――今日の俺はひと味違う。

ある男が鏡の前、心の中でつぶやいた。
鏡の前に立つことが希なその男、今日は随分と熱心に己の様子を眺めている。

顔に手を当てる――ツルツルの手触りから高級感を感じさせる。
埃っぽかったさっきとは大違いだ。入念に濡れ布巾で拭いた甲斐があるというものだ。
頭に手を当てる――手にしっかりと馴染む芯のあるさわり心地。
いつものボサボサのグチャグチャとは全然違う。指通りが最悪な一歩先をゆく絡まり加減だ。
身体を一撫でする――チクチクと手に刺さる普通ではあり得ない感触。
ササッと手を動かせば軽く揺れる。独特の衣装が自分を一回り大きく見せている。

――今日の俺は、ひと味違う。

もう一度心の中で唱えて、ギュッと手の中の物を握った。
右手に凶器、左手にバケツ。



「おーい、青鬼役〜! 早く行くぞー」



その言葉に、サッと身を翻した。


顔に鬼面、頭にカツラ、身体に付ける蓑の外套。
右手に握る包丁に、左腕には桶をかけ。


――今日の俺はひと味違う……俺はなまはげだァ!!


秋田の某所にてバイト青年は力一杯叫んだ。
もちろん、心の中で。










俺と僕となまはげと










「……」
「……」

冷や汗がたらり。

どうしてこんなことになったんだろうか……

とりとめもない思考に満たされつつも、ピリピリ突き刺さる冷気が意識を澄ませる。
下方から突き刺さる視線は、これまで受けたことがないほど冷たく感じた。
……決して、笑いすぎて流した汗のせいで身体が冷えたからではない(と思いたい)

そうだ。さっきまで俺は笑っていた。
これで今年も笑い納めかと思うほど豪快に、笑いすぎて涙が出るほど全力で、うっすらと走馬燈が脳裏に過ぎりそうなほど力一杯に!!
(いやーまぁ、うん。笑いすぎて呼吸困難になったんだよな、ハハハ)

しかし今は、冷めた表情をした少年と睨み合い。

「……」
「……」

な、なんだこの少年は……。
今日の俺はひと味違うはず……なのになぜ!この少年は驚かないんだ!?

さっきまでは、俺の姿を見て爆発的に泣き叫ぶ子どもたちを見て、正直笑いが止まらなかった。
声を上げればさらに大泣きしてぶっちゃけ超面白かったー!!
なんて言うの?ストレス解消☆みたいなー!?

だ、誰だいま俺のことサイテーとか言ったヤツ!!
俺は日々の生活に疲れ果てた可哀想な青年なんだ……少しくらい大目に見てくれても良いだろう。
それにこれ(脅かすこと★)は立派な業務の内なんだから仕方がないんだ。
俺だって好きで子どもたちを泣かせている訳じゃないんだ……コレも仕事、仕事、仕事。
……ま、楽しんでいたのも事実なんだけどな!!
だ、誰だいま俺のことサイ(略)

だがしかし。
だがだがしかし!!

ついに未知の敵に遭遇しました、秋田を代表する妖怪のなまはげマンです。
(バイト仕様なので若干レベルが低くめですがご了承下さい)

「……」
「……」

少年と目を合わせはじめて、実はまだ数瞬しか経っていない。
(俺の高速回転動揺迷路のスバラシサを知ったかな!?フフフ☆)
しかし永遠にも感じられるこの時間、俺はどうやってこの危機を乗り越えればいいでしょうか!?

一度見つめ合ってしまうと今さら脅かすのはちょっと……(ヘタレって言うなよ!?)
同じ理由で今さら踵を返して別の道に行くのも……ていうか実はココは路地裏で、背後はすでにどう歩いたか分からない迷路道なんだなコレが☆
さらに言えば、爆笑を押さえるためにフラフラ歩いていたらなまはげーズから離れて、はぐれなまはげになっちゃったんだよな☆
某はぐれメタルみたいに、倒しても通常より多めの金銭を落とすことはありませんので、オヤジ狩りならぬなまはげ狩りは反対です!
……、まぁ君たちが何を言いたいかは俺がよく分かっているからその言葉は胸に閉まっておいてくれぃ。

「……ねぇ」
「!!」

しょうねん が くちをひらいた!
なまはげ は どうようして うごけない!!





「それ、おとしたよ」





小さな指の先には、ぶっとい包丁。
子どもの玩具を大きくしたように、切れ味は最悪そうな独特のフォルム。
あ、もしかして思い出し笑いで壁をバンバンしている時に落としたのか?
(エロくない!俺はエロくないぞ!?)

「……ど、どうもありがとう」

なまはげ は おれいをいった!
ゆっくりと てをのばして ぶきを ひろった!!

「……」
「……」

アレ、何コレまたしても沈黙の睨み合い再発!?
少年の視線は相変わらず冷たい……が、これはきっとこの少年の通常装備に違いない……よな?

……!! も、もしかして……!!

これはもしかして、俺のなまはげレベルを上げるための特殊イベントなのか!?
この少年を見事驚かせ絶叫を上げさせることが出来れば、『なまはげ 見習い』から『なまはげ 若葉マーク』くらいにはなるかもしれない!!
……見習いと若葉マークはどっちが上だろうか……どっちもはじまりの段階であることには違いないな。
……イヤ、別に俺は『なまはげ マスター』を目指しているわけではないんだけどな!?
『なまはげ 免許皆伝』『なまはげ 一人二鬼(なまはげは赤鬼と青鬼のセットです)』といった、なんだか凄そうなモノを狙っているわけでもない。
ついでに言えば今までの名称は全て俺の捏造です。
うっかり信じてマジで『なまはげ 紫鬼(赤鬼と青鬼を足した強そうな雰囲気?)』を目標にしないように気をつけてくれ。

「……」
「……」

しまった!また己の思考に囚われすぎて少年のことを忘れていたウッカリ!!
少年の目は今も極寒、まるで今日の寒空のようにさわれば凍えそうだ。

よし、さっきは少年に先制攻撃を許したが(もの凄く思いこみ)次は俺の番だ。
ここで年長者としての威厳を――

「――、どこにいるんだ……はやて?」
「……ここだよ」
「ここにいたのか、さがしたんだぞ。いきなりいなくなるから……、……」

「……」
「……」
「……」

沈黙がさらに重くなった。
少年はさっきから変わらないまま冷めた目で俺を見つめ、俺は固まっていた身体をさらに硬直させ、新登場した少年が鋭い眼差しで俺を睨み付けている。
そう、俺を睨み付けているんだ!!
少年にあるまじきギラギラと敵意に燃える鋭い眼光で、俺を刺し貫くかのように睨み据えている。
(それは、数年後に同級生及び上級生や下級生までもを震え上がらせる脅威の視線)

……俺が何をしたんだー!?

(まだ)何もしていないぞ未遂だ未遂!!
これから脅かそうと思っていたのに、脅かす前に俺自身が牽制されている気がするのはどうしてだろうな!?
格好か、格好が悪いのか!?
……。
あーそう言われればこの格好はすでに危なさマックスだな。
一目で子どもの警戒を引き上げる最高に最悪な衣装だ。
なんせ、なまはげだもん☆

「……」
「……」
「……」

ち、沈黙が痛いぜ……

ていうか俺はなんでこんな場所で立ち往生しているんだろうな?
そもそも今日の俺の任務は『より多くの子どもを驚かすこと』だ。
こうして一つ所に止まることは許されない……そうだ、今の俺には待っている子どもたちがいる!!
俺に脅かされることを望んでいる子どもたちがいるんだァー!!
(いねぇよ、脅かされるのを待つ子どもなんて☆)
それを思い出したなら話は早い!
とにかくこの窮地を脱出し、早く普通の子どもたちを驚かすことに専念しなければ!

……この子たちはきっと【少し普通じゃない】子どもたちなんだ。
子どもを普遍の生き物だと思ってはいけないよな。
幼少の内から個性を抑えることは良いことではない。
この子たちの個性をしっかりと評価し、受け入れることも大人にとってはとてーも大切なことだ。
こうして未知の怪物に出会っても平静を保ち、静かにこちらの様子を窺うなんて、なんと勇敢な子どもたちなんだ!
むしろその個性はキラッキラと光り輝く大器に違いない!!
時代が違えば、彼らは英雄の卵となり得た存在かも知れないぞ!?
(軽く混乱中)

さあ、新たな一歩を踏み出すんだ俺!
今も俺を待っているちびっ子たちがいるんだ!
俺のなまはげップリを待ち望んでいる子どもたちのためにー!!

俺はそっと手を挙げた。
右手には包丁、左手には桶、鬼面で華麗に日を反射させ、もっさもさの髪を振り乱す!!
これぞ俺の描く最高のなまはげなn――

「おーいおまえらー! なにしてんだよー!」
「おまえたちも、なかまにいれてやるって、いってんだろー!?」
「そうだぞ、そうだぞ!」
「はやくしないと、やめちゃうぞ!」

パタパタ、バタバタと軽やかな足音が響いてくる。
今にも転けそうな危ない足音で、重さを感じさせない音。
それがこの場所に近づいてきて……

「! ひ、あ、ぅぎゃー!!!」
「う、わぁぁぁあぁああああん!!」
「キャァァアァアァアアアア!!」
「!! あ、あああ、ああぁぁあぁぁああぁ!!!」
「うえ、うわぁぁああ!! おばげー!!!!」
「ぅえぇぇええぇえええええん!!」



こ れ だ … … !!



「悪い子はい゛ね゛が〜!?」



「ギャァァアアァァァァアァァ!!」
「おがぁあぁぁざぁあぁあぁあああん!!!」
「う゛ぇえええぇぇぇえええん!」
「い゛ぁああぁぁだぁぁあぁぁああああ!!」
「dhf;あおぷあ;ht;おあいh;お!!」


すでに半分以上泣いていた子どもたちが、急速沸騰させたかのようにさらに大声で泣き始めた。
人数以上に響く声音で、子どもたちがどれほど全力で泣き叫んでいるのかが分かるだろう。ていうかすでにそれは人語じゃない。

突沸は危険なので沸騰石を入れて下さい……突驚は危険ですので姿見せから始めて下さい……どちらも大切なことだが、今回は守る暇がなかった。
姿を見せるも何も、怪物は路地裏に潜み獲物が近づいてくるのを待ち、獲物が顔を出す瞬間に襲いかかる体制を整えていたのだから!!
(え、俺はそんなつもり無かったんだけど!?)
(とか言いつつ彼はすでにノリノリだった)



「おおう、泣く子を見づげだ〜!! 喰ってやるぞ〜!!」

※なまはげは子どもを食べる妖怪ではありません。



ぎゃぁぁああぁぁぁあああぁぁぁああぁあ!!!

イヤダァアァァァァアァァ!!!





カ イ カ ン … … ☆

コレだコレ!! 俺が求めていた反応はこれなんだ!!
俺が動くたびに子どもたちは悲鳴を上げ、一歩近づけば震えて後ずさりした。
フッフッフ、驚きすぎて『逃げる』という選択肢を見いだすことが出来なくなったんだろうな可哀想に☆
なんだってもうこんなに子どもって言うのは可愛いんだろうな……
子どもって苦手なんだけど、こんな子どもなら大丈夫だな!!笑
だ、誰だいま俺(略)

その時の俺は、目先の喜びに浸っていたんだ。
よく考えてみれば、まだ近くに【彼ら】がいたということを忘れて。

「……うるさいな」


ヒュン


「グッフゥォォォオオ!!」

腹部から脳天に駆け抜けた激痛に、俺は豪快に地面に倒れ込んだ。
ていうか、コトバにならない痛みってのがホントにアッタンダナ……!!

「え、……」
「あ……」
「うぁ、あ……」

「す、すげぇ! たおした! かいぶつをたおしたー!!」
「うわぁ、コイツしんじゃったのかな?」
「すげー! すげー!! おまえ、たおしたな!!」
「よ、よかったぁ……」

薄れる意識の中、子どもたちが歓声を上げているのが聞こえた。
そ、そうだった……近くにまだ英雄の卵がいることを忘れてた!!
俺は所詮なまはげ……RPGで言うところのモンスターというやつだ。
勇者がいれば倒されるに決まっていたのに、なぜ『にげる!』コマンドを使わなかったんだ……!

「すごいな、はやて」
「……べつに」

「なぁなぁ、おまえすげーじゃん!」
「そうだよ! コイツたおしちゃった!!」
「おまえ、ぼくたちのなかまにしてやるぜ!」
「あ……これ、きっとなまはげだよ」

「なんだおまえ、コイツのことしってんのか?」
「うん……ほんでみたよ。なまはげっていう『ようかい』なんだって」
「ようかいってなんだ?」
「なんだろう?」
「おれしらねー」
「ぼ、ぼくもよくわからないや……」

「『ようかい』は、いぎょうのすがたをした、せいぶつのことだ」

眼鏡をかけた少年が語るが、子どもたちは分かってないような顔をしている。
子どもたちの中でも若干年長らしい雰囲気を持っている眼鏡少年の言葉は、ちょっと子どもにとっては分かりにくかったらしい。
隣に立つ、眼鏡少年に似た少し小さめの少年は分かっているようだが。
つくづく普通とは違うようだな、英雄の卵たちよ……!!

「おまえ、なまはげたおすなんてすげーな」
「あ、おれのとーちゃん、ほんとはハゲだけどいっつもヅラでたおしてるっていってた」
「まじか! はげはづらでたおすのか!?」
「なまはげをたおすのは、なまづらなのかな」

ブッフーなまづら!?
あ、いだだだだだ……ヤバイヤバイヤバイ、少年に入れられた蹴りがハンパなく痛い!
なんだコレ……勇者特典で最初から『ちから 999』とかなんじゃねーかアリエネェよ!?
しかしなまづら……ブフッいっだー!!

「あ、でもママは『なまはだめよ。やきましょう』ていってるよ」
「なんだよ、なまをたおすのもあんのか?」
「じゃあそれもかえないとダメじゃん!」
「えっと……なまをたおすのは……やきだよ。……たぶん」



「じゃあおまえ、やきづらな!!」



「……」
「……」

痛みと笑いが同時に襲いかかり、俺はついに意識を失った。
極寒の中地面に倒れ伏した俺だったが、うっかり人通りの少ない場所で倒れたせいで危うく凍傷になりかけた。
もちろん『お前サボってただろう』と言われ、約束していたバイト代を大幅に減らされたのは言うまでもない……。
クッソー身内だと思って! 最初からそのつもりだったんだなあの親父めぇぇええ!!
……でも、倒れていて近所の人に助けられたのは事実だからなんもイエネー……グス。
泣き叫ぶ子どもを見て大爆笑していたツケが回ってきたんだろうな……あの少年はまさしく子どもたちの英雄だったワケだ。





この年、秋田某所に子どもたちの新しいヒーローが生まれた。
子どもたちが泣き叫ぶと颯爽と現れ怪物を倒していく……その姿は風のように素速く、大人たちには目にすることが出来ない。
しかし確実に意識を失うなまはげ仲間が増えていくことで、なまはげ社会の中では『キラー』(なまはげキラーの略)と呼ばれるようになった。

さらに、ある子どもたちの間では、なまはげを倒すヒーローのことを『やきづら』と呼び、自分たちも立派な『やきづら』になれるように訓練をしたという。
その地域では、この年から『子どもを驚かす』という行事から『大人と子どもの仁義なき戦い〜なまはげ団 vs やきづら衆〜』という一風変わった行事になってしまったのだった。


さぁ少年少女たちよ、立ち上がれ!!
今こそなまはげたちに反旗を翻す時が来た!!……かもしれない。






思いつきと勢いが変な形にまとまってしまった!
疾風くんの幼少期の伝説の一部ですが、視点を第三者にしたせいで活躍が全く見えませんね☆
年末年始に合わせて4人分そろえたいな〜とも思ったのですが断念↓
インスピレーションにビビッと来たのがコレでした。





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