「あ、リオウ! ちょいと時間はあるかい?」
リオウが珍しく一人で城内を散策していると、快活な声がかかった。
いつも一緒のナナミは最近出来た食堂にご執心で、今日も押しかけて創作料理に勤しんでいる。
(と、思っているのはナナミとリオウだけで、他の者はナナミの独創的すぎる生の工作に戦々恐々だ)
一人ですることもなかったので雑務を手伝っていれば「城内の様子を知ることも軍主の勤めですよ」とシュウに追い出されてしまった。
(真面目すぎる軍主に休みをとらせようとシュウも頑張っています)
ちなみに鬼軍師の称号は、一部に囁かれる程度だった頃の話である。
「……?」
「ほら、頼まれてたやつだよ」
「……!」
不思議そうにとことこと近寄ってきたリオウに、バーバラは手元の箱を見せた。
リオウはそれを見て嬉しそうに瞳を輝かせた。
それなりに濃い付き合いをしているバーバラはそれを感じ、豪快に笑った。
(リオウの変化を引き出すことは、古参メンバーの楽しみだ)
「どんなやつが良いか分からなかったからねぇ。色々取りそろえておいたよ。好きなやつを持っていきな!」
「……ありがとう」
目元を笑みの形に変えたリオウに、バーバラも嬉しそうに笑っている。
そのままバーバラは仕事に戻ったが、リオウはその場でじっと箱の中を見つめていた。
そっと手を伸ばしごそごそと漁る。
一つを持ち上げてはじっと見つめ、もう一つを持ち上げてみては広げてみたり撫でてみたり。
そうしてリオウは倉庫に居る男手たちに微笑ましそうに見られているとは気づかず、己の思考に没頭していくのであった。
日差しが木々の間を通り抜け、優しく暖かい光となって降り注ぐ。
さわさわと聞こえる葉のさざめきが溜まった疲れを癒していく。
「(やっぱり、人混みは苦手だな)」
木に背を預け、足を投げ出して座り込んでいるキニスンは内心で呟いた。
そばにいるシロの背を撫で、その毛皮の暖かさに緊張が解かれていくようだ。
人通りの多い中央通りから少し離れ、入り口に近いこの場所なら幾分かの安息が得られた。
いまだ復興中の本拠地の中でも早くに整備された場所であるだけに危険は少なく、緑がある。
「(まさか僕が軍に入ることになるなんて……)」
そっと瞼の裏に思い描くのは、赤い衣を纏った少年のこと。
自分と同じくらいの年代のはずなのに、なぜか『少年』と言ってしまうような純粋な人のこと。
偶然のような出会いで、彼について行くことを決めた。
はじめは少しの興味と小さな感謝の気持ちだったのかもしれない。
「(彼は……リオウくんは、大丈夫かな)」
運命がリオウを翻弄しているように見える。
襲ってくる王国軍から共に逃げ、神聖な祠の中で彼とその友人が消えた時、不思議な予感を感じた。
自然では感じたことのない、今まで森の中で暮らしている中では知りようもない、大きくて深い気配を感じたのだ。
彼らが現れた時には、その気配は無かった。
(無くなったのではなく彼らに宿り身を潜めて)
「(あれが『英雄の紋章』だったんだな……)」
紋章のことは必要最低限しかしらない。
だからなぜ同盟軍の人たちがリオウの『紋章』に括り、『英雄の子』であることに執着するのか分からなかった。
「(リオウくんは僕と同じ年くらいだ。なのに『軍主』になって)」
息つく暇もなく起こる騒動(王国軍との戦い)を経て、いつの間にかリオウは軍主になっていた。
気づけば高く遠い地に立つリオウ。
それは――
「グルルルル」
不意にシロが低いうなり声を上げた。
それに気づいたキニスンが、思ったよりも深く沈んでいた意識を浮上させる。
シロのうなり声は低く恐ろしく聞こえるものだが、それが警戒なのではなく歓喜の声だと分かった。
「(近づいて、シロが喜ぶ相手?)」
それはごく僅かしか存在しない。
休んでいるキニスンの邪魔になっても、歓迎したがる相手とは。
瞼を開けたキニスンの目に、日の光が突き刺すように飛び込んできた。
「……?」
ふっと己に影が出来た。
突然の陽光に目を細めていたキニスンが見上げると、そこには無表情のリオウが立っていた。
しかし、瞳に暖かい光を宿して。
「ああ、リオウくん」
「ウォン!」
キニスンが柔らかく、シロが嬉しそうに声をかけると、リオウはキラリと瞳を輝かせた。
それが挨拶代わりと分かる一人と一匹は笑みを浮かべる。
「久しぶりだね。遠征が無事に済んだようで、良かったです」
「……(こくん)」
「今日は執務は良いの?」
「……シュウに、追い出された」
呟くリオウに、キニスンは苦笑を浮かべた。
キニスンには軍師の思惑が瞬時に伝わったようである。
「……」
「……?」
腰を屈めたままじーっと見つめてくるリオウに、キニスンは不思議そうな表情を浮かべた。
いつもなら休憩にやってきたリオウは、すぐにキニスンの隣に腰掛ける。
そして間に居るシロを撫でながらぼんやりとしているのだ。
互いに無言であっても暖かく包み込むような空間に、キニスンも安らぎを感じていた。
しかし今日はそばに座ることなく、かなり熱心に見つめられているのである。
少しずつ顔に熱が集まるのを感じながら、キニスンは声をかけた。
「あの、どうかしましたか?」
「……、……、……これ」
リオウが数回口ごもりながらそっと手を出した。
リオウは無口だが口に出す時はハッキリと言葉にするため、口ごもることは珍しい。
それに驚きつつも、キニスンは差し出されたものを見た。
そして、目を見張る。
「これは……」
「あの時は、ありがとう」
その手にあるのは、真っ赤な長布。
あれはいつのことだったか。
砦に王国軍が攻めてきて、バラバラに逃げ出した時のこと。
砦から逃げ出したリオウ、ジョウイ、ナナミ、ムクムク、キニスン、シロが行動を共にしていた。
「よーし! 私が腕によりをかけて……!!」
「ま、待ってナナミ! 僕が調理するから、ナナミは薪を集めてきてくれないかな!?」
リオウが捕ってきた魚を前に、ナナミが腕まくりをしていた。
それを見て慌てたジョウイが、すぐにナナミの手に握られた包丁を奪い取る。
ナナミは不満げな声を上げた。
「えー」
「ほ、ほら。僕はさっきの戦闘で少し足を挫いたみたいだから、明日まではゆっくりしていないと……」
「ぇえ!? そうだったの!? 大丈夫、ジョウイ!」
ごめん、嘘だけど。
そんな心の声を囁きつつ、ジョウイは話に乗ってきたナナミにたたみ掛けるように言葉を続けた。
嘘に対して罪悪感も抱くが、ここでうっかりナナミに調理を任せれば明日の行動は不可能になりかねない。
(今は王国軍から逃げている最中で、危険も多いというのに!)
「う、うん。だから薪拾いを任せても良いかな?」
「よーっし任せて!!」
「……」
「あ、駄目! リオウもそこで待ってないと駄目!!」
やる気一杯に立ち上がったナナミにリオウもそっと近づくが、ナナミに止められてしまった。
不満げにナナミを見上げても、駄目なものは駄目らしく、ナナミはキッとリオウを見つめた。
(駄目ったら駄目なんだから、ゆっくり休んでなさい!)
(……分かった)
そんな言葉が聞こえてきそうな視線のやり取りだった。
「じゃあ行こっか、ムクムク!」
「ムー!!」
ムクムクを腕に抱きながら、ナナミは森の中に入っていった。
その様子をリオウはやっぱり不安そうに見つめる。
「シロ。シロも着いて行ってあげてくれるかい?」
「アォオオン」
「……」
さすがに女の子と小さな魔物だけでは不安だったらしいキニスンがシロに声をかける。
シロは頷き一鳴きすると、後を追って森に入っていった。
そのやり取りを見て、リオウが感謝を込めてキニスンを見つめた。
ジョウイもホッとしたようにキニスンに笑みを向けている。
「ありがとう。ナナミに料理をさせたくない一心だったんだけど、少し軽率だったよ」
「いや、薪が必要なのは変わりありません。それにこっちも人が少なくなると危ないだろうし」
「……?」
リオウが『どういうこと?』という瞳で2人を見つめると、それに気づいたジョウイが顔を顰めていった。
「ナナミを1人には出来ないけど、こっちに僕とリオウ2人だけが残るのも危険だったんだよ」
「……??」
「リオウ、君は今本調子じゃないだろ?」
ジョウイの鋭い言葉に、リオウはギクッと身を強ばらせた。
「……」
「ほら、そうやって目をそらしても駄目だよ」
「さっき川に落ちたせいでしょうね。服は乾いたみたいだけど」
さっと目を反らしたリオウに、ジョウイがじとーっとした目を向けてくる。
キニスンは心配そうな表情を浮かべている。
実は夕方頃、リオウは川に落ちた。
夕食の材料を捕ろうとして足を滑らせたナナミを庇って。
そして濡れてしまえば仕方がない、ということでリオウがそのまま魚をGETするために少々頑張ったのだが。
服や髪は夕日のおかげで乾いたのだが、冷えた身体が芯から温まるには足りなかったようだ。
「とにかく。今日はしっかり食べて暖かくして寝ないとね」
そう言ってジョウイは調理を始めた。
(あり合わせの物だけど)腕によりをかけてイイモン食わすゾー!という意気込みが伝わってくる。
それを見てリオウはほっこり心が温かくなりながらも……
「っくしゅ」
身体は冷えているようで、クシャミが出た。
それを見てさらに心配そうな顔つきになったキニスンが、ハッとしたようにごそごそし出した。
「リオウくん、これを被っていて下さい」
そうして差し出されたのは、いつもキニスンの肩を彩っている赤い布だった。
キニスンはリオウの言葉を待たずに、すぐに布を広げてリオウの肩にかけた。
意外と大きいようで、座っていたリオウの身体をすっぽりと覆っている。
「薄いけど、少しは違うかと思って」
布の端を合わせ、微笑みながらキニスンは言った。
リオウは戸惑いの籠もった眼差しでキニスンを見つめる。
「……」
「駄目ですよ。少しでも暖かくしないと」
リオウが小さく身動ぎしたのを感じ、キニスンが優しく言い諭した。
合わせた布をギュッと握りしめて、リオウが布から逃げられないようにして。
すると、布から小さな振動が伝わってきた。
「……今日はこの布を巻いたまま眠って下さいね」
「……」
小さく震えるリオウに、キニスンが反対を許さない声音で言った。
優しいキニスンには珍しい強制的な色合いの強い声だ。
リオウはそっとキニスンを見つめた。
(笑みの中に小さな怒りを宿す彼の瞳を見つけて)
おそらくキニスンは、リオウが震えを隠していたことに怒っている。
それに気付けなかった自分にも怒っている。
そして、隠そうと必死なリオウの心も察し、優しいから黙ってくれている。
(彼は、優しいから)
「……ありがとう」
気づいてくれてありがとう。
黙っていてくれてありがとう。
こうして暖めてくれてありがとう。
リオウは、たくさんの感謝の気持ちを込めて笑った。
そして明くる朝。
リオウを包んでいた長布にはいくつか傷が出来ていた。
残念ながらリオウは、寝相が悪いわけではないが良いとも言えなかった。
薄い布はリオウの寝相に耐えきることが出来ず、細かい破れが出来てしまったのだ。
リオウはそりゃーもう謝った。
いつもの無表情を悲哀に染めて謝った。
キニスンが謝り返してしまうくらい謝った。
破ければ縫えばいいことだし、この布も長く使っているから丁度換え時なんだ、と謝り倒すリオウにキニスンは色々言葉をかけた。
「僕が新しいものを贈るから、待ってて」
慰める?キニスンに、リオウはそう言った。
その時のキニスンには分からなかったが、リオウは決意にメラメラ燃える眼差しをしていた。
(それを見て、ジョウイとナナミが苦笑していた)
これは少し前の出来事だが、忙しく立ち回る彼にとっては些細な出来事で。
目の前に差し出された赤い布。
「これは……覚えて、いたんですね」
衝撃に流されそうになりつつ、キニスンは呟いた。
「……?」
リオウはその言葉を聞いて不思議そうにキニスンを見つめている。
忘れるわけわけないよ、何を言ってるの?と思っているのが聞こえてきそうだ。
彼はいつの間にか軍主になっていた。
気づけば高く遠い存在になっていたリオウと、これからも共に戦うことに不満はない。
それでも、あの時のように(気軽に)旅をすることは出来なくなると思うと寂しく思っていた。
(王国軍から逃げているのだから気軽とは言えないが、あの頃は縛るものがなく気軽だったと今だから言える)
高く、遠い存在になってしまった、リオウ。
もう、彼と気軽に旅することも話すこともなく、これからは彼の気が向いた時に休憩を共にするだけ。
そうなってしまうと思っていた。
だから、こんな小さな約束を覚えていないだろうと。
軍主として忙しく動き回るリオウに、それも仕方がないだろうと諦めて。
しかし、それは誤り。
君のことを何も知らなかった頃から感じていた優しさ
(彼の優しさに惹かれ彼の優しさにならば己を預けても良いと思ったあの時の直感は正しい)
彼から手渡された真紅の布でこの身を包む。
高く遠い存在になってしまった(と勝手に思っていた)リオウは、あの時と何も変わらず優しい心を宿したまま。
些細な出来事の小さな約束であっても、こうしてしっかりと守ってくれた。
あの、己の布で包んだ時のリオウの笑顔。
それがいつまでも脳裏に焼き付いて離れない。
彼の浮かべる笑顔は、邪気の欠片もなく純粋で美しく。
心の底から伝わってくる感謝の心に、暖かく満たされるのが分かった。
だから、布が破けようがそんなことどうでもよかったのに。
新しく丈夫な布で己を包み、この戦を戦い抜こうと、誓った。
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