小さな湖の辺。
風がさやさやと気持ちのいいこの場所を己は好んでいた。
城の敷地内でありながら緑に溢れ、日差しの暖かいこの場所を。
それに何より――人が少ない。
己は深き森の中でひっそりと生きていた。
その姿を現すのは、乙女の関わる試練の時のみ。
こうして人の世に出ることは初めてと言っても良かった。
己は乙女の前にしか現れず、乙女にのみ誓いを交わす。
その時だって、清き乙女の気配を感じたからこそ一行の前に姿を現した。


「僕はリオウ。貴方は?」

乙女との誓約を終えた後、そう聞いてきたのは一行を率いている少年だった。
どこにでもいそうな子どもで、己の気を引くものなど何もなかった。
(もとより、己は乙女のことでしか動かないし気になどしない)
しかし……

「ジークフリード」

かの者が己の目を見つめ、名を呟いた時、言いしれぬ思いを感じ身を震わせた。
ひたと見つめてくる瞳は奥深く、暖かな光が宿っていた。
いや、それよりも――己はまだ、名を口にしてはいないはずだ。
なぜ分かったのか
そうして探るような眼差しで目の前の少年を見つめた。

よろしくね

目の前の少年は、瞳を輝かせながら伝えてきた。
それは確かに己に伝わってきた。
……この時の驚きは、今でも忘れられない。
己が人と分かり合うためには、言葉が必要だった。
こちらが人の言葉を用いぬ限り、意思疎通は不可能だ。
(たまに己の声を聞いて思いを読み取る者が存在するが)
それなのに目の前の少年は、おそらく己の瞳からその思いを読み取り、自身もそうして思いを伝えてきた。
今までにはありえぬことだった。
人にも、動物にも、魔物にも、そんなことが出来るものなどいなかった。
……いや、いることはいるが、それは――



「ジークフリード」

己を思考の渦から抱き上げるように暖かな声が響いた。
傍らには、いつのまにか今まで思いを巡らせてきた少年がいた。

気持ちいいね、ここは

そして、瞳を合わせて伝えてくる。
深き森に居た己は、自然に溢れ静かな場所を好む。
それにどちらかと言うと、人が近くにいると煩わしく感じてしまう。
(乙女の傍にいるのは心地よいのだが)
しかし、この少年と共に居て煩わしいと思ったことはなかった。
おかしなこともあるものだ。
乙女のために在る己が、誓約こそが存在意義の己が


――こうしてこの少年といることで、暖かな思いを抱くなど。 










静寂の中で、想う
(乙女の傍で感じる幸福とは違う何かを感じさせる少年のことを)





ジークフリードの傍だから、気持ちがいいのかな?

そう伝えてくる瞳を見て、そうかもしれない、と思う。
この少年が居るからこそ、己はこの場所にいるのだろう。
乙女との誓約のためとはいえ、なぜ自分は森を離れこの地にいるのだろうか?
そう考えていた己の答えは、今目の前に在る。






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