


聞こえてきたのは、扉越しの疾風の声だ。
疾風はこうした小さな礼儀であろうとも欠かさない人間だったりする。


「うん、大丈夫だよ」




ガチャ




「……」

「……? どうしたの?」


部屋に入ってきて無言で佇む疾風に、孔也は訝しげに問いかけた。
無駄なことを嫌う疾風が、こうして無言で立ちつくすなど珍しい。
何か話があるなら、自分の中で整理してから話しかけに来るのが常の疾風なのだから尚更だ。


「ルック……?」


問いかけても疾風は無言のまま、俯きがちに立っているだけだ。
その様子があまりにもいつもと異なることに、孔也が心配して疾風のそばに近寄った。
そっと立ち上がり、疾風の肩に手を置こうとして――




ズ、ッダン!!





「――っ!!」


突然全身を襲った痛みに、孔也はうめき声を上げた。
完全に油断していた孔也が目を白黒させていると、そっと影が出来るのを感じた。


「ラズロ……」


軽く頭を振ってから目を開ければ、そこには悲痛な表情をした疾風の顔があった。
珍しく有り得ないほど感情を乗せて、激情に浮かされた瞳でこちらを見つめている。


「ルック? これは一体……」


こちらも珍しく焦っている孔也は、この状況にパニックになっていた。
当たり前だ。
こんなにもドアップで珍表情の疾風に熱い眼差しを向けられていて、混乱しなければそれは疾風のことを知らないヤツに違いない。
しかもこの体勢。
なぜか自分は温かく柔らかい場所背を預け、肩はその場にギリギリと押さえつけられている。
そう、これはまるで押し倒されて……


「ねぇ、ラズロ……僕は今まで自分の気持ちに気づいていなかったんだ」

「は、はは、ルック。じゃあそれは気づかなくてもいいことだったんじゃない?」


うっとりとした眼差しを孔也に向けながら、囁くように疾風は語りかける。
その熱い通り越して痛い眼差しを受けながら孔也は震える声で言った。

や、やばい。こんな展開は今までになかった。
俺はどうすれば……どうやってコレを乗り切れば良いんだ!!!

今まで数々の試練と修羅場を乗り切ってきた英雄の魂を持つ孔也であっても、この状況は予想外すぎた。
命の危険がない変わりになぜだろう、何か別のものの危険を感じる。
背を伝う冷たい汗が、さらに焦りを促進させるようだった。
(ゾクゾクして鳥肌が異常発生した)


「大丈夫。安心して……」


優しい声音で囁く疾風に、孔也はもう恐怖しか感じなかった。
ゆっくりと愉悦に満ちた笑みを浮かべ、疾風は言った。





「寝込ませたりなんか、しないよ・・・!」





疾風は娼婦のように妖艶な笑みを浮かべると、そのまま上体を傾けて……






























「――――!!!!!」

声にならない絶叫と共に、孔也はガバリと身を起こした。
抑えきれぬ動悸と荒くなった呼吸音が聞こえてくる。
そして顔を真っ青にしたまま、絶望に染まった瞳でのろのろと辺りを見回した。

いつもと変わらぬ、自室だ。

孔也は机の上に散らばるノートや文房具をガシャー!っと勢いよく乱暴に落した。
そしてそのまま頭を振り落とす。



ゴヅン!!




「…………ゆめで、よかった……!」


孔也は超久しぶりにすっげー泣いた。
机上に止めどなく涙の洪水を引き起こしながら、孔也は今見た映像を必死に脳内から抹消するのだった。
ブツブツと聞こえてくる声は悲哀に満ちている。


るっくこわいるっくこわいるっくこわいるっくこわい……


それはまるで呪詛のように、一晩中この部屋に響き渡ったのだった。





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